パワハラ防止法は、事業主にパワハラ防止措置を義務付ける法律だ。パワハラ被害の増加を受け、労働施策総合推進法を改正する形で成立した。パワハラ防止法では、企業に課された義務が4つ存在する。
企業はこの4つの義務を守るための施策を講じるだけではく、未然にパワハラを防ぐ施策も必要だ。この記事ではパワハラの定義やパワハラ防止法の概要、課される義務とともに、罰則やパワハラ防止のための施策についても解説する。
目次
パワハラとは?
パワハラとは、パワーハラスメントを略した用語だ。厚生労働省ではパワハラを定義化及び分類化しており、定義に該当する行為はパワハラと認定される。ここでは、パワハラの定義や代表的な6つの分類について解説する。
パワハラの定義
厚生労働省では、以下の3つの要素でパワハラを定義している。
● 職場内の優越的な関係を背景としている
● 業務上適正な範囲を超えている
● 精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させている
パワハラは一般的には上司から部下に対する行為と認識されている。しかし、必ずしも上司から部下への行為だけがパワハラに該当する訳ではない。例えば、成果を出した従業員がそうではない従業員に対し、精神的苦痛を与えた場合もパワハラに該当する。
部下が上司に対して業務の範囲を超えた嫌がらせを行い、パワハラに認定されるケースもある。つまり、職務上の立場に関係なく、業務の範囲を超えたいじめや嫌がらせをすること自体がパワハラといえる。
ただし、圧力を感じる指示や指導であったとしても、業務上必要な範囲であると客観的に判断できる場合は、パワハラには該当しない。業務上必要な範囲といえるかどうかが、パワハラか否かを分けるポイントである。
参考:厚生労働省「パワーハラスメントの定義について」
代表的な6つの類型
パワハラにはさまざまな種類があり、厚生労働省では以下の6つに分類している。
類型 | 内容 |
身体的な攻撃 | 殴る蹴る 物で叩く、投げつける 大声で怒鳴りつける |
精神的な攻撃 | 人格否定に該当する暴言 ほかの従業員の前やメールで罵倒 長時間の執拗な叱責 解雇を匂わせる発言 |
人間関係からの切り離し | 別室に隔離 イベントの日程を教えない 無視する ほかの従業員との接触を禁止する |
過大な要求 | 能力を超える範囲の業務を強要する 私的な雑用の強要 物理的に対応できない業務を押し付ける 不要な残業や休日出勤を強要する |
過小な要求 | 仕事を与えない 能力や職務を極端に下回る業務を与える |
個への侵害 | 携帯電話を覗き見る 個人情報をほかの従業員に教える 執拗に家族や恋愛について尋ねる プライベートな付き合いを強要する |
身体的な攻撃であっても、故意ではない場合はパワハラには該当しない。ほかの類型については、関係性や状況によって判断される。例えば、プライベートな情報を質問する場合、予定や家族の状況を配慮して業務を割り振る場合であれば業務上必要な情報になるため、パワハラには該当しない。
参考:厚生労働省「労働施策総合推進法に基づく「パワーハラスメント防止措置」が中小企業の事業主にも義務化されます」
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パワハラ防止法とは
パワハラ防止法とは、事業主に対しパワハラ防止措置を義務付ける法律だ。厚生労働省によるパワハラ被害の調査結果を受け、パワハラ防止法が成立した。ここでは、成立した背景と、パワハラ防止法の概要について解説する。
成立の背景
パワハラ防止法が成立した背景として、パワハラ被害の増加が挙げられる。2016年、厚生労働省は2012年に実施した実態調査から4年が経過したことをうけ、改めて調査を実施した。
調査結果よると「過去3年間にパワハラを受けたことがある」の回答者は、2012年度の25.3%から32.5%に増加していたのだ。その結果を受け、2017年に閣議決定された「働き方改革実行計画」では、労使双方を交えて職場のパワハラ防止強化策を検討する運びとなった。
2019年には、パワハラ防止強化策が盛り込まれた「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律案」が策定され、併せて労働施策総合推進法の改正をもってパワハラ防止法が成立した。
参考:厚生労働省「平成28年度職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」
参考:厚生労働省「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律の概要」
概要
パワハラ防止法とは、事業主にパワハラ防止措置を義務付ける法律だ。労働者が生きがいを持って働ける社会を実現するため、1966年に制定された「雇用対策法」を改正する形で成立した。
正式名称は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」で、一般的には「労働施策総合推進法」と略される。
2019年の改正により、大企業には2020年6月から職場におけるパワハラ防止措置が義務づけられたため「パワハラ防止法」と呼ばれるようになった。2022年4月からは中小企業にも義務づけられている。
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パワハラ防止法で企業に課される義務
パワハラ防止法で企業に課されている義務は以下の4つだ。
● 企業の方針等の明確化とその周知・啓発
● 相談に対応し、適切な対処を行う体制整備
● パワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応
● プライバシー保護などその他の措置
どの義務に対応するにも、従業員への周知や関係者への配慮が必要だ。ここでは、企業に課された4つの義務について、それぞれ詳しく解説する。
①企業の方針等の明確化とその周知・啓発
パワハラ防止法で企業に課される1つ目の義務は、企業の方針等の明確化とその周知、啓発だ。どのような方針でパワハラを防止するのかを明確にし、その方針を従業員に理解させることが求められている。
社内報やホームページ、就業規則を使って方針を周知するとともに、自社としてのパワハラの定義や具体例、対策を示す必要がある。就業規則には処分内容も記載すると良いだろう。
周知するだけでは、従業員に理解してもらえない。「どのような行為がパワハラに該当するのか」「なぜパワハラに対する取り組みが必要なのか」を理解できるような社内研修を実施することで、従業員のパワハラに対する理解が深まるのだ。
②相談に対応し、適切な対処を行う体制整備
2つ目の義務は、相談に対応し、適切な対処を行う体制を整備することだ。パワハラが発生した場合に相談する「窓口」を設け、処遇決定まで対応できる体制を整えなければならない。
相談は、パワハラを受けた当事者からだけとは限らない。第三者による相談や、パワハラに該当するかどうかの質問がくるケースも考えられるだろう。相談された内容や状況に対して適切に対応するためにも、相談窓口の担当者に対する研修実施や、各部署との連携方法を決めておく必要がある。
弁護士をはじめとした外部機関に、窓口や対応を委託することもひとつの方法だ。
③パワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応
3つ目の義務は、パワハラ発生後の迅速かつ適切な対応だ。基本的な対応手順は以下のとおりである。
対応手順 | 概要 |
1.事実確認 | パワハラが発生した原因と事象の把握 |
2.被害者への配慮措置 | 行為者に謝罪させるといった関係改善のサポート 被害者に対し、休暇や補償、距離を離すなどの配慮措置 |
3.行為者に対する措置 | 就業規則に基づき、注意や配置転換、懲戒処分などの措置 |
4.再発防止 | 改めて方針の周知や教育を実施 |
事実確認は、相談者や被害者に配慮しながら事実を正確に確認しなければならない。「何が原因で」「どのような行為をしたのか」を確認する。行為者と被害者の言い分が異なる場合は、第三者機関を利用するのもひとつの方法だ。
④プライバシー保護などその他の措置
4つ目の義務は、プライバシー保護や事実隠ぺい防止に対する措置だ。関係者が不当な扱いを受けないようにしたり、プライバシーを保護したりといった対応をする。被害者だけではなく、相談者や行為者のプライバシーにも配慮しなければならない。
また、パワハラを相談すること自体に抵抗を感じる従業員も存在する。隠ぺいにつながることを周知したり、相談へのハードルを下げたりといった措置も必要である。
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パワハラ防止法所定の義務を怠った場合の罰則とは?
パワハラ防止法所定の義務を怠った場合、懲役や罰金といった罰則は定められていない。ただし、企業側に問題があった場合には、厚生労働大臣から指導が入ることになる。指導を受けたのにも関わらず是正されなければ、社名を公開されるというペナルティが設けられているため注意が必要だ。
さらに企業側は、厚生労働大臣から措置と実施状況の報告を要求される場合がある。要求に対して報告を怠ったり虚偽の報告をした場合、20万円以下の科料が科される可能性があるのだ。
また、世間のハラスメントに対する価値観は、ここ数十年で大きく変化した。パワハラがあったことが明るみに出れば、SNSをはじめとしたインターネット上で情報が広がることは容易に想像できる。その場合、企業イメージの悪化が避けては通れない問題となり、懲役や罰則以上に大きなダメージとなるだろう。
参考:労働施策総合推進法
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パワハラを防ぐための具体的な施策とは?
パワハラを防ぐための具体的な施策として、以下の4つが挙げられる。
● 研修の実施
● 就業規則による規定
● ストレスチェックの実施
● アンケートの実施による社内状況の把握
研修実施や就業規則による規定は、従業員にパワハラを理解してもらうことで、パワハラを防止する施策だ。一方、ストレスチェックやアンケートの実施には、企業側が従業員や職場の状況を把握する効果がある。
ここでは、パワハラを防ぐ4つの施策について解説する。
研修の実施
パワハラを防ぐための具体的な施策として、研修の実施が挙げられる。管理職をはじめとした上位職は、立場的にも優越的な関係になりやすいため、パワハラ行為を起こしやすい。一方近年では、管理職がパワハラを恐れて適正な指導をできていないケースも存在する。
そのため管理職と一般職で別々に研修を実施し、管理職に対してパワハラと指導の区別ができるような教育をするといった施策が必要だ。ただし、研修は1回だけでは効果が出ない。定期的に繰り返し実施し、意識づけをしていくことが大切だ。
就業規則による規定
就業規則による規定も、パワハラ防止に効果的だ。パワハラに限らず、従業員が問題を起こしたときの処遇は、就業規則に則って決定しなければならない。就業規則にパワハラを起こした場合の罰則や措置、その基準が記載されていなければ、処遇を決めることはできないのだ。処遇決定時のトラブル防止のためにも、就業規則への記載は必要である。
就業規則にパワハラを起こした場合の措置が記載してあれば、抑止効果も働く。就業規則による規定は、パワハラの防止とその後のトラブル防止の2つに効果があるのだ。
ストレスチェックの実施
ストレスチェックの実施もパワハラ防止につながる。ストレスチェックは、労働安全衛生法により50人以上の労働者を抱える事業場で実施を義務化されている検査だ。ストレスに関する質問票を使用し、自分のストレスの状態を把握できる。
ストレスが高いことがわかれば、医師の診断を受けたり、業務量を調整したりといった対応ができる。これは被害者を守るだけではない。ストレス過多になれば、部下に対して無意識に攻撃的になるケースも存在する。
被害者を守るためだけではなく、加害者をつくらないためにもストレスチェックは重要な施策だ。
アンケートの実施による社内状況の把握
社内の状況把握もパワハラ防止に欠かせない施策だ。アンケートを実施して「パワハラを受けていないか」「周囲でパワハラに該当する行為が発生していないか」を確認すれば、パワハラの発生状況を把握できる。
匿名で実施すれば誰が書いたのかがわからなくなるため、情報の精度が上がるはずだ。アンケート結果によっては、個人面談で聞き取り調査をするといった対応も必要になる。
社内の状況を知って早めの対策を講じるためにも、アンケートの実施は効果的だ。
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まとめ
パワハラ防止法とは、事業主に対してパワハラ防止措置を義務付ける法律であり、大企業には2020年6月から、2022年4月からは中小企業にも義務づけられている。パワハラ被害の増加を受け、労働施策総合推進法が改正される形で成立した。
パワハラ防止法では、企業に対して以下の4つの義務が課されている。
● 企業の方針等の明確化とその周知・啓発
● 相談に対応し、適切な対処を行う体制整備
● パワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応
● プライバシー保護などその他の措置
義務を怠った場合、懲役といった罰則は定められていないが、指導を受けたのにも関わらず是正されなければ、社名を公開されるというペナルティが設けられている。
パワハラが発生すれば、企業のイメージ悪化にもつながり、懲役や罰則以上に大きなダメージとなる。企業は課せられた義務を守るための施策を講じるだけではなく、従業員や職場の状況を把握し、未然にパワハラを防ぐ施策も必要だ。
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