製造業界を中心に注目を集めるのが、ダイナミック・ケイパビリティだ。コロナ禍や技術革新、グローバル化といった変化が起きる中、企業は既存資源を活用して付加価値を生むことが求められる。
今回は、ダイナミック・ケイパビリティの概要や注目される背景、企業の導入事例などを紹介する。
目次
ダイナミック・ケイパビリティとは
ダイナミック・ケイパビリティは、経済産業省・文部科学省・厚生労働省が共同で発表した「ものづくり白書2020」の中で取り上げられた経営戦略である。この白書では、環境や状況が激しく変化する中、企業がその変化に柔軟に対応し、自己を変革する能力のことであると説明している。
つまり、ダイナミック・ケイパビリティは、環境に適応して組織を柔軟に変化させる力のことだ。ゼロから作り上げるのではなく、既存の資源をいかに上手く活用して付加価値を生むかが重要になる。
ダイナミック・ケイパビリティは、カリフォルニア大学バークレー校に在籍するデイヴィッド・J・ティース氏によって提唱された理論だ。企業経営における一つのフレームワークであり、企業の道標となる概念として製造業界を中心に注目を集めている。
参考:経済産業省「ものづくり基盤技術の振興施策」
関連記事:アンゾフの成長マトリクスとは?「経営戦略の父」アンゾフの戦略フレームワークを解説
ダイナミック・ケイパビリティが注目されている背景
ダイナミック・ケイパビリティが注目される背景には、以下のことが挙げられる。
● 新型コロナウイルスの流行
● 生産技術の画期的な革新
● グローバル化の進展
2019年12月から世界的に流行した新型コロナウイルスは、人々の働き方や生活スタイルに変化をもたらした。不確実性に溢れたコロナ禍で注目されたのが、人々や社会の変化に対して柔軟に対応するダイナミック・ケイパビリティの向上である。
デジタル技術やAI技術などの技術革新は近年急速に発展しており、社会に大きな変化を引き起こしつつある。企業を持続的に発展・成長させていくためには、進化する技術を柔軟に取り入れるダイナミック・ケイパビリティの向上が欠かせない。
最後は、グローバル化の進展だ。インターネット技術の発達や移動手段の増加により、海外進出する企業が増えている。日本企業がグローバル市場で生き残るには、既存資源の再利用や再構築が重要だ。そこで求められるのが、既存資源を活用するためのダイナミック・ケイパビリティの向上である。
ダイナミック・ケイパビリティを構成する2つの理論
ダイナミック・ケイパビリティの理解を深めるには、軸となる2つの理論を知ることが不可欠だ。概念を構成する理論は、以下の通りである。
● 競争戦略論
● 資源ベース論
2つの理論がどのようなものか、以下でそれぞれチェックしよう。
1.競争戦略論
競争戦略論とは、市場状況や産業構造によって企業戦略を決める考え方のことである。ハーバード大学のマイケル・ポーター氏が提唱した理論で、ブランドイメージや商品価値を高めて同業他社との差別化を図ることを重要視しているのだ。競争戦略論は業界内のポジショニングを重視するものであるため、「ポジショニング派」とも呼ばれる。
2.資源ベース論
資源ベース論は、企業の戦略が業界の状況や産業構造ではなく、保有する資源で決まるという考え方だ。マサチューセッツ工科大学の教授であるワーナーフェルト氏が提唱した理論で、人材やブランド、生産ノウハウなど独自資源を利用する能力こそが、企業の競争力であると説いている。企業資源に応じて経営戦略が決まるため、資源ベース論と呼ばれる。
ダイナミック・ケイパビリティを構成する3つの要素
提唱者のデイヴィッド・J・ティース氏によると、ダイナミック・ケイパビリティは3つの要素で構成されていると説明している。ダイナミック・ケイパビリティの重要な要素とは、以下の通りである。
● 感知(センシング)
● 捕捉(シージング)
● 変革(トランスフォーミング)
以下でそれぞれの要素をチェックしよう。
【感知(センシング)】
感知とは、顧客ニーズや競合他社の動向を分析して社会の変化を感じ取る能力のことである。企業が変革するには、企業活動において危機になり得る変化を敏感に察知することが求められる。
周囲の変化を察知して自社が現在置かれている状況を正しく判断できなければ、その変化に対応するのは困難だ。外的要因の変化を踏まえた戦略を立てるには、高い感知能力が求められる。
【捕捉(シージング)】
捕捉とは、企業が保有する資源や知識、ノウハウなどを応用して競争力を獲得する能力のことである。感知で把握した企業の危機や機会を基に、ビジネスの維持や拡大につなげるのだ。
既存資源を活用することが前提であるため、従来のやり方に固執しない柔軟な思考や対応が求められる。例えば、コロナ禍において対面を避け、オンラインビジネスを強化するなどが挙げられる。
【変革(トランスフォーミング)】
変革とは、持続的な競争力を求めて組織全体を刷新し、変容する能力のことである。市場変化に対して迅速に対応することにより、持続的な競争優位性を確立することを目的としている。
変革は一度対応すれば終わりではなく、社会が変化すればそれに応じた別の変革が必要になるのだ。ダイナミック・ケイパビリティを高めるには、企業は長期的に変革を続けていくことが求められる。
ダイナミック・ケイパビリティの必要性
コロナ禍や技術革新、グローバル化といった周囲の状況が大きく変化する中、先行き不透明な社会が続くことが予測される。従来のやり方を押し通していては、企業成長が見込めないのだ。見通しが立たない時代だからこそ、従来のやり方に固執せず、柔軟に対応できる経営戦略を立てる必要がある。
このダイナミック・ケイパビリティと併せて覚えておきたいのがDXだ。DXは、「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメンション)」の頭文字を取った略称であり、デジタル技術を活用してビジネスモデルを変革し、市場の競争優位性を確立することである。ダイナミックケイパビリティの向上に、DXの活用は欠かせない。
例えば、感知や捕捉では効率的にデータを収集して分析することが求められる。デジタル技術を活用すればスムーズに作業を進められ、次の工程である変革につなげられるのだ。
また、変革に伴う組織体制の再構築や社内ルールの変更も、デジタル技術を駆使すれば迅速に対応できる。ダイナミック・ケイパビリティに取り組むのならば、DXの活用も検討しよう。
関連記事:DX(デジタルトランスフォーメーション)とは?推進のために意味を理解しよう!
ダイナミック・ケイパビリティの課題
ダイナミック・ケイパビリティの課題には、以下のことが挙げられる。
● 変化を的確に把握するのが困難
● 投資可能な資源が限られている
● 経営陣の能力が求められる
ダイナミック・ケイパビリティを向上させるには、時代の流れや社会の変化を把握することが重要だ。しかし、先行きが不透明な時代において変化を的確に把握することは難しい。例えば、コロナ禍では市場の傾向を掴みきれず、経営戦略を立てるのに苦労した企業も少なくない。どれだけ的確に時代の流れや社会の変化を捉えられるかが、ダイナミック・ケイパビリティを推進する際の課題になるだろう。
また、企業が保有する資源には限りがあることも考慮する必要がある。ダイナミック・ケイパビリティは、時代の流れや社会の変化に応じて組織の変革が求められる。しかし、経営資源が少ない企業は、変革したくても資源不足に陥る場合があるのだ。多くの企業は人材不足に課題を抱えており、社内で人材を確保するのが難しい状況である場合も多い。
既存社員を育成する方法もあるが、即戦力として活躍できる人材に育つまで時間や労力がかかる。つまり、投資可能な資源は限られており、その限られた資源の中でダイナミック・ケイパビリティに取り組まなければいけない。ダイナミック・ケイパビリティを推進する上で、投資可能な資源が限られていることも大きな課題となっているのだ。
さらに、経営陣の能力が求められることも見過ごしてはいけない。先行きが見えない不透明な時代だからこそ、経営陣の能力が問われるのだ。コロナ禍において大胆な変革を行えず、不況で倒産した企業も少なくない。将来を見据えた抜本的な改革を進められる経営者の存在なくして、ダイナミック・ケイパビリティの向上は難しいのだ。
ダイナミック・ケイパビリティの導入事例
ダイナミック・ケイパビリティを推進するのならば、成功事例を参考にするのがおすすめだ。ダイナミック・ケイパビリティの導入事例を紹介する。
DeNA
メガベンチャーIT企業であるDeNAは、オークションサイト運営で培ったAI技術を応用して他者との事業提携に踏み切っている。現在は、スポーツやゲーム、Eコマースなどあらゆる事業に進出し、多角化企業としての地位確立に成功したのだ。
ゲーム事業においては、顧客ニーズを迅速に捉えるシステムの導入や作業効率化に注力し、ユーザーの変化に応じて自動的に対応できる環境を整えている。
IKEA
今でこそ知名度の高い家具メーカーのIKEAだが、実は当初、家具の取り扱いがなかった。しかし、一度家具の取り扱いを始めると思いのほか顧客ニーズがあることが分かり、家具のみを販売する事業に大きく方針を切り替えたのだ。
その後、競合他社との差別化を図るために、購入した家具は顧客が組み立てるという新しい販売方法を確立している。人件費や輸送費を削減でき、家具の質を下げずに販売価格を低く抑えることに成功したのだ。
富士フイルム
デジタルカメラの普及により経営難に陥った富士フイルムは、利益を得るために既存技術や知的財産を再利用することを決断する。そして、得意とする写真フイルム技術を活かし、液晶を守る保護フィルムの開発や生産に注力したのだ。
その結果、高価なデジタルカメラを守る製品として需要が高まり、富士フイルムは事業転換に成功している。現在では、美容ヘルスケア分野にも進出しており、既存の枠組みに捉われない事業を展開している。
まとめ
ダイナミック・ケイパビリティは、先行きが不透明な時代において重要視される概念である。時代の流れや社会の変化を察知して変革すれば、競合他社と差別化できて持続的な競争優位性を確立できる。
既存のやり方に固執していては、変化の激しい中で生き残るのは困難だろう。ダイナミック・ケイパビリティの推進を検討してみてはいかがだろうか。