スイスチーズモデルとは、穴が開いているスイスチーズを安全管理に例えた考え方だ。スイスチーズモデルでは、事故が発生する原因は、組織としての対策不足が招いたものであると考えなければならない。
スイスチーズモデルにおける穴の見極め方には様々な方法があり、組み合わせて使用することが大切だ。ヒューマンエラーは0にはならないことを理解し、組織的な仕組みとして、安全管理対策に取り組む必要がある。
この記事では、スイスチーズモデルの概要と共に、事故が発生する要因や見極め方、対策についてスイスチーズモデルに沿って解説する。
目次
スイスチーズモデルとは
スイスチーズモデルとは、イギリスの心理学者であるリーズン氏が提唱した、安全管理に対する考え方だ。穴が開いているスイスチーズを安全管理に例えている。
スイスチーズは一つひとつの穴の位置や形が異なっている。一つのスイスチーズでは穴に棒を通せるが、複数のスイスチーズを重ねると穴の位置が異なるため、棒を通せない。
安全対策では、一つの対策だけでは、その対策をすり抜けてしまうと安全が保証されない。複数の対策があれば、一つの対策がすり抜けられてしまったとしても、別の対策で安全が保証できるのだ。
また、完璧な対策は存在しないことも、複数の対策が必要となる理由だ。スイスチーズの穴が個体によって異なるように、どのような対策でも弱点がある。条件や状況の違いにより、対策自体が意味をなさないケースも存在する。そのような弱点を補完するためにも、多層的な対策が必要となるのだ。
この考え方は、様々な安全対策に適用でき、医療や製造、事務といった現場で使用されている。
関連記事:インシデントとは!アクシデントとの違いも合わせて解説します!
スイスチーズモデルにおける穴が生まれる要因
スイスチーズモデルでは、事故を招いた当事者に問題があるのではなく、組織としての対策不足が招いたものであると考えなければならない。つまり、チーズの穴が大きいことが原因ではなく「穴が開いていることを知らない」「必要なチーズの数が不足している」「穴を放置している」ことが原因だ。
ここでは、スイスチーズモデルにおける穴が生まれる要因について解説する。
ヒューマンエラー
ヒューマンエラーとは、人間の動作が原因で発生したミスや事故だ。人間には意思や感情があるため、機械のように毎回同じ動作を完璧にこなすことはできない。安全対策を講じていても「必要な作業をしなかった」「不要な作業をした」「確認しなかった」などの原因により、事故が発生するのだ。
ヒューマンエラーは、スキルやキャリアも関係なく発生する。キャリアの長い従業員であっても、思い込みや見落としは起こってしまう。重要なのは、ヒューマンエラーをなくすことではない。起こり得るヒューマンエラーを想定し、発生した場合の対策を立てることだ。
規則違反
規則違反によるエラーも、よくあるエラー要因だ。どのような業界でも、作業における規則が存在する。機械を動作させる業務であれば、使い方やメンテナンスの規則が存在するだろう。もしメンテナンスの規則を守らずに放置すれば、故障により深刻な事故を引き起こす可能性が考えられる。
情報の取り扱いも同様だ。情報セキュリティの規則を守らず利用した結果、情報漏えいや記録の改ざんといったトラブルが発生する可能性も考えられる。規則を作る場合は、リスク対策を講じると共に、どのように周知するのかを考える必要があるのだ。
企業文化
企業文化により、エラーが発生するケースも存在する。安全対策の意識が低い文化が浸透している企業の場合、安全対策自体が適切ではないケースや、責任の所在が明確ではないケースが存在する。
また、心理的安全性もエラーに影響する要因だ。マネージャーが部下に対して高圧的な態度で接するような環境下では、部下は萎縮してしまい、焦りからミスを誘発してしまう可能性が高くなる。
日頃からコミュニケーションを取り、意見を言い合えたり、すぐに疑問点を投げかけられたりするような心理的安全性を確保できる環境を作ることにより、安全対策を実行できるのだ。
安全管理は組織として取り組まなければならないことを理解し、職場環境から変えていく必要がある。
関連記事:新入社員の心理的安全性を作る方法は?環境整備のポイントを解説
スイスチーズモデルにおける穴の見極め方
スイスチーズモデルにおける穴の見極め方には、以下の3つが挙げられる。
● トラブル事例の活用
● ヒヤリハットの想定
● ロジカルシンキングの活用
どれか一つの見極め方を使うのではなく、組み合わせることが大切だ。ここでは、それぞれの方法について解説する。
トラブル事例の活用
チーズの穴を見極める方法として、トラブル事例の活用が挙げられる。事故やトラブルに発展した事例を記録し、その事例を基にリスク管理や対策を講じるのだ。
ヒューマンエラーでなら規律を作ることで回避できるケースがあり、規律違反ならどうやって遵守させるかを考える必要がある。全く同じ事例に限らず、類似した事例からも対策を考えられるだろう。
ヒヤリハットの想定
ヒヤリハットを想定することも、チーズの穴を見極める方法だ。ヒヤリハットとは、ヒヤリとしたりハッとしたりするような出来事を指している。ヒヤリハットの考え方は、アメリカの安全技術者であるハインリッヒ氏によって提唱され「ハインリッヒの法則」とも言われている。
ハインリッヒ氏は、労働災害における怪我のレベルを分析した結果、1件の重大事故の裏には、29件の軽微な事故と300件のヒヤリハットが起こっていると発表した。つまり、大事故を防止するためには、小さなミスやヒヤリハットの防止が重要なのだ。
どのような作業においてもヒヤリハットがあると想定し、周知することにより事故を防止できるだろう。
ロジカルシンキングの活用
ロジカルシンキングも、チーズの穴の見極めに活用できる。ロジカルシンキングは、事象に対する作用点を理解する考え方だ。製造業の場合、決められた工程通りに機械を動かすことにより、製品が作られる。
事故が発生した場合、どのような作用が起こり、事故につながったのかを理解しなければ対策が講じられない。工程通りに操作しなかったことが原因なのか、機械の故障が原因なのかで対策は異なるためだ。
事故に対し、事象を知るだけではなく、何が作用したため事故が発生したのかを理解する必要があるのだ。
関連記事:MECE(ミーシー)とは?ビジネスで使えるロジカルシンキングの基本を解説
スイスチーズモデルにおける穴を塞ぐ方法
スイスチーズモデルにおける穴を塞ぐ方法には、フールプルーフの設定や事例の共有が挙げられる。どちらも仕組みとして安全を管理する方法だ。ここでは、スイスチーズモデルにおける穴を塞ぐ方法について解説する。
フールプルーフの設定
スイスチーズモデルにおける穴を塞ぐ方法として、フールプルーフの設定が挙げられる。フールプルーフとは、誤った操作を防止したり、操作できないようにしたりといった予防策のことだ。
例えば、機械であれば設定変更時に確認メッセージが表示されるような設定や、鍵がなければ操作できないようにしておくといった仕組みが挙げられる。蓋が閉まらなければ動作しない洗濯機や転倒時に消灯する電気ストーブは、フールプルーフの設定の身近な例だ。
安全対策を講じていても、ヒューマンエラーを0にすることはできない。フールプルーフの設定により、ヒューマンエラーの未然防止につながるのだ。
事例の共有
事例の共有も、スイスチーズモデルにおける穴を塞ぐ方法だ。初めて操作する機械の場合、どのような危険があるのか理解できない。しかし、事前に事例を共有していれば、初めて操作する場合でも、安全を意識しながら操作できる。
共有する事例は、実際に発生した事故事例だけでは不十分だ。事故事例と共に、ヒヤリハットの事例を共有すれば、より効果的な安全対策になるだろう。事例集として記録に残すだけでなく、どのようなヒヤリハットが発生するのかを議論すれば、安全意識の向上にもつながるはずだ。
スイスチーズモデルの活用方法
スイスチーズモデルの活用方法として、セキュリティ対策の強化やマニュアルの見直しが挙げられる。どちらの方法も、多くの企業で必要性を理解し周知しているものの、実行できていないケースが見受けられる。
従業員の理解を深めると共に、仕組みとして実行するような対策が必要だ。ここでは、スイスチーズモデルの活用方法について解説する。
セキュリティ対策の強化
スイスチーズモデルの活用方法として、セキュリティ対策の強化が挙げられる。情報化社会と言われる現代では、情報漏えいやサイバー攻撃により、損害が発生するケースが存在する。コロナ禍によりリモートワークが浸透し、オフィス以外の場所から社内の情報を取り扱うケースも増えてきた。
そのため、情報の取り扱い対策はどのような企業でも必要になっているのだ。ただし、どんなに仕組みを講じていても、従業員が理解していなければ情報漏えいが発生するリスクが高くなる。
セキュリティ対策ソフトの導入や規則を作るだけではなく、情報セキュリティに対する教育を実施し、従業員の理解を深めることが大切だ。
マニュアルの見直し
マニュアルの見直しも、スイスチーズモデルの活用方法の一つだ。業務マニュアルは、作業手順や注意点が記載してあり、安全管理には欠かせないものだ。しかし、多くの企業でマニュアルを作成したまま、改訂していないといったケースが存在する。
どのような業務でも、日々業務改善され、手順や作業方法が変わる。しかし、マニュアルが改定されなければ、マニュアルの存在意義がなくなる。これでは、安全管理ができていないと言っても過言ではない。
安全管理のためにも、定期的にマニュアルを改訂する習慣をつけなければならない。改訂の必要性を周知するだけではなく、業務として改訂の時間を確保するといった対策が必要だ。
関連記事:WAF(Web Application Firewall)とは?セキュリティの仕組みや基礎を徹底解説!
スイスチーズモデルの事例
スイスチーズモデルの事例として、以下の2つが挙げられる。
● 投与薬を間違えた医療事故
● 着衣着火による死亡事故
どちらの事例も、様々な職場で発生する事例だ。この事例を教訓として、安全管理に取り組む必要があるだろう。ここでは、それぞれの事例を紹介する。
投与薬を間違えた医療事故
スイスチーズモデルの事例として、投与薬を間違えたことによる医療事故が存在する。この原因は一つではない。以下のミスにより事故が発生したのだ。
● よく似た名前の薬が同じ棚にあった
● 薬を持ち出す際にダブルチェックをしなかった
● 投与時に薬を確認したのは一人だけだった
● ラベルをよく確認しなかった
どのミスも、注意喚起やダブルチェックといった仕組みにより防げた事故だ。
着衣着火による死亡事故
着衣着火による死亡事故も、スイスチーズモデルの事例に該当する。この事故は、作品制作で鉄板を切断していた際に衣服に火花が飛び、着火した事故だ。当事者は引火しにくい作業着やゴーグル、手袋を着用するなど、安全対策を講じていた。しかし、作業着の下に起毛素材のインナーを着用しており、そのインナーに着火してしまったのだ。
事故発生時に被害を食い止められなかった原因として、以下のことが挙げられる。
● 職員は同行していたが、壁を隔てた部屋で別作業をしていた
● 作業場の近くに消火器や水を汲んだバケツがなかった
小さな要因が重なることによって発生してしまった痛ましい事例だ。この事例を教訓とし、僅かなリスクも漏らさないような対策が求められている。
まとめ
スイスチーズモデルとは、イギリスの心理学者であるリーズン氏が提唱した安全管理に対する考え方で、穴が開いているスイスチーズを安全管理に例えている。スイスチーズモデルでは、事故が発生する原因は、組織としての対策不足が招いたものであると考えなければならない。
チーズの穴が大きいことが原因ではなく「穴が開いていることを知らない」「必要なチーズの数が不足している」「穴を放置している」ことが原因だ。
スイスチーズモデルにおける穴の見極め方には、トラブル事例の活用やヒヤリハットの想定、ロジカルシンキングの活用が挙げられる。これらの方法を組み合わせることが大切だ。
また、穴を塞ぐ方法として、フールプルーフの設定や事例の共有が挙げられる。どちらも仕組みとして安全を管理する方法だ。人間は機械とは異なり、ミスをする生き物だ。ヒューマンエラーは0にはならないことを理解し、組織的な仕組みとして、安全管理対策に取り組む必要がある。