近年、多くの企業が人事戦略の一環として「早期退職制度」を導入している。この制度は、従業員に新たなキャリアの道を提供し、企業自体も組織の再編や人件費の適正化を図るための有効な手段となっている。本記事では、早期退職制度の意義、実際に導入する際のメリットやデメリット、注意点などについて、詳しく解説する。
目次
早期退職制度とは?
そもそも早期退職制度とは、定年を迎える前に、従業員が自分の意思で退職を選択できる制度のことである。早期退職制度の利用には、優遇措置が設けられているケースが多い。早期退職制度で受けられる優遇措置には、以下のようなものがある。
• 割り増し退職金の支給
• 有給休暇の買い上げ
• 勤務の免除
• 再就職支援サービス など
これらの優遇措置の詳細は、後述する。
早期退職制度に、「定年前に退職してもらう制度」や「リストラの一種」などのような、ネガティブなイメージを持つ人がいるかもしれない。しかし、実際のところ早期退職制度は「福利厚生制度」の一環として位置づけられていることが多い制度だ。
早期退職制度は「希望退職制度」とは違って、臨時ではなく恒常的に運用されていることなどが特徴である。早期退職制度があると、従業員としては転職・独立・早期リタイヤといった新たなキャリアへと進みやすくなること、退職金額が増えることなどのメリットがある。
早期退職制度の利用は、あくまでも「従業員の意思」によるものだ。制度が設けられていても早期退職を強要されることはなく、早期退職を選択せずに定年まで勤める選択も可能である。従業員の意思で選ぶものであるため、早期退職制度を利用した場合には、自主退職の扱いとなることを理解しておこう。
定年まで一社で勤めることの多かった以前とは異なり、近年は終身雇用・年功序列の時代ではなくなってきた。多様なライフプランを尊重し、従業員の新たなキャリアを手厚く支援しようとして、早期退職制度の活用が進められている。また、組織の若返りや長期的な人件費の抑制なども、企業にとっての早期退職制度を活用する目的だ。
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早期退職制度とほかの制度との違い
早期退職制度と比較されやすい制度には、「希望退職制度」「選択定年制」「リストラ」などがある。これらの制度と早期退職制度との違いは、以下のとおりだ。
<希望退職制度との違い>
希望退職制度は、一時的な人員整理として実施される制度である。主に業績悪化や事業縮小などをきっかけとして、人員整理による人件費削減のために行われる。
早期退職制度と希望退職制度は、どちらも従業員に早期の退職をうながす制度であり、まとめて「早期退職制度」と呼ぶこともあるようだ。しかし、本来であればそれぞれの制度には違いがある。
どちらも従業員側からの退職を希望する申し出を待つことは同じであるものの、早期退職制度は自己都合による退職、希望退職制度は原則として企業側都合による退職として扱われる。
これは、希望退職制度が業績悪化などの企業側の理由によって退職者を募るものであるためだ。企業側都合による退職として扱われた場合、雇用保険の「特定受給資格者」となり、待機期間が短くなることや受給期間が延びることなどのメリットがある。
また、早期退職制度は恒常的な仕組みとして導入され、希望退職制度は一時的な人員整理のために実施されることも、それぞれの制度の大きな違いだ。
<選択定年制との違い>
選択定年制とは、定年を設定するタイミングを、労使で事前に話し合う制度のことである。この場合、一定の年齢に達した従業員と企業側とで協議して、定年の年齢を決定する。選択定年制の対象となるかどうかは、年齢だけではなく勤続年数で制限されている場合もある。
高年齢者雇用安定法が施行された際に、引き続き働きたい従業員に関しては60歳から65歳まで定年年齢を引き上げるように義務付けられた。また、その後2021年4月に高年齢者雇用安定法が改正されたことによって、定年年齢が70歳に引き上げられている。これらの影響により、何歳で定年としたいのかを選べるようになったのである。
早期退職制度と選択定年制は、どちらも退職する時期に関して従業員の希望を確認するものだ。違いは、早期退職制度は退職を希望する従業員の申し出によって実施する制度で、選択定年制は引き続き働きたいかどうかを話し合って定年年齢を決定する制度だという点などである。
<リストラとの違い>
リストラとは、企業側から解雇を予告されたうえで、従業員の意志には関係なく仕事を失うことを指す。リストラを実施する目的は、主に整理解雇である。
一方、早期退職制度は、従業員自身が退職したいかどうかによって企業の業績に関係なく常時利用できる制度だ。リストラとの違いは、従業員自身に退職したいという意志があるか、従業員の意志に関係なく実施するのか、また常時実施するかどうかなどである。
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早期退職制度を導入するメリット
早期退職制度を導入するメリットは、組織の若返りによる社内の活性化や若手従業員のキャリア形成の促進、人件費の削減、組織人員の適正化に伴う労使トラブルの回避などだ。
従業員側には、退職金の割り増しがあることやセカンドキャリアに踏み出しやすいことなどのメリットがある。
早期退職制度では下限年齢の制限を設定できるため、一定以上の年齢の従業員に対してのみ退職をうながせる。ベテランの従業員が増え過ぎてしまった場合に、下限年齢の制限設定によって従業員構成を改善させ、組織の若返りを図りやすくなるのだ。
企業が継続的に成長していくためには、組織の若返りは大切なポイントである。ベテランの従業員が多いと、経験や知識が豊富な従業員に仕事を任せられるメリットがある一方で、保守的になってしまいやすくなるデメリットもある。活躍する従業員がベテランばかりでは、若手従業員がキャリアを積みにくいため、若手従業員が見切りをつけて転職してしまうといった恐れもあるだろう。
また、社内の人員が大きく入れ替わることによって、職場や企業自体の雰囲気を変化させられるメリットもある。
早期退職制度では、退職金を割り増しして支払う必要がある。それでも、人件費の削減効果が期待できるといわれている。
早期退職制度では、年齢と勤続年数に関して、下限の制限が設けられる。年齢が高くて勤続年数の長い従業員は、比較的人件費が高いケースが多い。「〇歳以上」や「勤続〇年以上」といった条件を付けて早期退職制度を導入すれば、比較的人件費が高い傾向のある従業員を対象として早期退職をうながせるだろう。
従業員構成の改善や人件費の削減は、企業にとって重要なポイントだ。しかし、人員削減を目的として、企業側が一方的に整理解雇を実施すると、不当解雇だとして、労使紛争が発生しやすくなってしまう。
整理解雇は、正当な解雇として認められる要件が厳しい。さらに、紛争までいかなくとも労使間の信頼が崩れ、残った従業員にとっても働きにくい環境になってしまいかねない。
一方、早期退職制度は従業員が希望したうえで、企業と従業員の合意による退職を目指す制度である。従業員自らの意思で退職を選ぶことになるため、円満に人員を調整しやすく、労使紛争の回避になる。さらに、整理解雇の「回避努力措置」のひとつであるとして、今後の整理解雇が認められやすくなる。
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早期退職制度を導入する際の懸念点・注意点
早期退職制度を導入する際には、懸念される点や注意すべき点がある。制度の導入によって懸念される点や注意すべき点は、以下のとおりだ。
• 短期的にコストが増加する
• 経営危機だと誤解される
• 労働者が制度の内容を誤解し、トラブルが発生する
• 想定していた以上の早期退職希望者が出る
• 将来の活躍を期待していた人材まで流出する
制度の導入後、制度の利用によって退職者が増加すれば、退職金の支払いが多くなって短期的にコストが増加してしまう。早期退職制度で退職金を上乗せしたり有給休暇を買い上げたりする優遇措置がある場合には、通常の退職金だけではなく、上乗せ分などの費用の支払いが必要だ。
早期退職制度の主旨を理解してもらえず、リストラなどと混同されてしまいかねないことにも注意が必要である。経営危機だと誤解されてしまい、本来退職を希望していなかった従業員まで退職してしまう恐れがあるのだ。
また、「自己都合の退職」と「会社都合の退職」のどちらとしての扱いになるのかという点も、誤解されてしまいかねない。「自己都合の退職ではなく会社都合の退職として扱われるだろう」と制度を誤解した従業員によって、退職後に労使トラブルとなる可能性もあることに注意しよう。正しい制度を理解してもらい、誤解による退職や労使トラブルなどを回避できるように、事前に周知徹底を行うことが大切なポイントだ。
制度の導入前に想定していたよりも多くの従業員が、早期退職を希望する可能性もある。想定以上に退職者が出てしまった場合、残った従業員の負担が増え、事業運営に支障が出てしまうかもしれない。
早期退職制度の導入によって、将来を期待していたり、現在管理職を任せられたりしているような有能な人材まで流出する恐れもあるだろう。とくに、優遇措置が希望者に有利すぎる設定になっていた場合には、想定以上の数の従業員や将来を期待されている従業員の流出につながってしまいやすくなる。早期退職制度の対象者に制限を設けること、優遇措置の内容を定期的に見直すことなどを工夫して、適切に制度を活用できる状態にすると良いだろう。
早期退職制度希望者への優遇措置の種類
先述のとおり、早期退職制度の利用を希望する従業員に対して、優遇措置を設けている企業が多い。主な早期退職制度希望者への優遇措置の種類は、以下のとおりだ。
• 割り増し退職金の支給
• 有給休暇の買い上げ
• 特別休暇制度
• 再就職支援制度
早期退職制度を利用する大きなメリットとして挙げられることが多い代表的な優遇措置は、割り増し退職金の支給である。独立行政法人労働政策研究・研修機構の「事業再構築と雇用に関する調査」で発表されたデータによると、退職金の割り増しをしている企業は、早期退職制度を導入している企業の9割ほどにおよぶ。
退職金の増額の割合は、早期退職制度を利用する企業や退職年齢、勤続年数によっても異なる。とはいえ、自己都合での退職よりも、早期退職者が受け取った退職金の平均金額のほうが増額されている。早期退職者が受け取った退職金は、平均値で月給15.7か月分ほど、中央値で月給12か月分ほどが割り増しされていたようだ。
早期退職をするまでに有給休暇を消化しきれなかった場合には、残った有給休暇分を買い上げてもらえるケースもある。有給休暇の買い上げを実施している場合には、残った有給休暇分を別途支払ったり、退職金に上乗せしたりして対応することが多い。
また、法で定められている有給休暇などのほかに、企業が独自で設定した特別休暇がもらえる優遇措置を用意している企業もある。早期退職制度での特別休暇は、再就職の準備やリフレッシュなどを目的として付与される。従業員としては、特別休暇を取って面接をしたり、ライフプランを考え直したりする時間を作れ、今後の生活の役に立つだろう。
企業によっては、再就職支援制度も用意している。早期退職制度の対象となるのは、40代後半以降の従業員が多い。
年齢が上がるにつれて、スキルを持っていても再就職の難易度が高くなる可能性があり、早期退職をためらってしまいやすいだろう。そこで、再就職支援制度を用意することなどして従業員の人生の選択肢を広げ、早期退職を後押ししているのである。
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早期退職制度導入・実施の手順とポイント
それでは、実際に早期退職制度を導入して実施する手順と、その際のポイントを確認していこう。早期退職制度を導入して実施する主な手順は、以下のとおりだ。
• 目的の設計
• 制度の設計
• 従業員への制度の周知
• 希望者との面談
• 退職の手続き
制度の目的や内容があいまいでは、従業員に周知する際に不安にさせてしまう可能性がある。まずは、早期退職制度の導入理由を明確にしよう。
制度の導入理由には、「セカンドキャリアの支援」や「組織の活性化」などがある。あらかじめ労務問題にくわしい弁護士に相談しながら検討すると、労使トラブルを回避しやすくなるだろう。
続いて、導入目的を達成するための制度の概要を決定していく。検討すべき内容には、以下のようなものがある。
• 早期退職制度の対象者の設定
• 優遇措置を設けるか否か
• 定年退職した従業員と同様の扱いをするかどうか
• 上乗せする退職金の計算方法
• 特別休暇の有無
• 特別休暇の日数
• 早期退職制度の希望者を募る方法
なかでも、早期退職制度の対象者の設定が大切だといわれている。対象者の設定を間違えてしまうと、早期退職制度の希望者が想定よりも多くなってしまったり、今後も仕事を任せたいとくに有能な人材まで退職を希望してしまったりする恐れがある。
一方で、対象者の条件が厳しすぎると、せっかく導入してもきちんと活用されない制度になってしまいかねない。対象者の年齢や勤続年数、職種などを十分に想定すると良いだろう。
制度の設計後、労使間で協議して従業員側の意見を反映させる。これにより、従業員側の早期退職制度への納得感を高められるだろう。取締役会を設置している企業ならば、労使間での協議後に取締役会での決議を行う。
その後、就業規則を改訂して制度を導入し、従業員に積極的に周知していく。制度内容を社員が誤解すると、労使トラブルへの発展や、いわゆるリストラであると思われてしまう恐れがある。正しい内容の周知を徹底させ、必要であれば制度に関する相談窓口を用意すると良いだろう。
制度の利用を希望する従業員がいれば、個別の面談によって詳細を決定する。退職してほしくない人材が制度の利用を希望した場合には、雇用条件の見直しも視野に入れつつ、会社にとっての必要性を伝えるなどして話し合いを進めていく。
退職が決定すれば、退職日までの対応と優遇措置の適用の有無などの内容を話し合って、労使がともに合意できる状態にする。退職の手続きをする際は、合意に関する「誓約書」や退職後も含めた「秘密保持契約書」を締結すると、転職による情報漏えいのリスクなどを防止できる。
まとめ
早期退職制度とは、定年を迎える前の従業員が、自ら退職を選択できる制度のことである。早期退職制度には、退職金の割増支給などの優遇措置が設けられているケースが多い。
似た制度には、希望退職制度などがある。どちらも従業員側から退職を希望することは同じであるものの、早期退職制度は自己都合による退職、希望退職制度は原則として企業側都合による退職として扱われることなどが違う。
企業にとっては、早期退職制度の導入で組織の若返りや社内の活性化、若手従業員のキャリア形成の促進、人件費の削減、組織人員の適正化に伴う労使トラブルの回避などのメリットがある。ただし、導入には注意すべき点もある。
今回ご紹介した内容をしっかりと理解したうえで、実際の企業活動や投資などに役立てていこう。