■ビジネスシーンで注目を集めるウェルビーイングとは何か?
■コロナ禍で加速するウェルビーイング向上への意識変革
■なぜウェルビーイングがこれほどに重視されるのか?
■ウェルビーイング向上が企業にもたらすメリットとは何か?
■日本内外でのウェルビーイング向上への取り組みの現状
■企業がウェルビーイング向上に取り組む際の2つのポイント
ウェルビーイングとは何か? 注目される背景
官民挙げての取り組みがはじまって久しい「働き方改革」だが、2019年4月より部分施行された「働き方改革関連法案」による、多様なワークスタイルの許容や、事業場内外における多様な働き方に対する意識改変の促進が本格的に始動したことを受けて、ビジネスの場でいま注目を集めている概念に、「ウェルビーイング」というものがある。
英語からくる「ウェルビーイング(well-being)」という語は、「幸福」や「健康」を意味しており、この語の定義として最も有名な典拠のひとつである1946年に署名された世界保健機関(WHO)憲章の前文では、語意について次の通り定義されている。
健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいう。
※参考:公益社団法人日本WHO協会
このウェルビーイングという概念は、そもそも社会福祉分野や医療関連分野で使われる専門用語であった。しかし、前述のとおり近年ではビジネスシーンでも経営においての重要な指標のひとつとして考えられる動きが広がりつつあり、その背景として考えられるのは、「全体的に満たされた健康状態」であることに重きを置いて「働き方」について考える人と、この考え方を重視する経営者が増えていることだ。
北米やヨーロッパ地域では、企業がより良い組織運営を行うために、働く個人のウェルビーイングを重要視することは必要不可欠であると同時に、企業での「働きやすさ」に直結する概念であることが、広く認識されている。日本でも一部外資系企業では、同じように従業員のウェルビーイング向上に取り組む法人があるが、ほかの一般的な企業では、まだまだ概念自体の浸透や理解にも時間がかかっているといえよう。
たとえば、グーグル社では、自社での「働きやすさ」を分析するために、社内での「心理的安全性」に着目してウェルビーイングの数値化に努めていることで有名だ。つまり、ともに仕事をするチーム内において、メンバーのひとりが仕事で失敗をしたとき、ほかのチームメンバーから否定的な反応が返ってくるのか、それとも失敗を許容して包容力のあるフォローアップの反応が返ってくるのかという点を分析することで、自社のウェルビーイング向上に取り組んでいるわけだ。
他方、日本でもここ数年で健康経営への意識の高まりが社会全体で進んでおり、経済産業省や厚生労働省など通じて積極的に健康経営を推し進めているところだ。これに伴って、一部企業ではあるが、就業環境や組織自体のあり方について議論される際に、従業員のウェルビーイングという概念が考慮されることが多くなりつつある状況となっている。
特に、新型コロナウイルス感染拡大の収束について見通しがつかない中で、従来型の勤怠管理が通用しなくなっていることから、同様に従業員の多様な働き方に合った従業員の健康管理にもニューノーマルが必要とされているのだ。「いかに働く個人が健やかに業務を遂行できる環境を整備していくか」「働くことを通しての自己実現(≒幸福)の手助けを行えるか」ということに、企業が真摯に向き合う時代がすぐそこまできているといってよいだろう。
これらのことから、ウェルビーイングは、働く個人の健康やワークライフバランスを整えるための欠くことのできない要素であり、企業にとってもより良い組織運営を行っていくための重要な要素であることがわかる。 そこで本稿では、ウェルビーイングの定義や意味について解説し、モデルケースとなる海外での事例を踏まえ、日本企業で効果的にウェルビーイングを取り入れるための方法についてみていく。
なぜウェルビーイングが重視されるのか
そもそも、なぜウェルビーイングの考え方がここまで必要とされるのか。
それは、従業員が健やかであり、幸せな状態にあるということは、企業の市場競争力に直結するからだ。
アメリカでは「幸福度の高い人はそうでない人に比べて創造性は3倍、生産性は31%、売り上げは37%高い傾向、幸福度の高い人は職場において良好な人間関係を構築しており、転職率・離職率・欠勤率はいずれも低い」という研究データがある。
企業の競争力の維持と強化には、凄まじい速度で複雑化し予測が難しくなっていく今日のビジネス環境に対応できるほどの高い生産性を有しており、細部の変化とビジネスフレームワーク全体を捉えることができる観察眼と、物事の変化に柔軟な発想で対応できる創造性を持つ人材の登用と定着が不可欠である。
しかし、年々若年層の労働人口が減少しつつある中で、採用に苦しむ企業が非常に多い状況であることから、欠員補充の発想のみからの採用で自社の人材問題を解決することは難しいといえよう。深刻な人手不足を背景とした、いわゆる売り手市場において、求職者はより自分に合った「本当に働きやすい企業」を探しているため、安定した給与や休日の多さ、手厚い福利厚生のみを謳うことは、採用活動における訴求力としては、もはや限界がみえている状況だ。
また、旧来の働く個人による自己犠牲を前提としたワークスタイルが見直されはじめ、働く個人の主体性が重んじられつつある今、企業にとって、従業員が健康で幸せに働き続けることができる環境を保障することが求められ始めていることがわかる。これこそ、自社の従業員の定着率を向上させる施策と、それを効果的に次の採用へ繋げる訴求力の強化に資するものであり、ウェルビーイングが重視される具体的な背景だ。
従業員のキャリアにおけるウェルビーイングとは、すなわち仕事へのエンゲージメントの高さを表す。しかし、キャリアウェルビーイングのみが不均衡に高い場合、いわゆるワーカホリックと判断されかねず、また従業員の健康面における過労のリスクも出てくる懸念があるだろう。
仕事へのエンゲージメントが高い、つまりキャリアウェルビーイングが高い従業員の半数以上が、ほかのウェルビーイング側面(対人関係、経済的安定感、組織への貢献度)において課題を抱えているとする米ギャラップ社の調査もあり、ウェルビーイング向上のカギとは、まさしくバランシングにあるといってよい。従業員の定着率向上の観点でバランスの取れたワークエンゲージメントとウェルビーイングの向上に取り組むことは企業と従業員の双方にメリットがあるといってよいだろう。
ウェルビーイングへの取り組みと現状
こうして多くのメリットをもたらすことがわかってきたウェルビーイングだが、実際にはどのように取り組まれているのだろうか。
冒頭でも少し紹介したが、アマゾン、フェイスブック、アップルと並んで米IT企業群「GAFA」を構成するグーグル社では、従業員の心理的安全性を保障することで、自社で働く従業員のウェルビーイング向上に取り組んでいる。
これはまさしく「働きやすい」環境がウェルビーイング向上につながり、結果として生産性向上に資するという考えにもとづく取り組みだといえよう。
同時に、企業幹部に「CHO(Chief Happiness Officer=最高幸福責任者)」ポストを設け、自社で働くことの幸福度を重視する姿勢を打ち出していることは、自社で働く従業員のウェルビーイング向上を担保する仕組みを有すると同時に、社外へのPR効果も大きいことがわかる。
他方、日本でのウェルビーイング向上に対する取り組みの現状はどうか。国際連合が2019年に発表した「世界幸福度報告」では、国民幸福度が最も高かった国はフィンランドで幸福度を数値化した場合7.769だとしている。日本は、世界58位で先進国最低スコアである5.886という状況だ。
まだまだ取り組むべき課題が多いという印象だが、ここでは、従業員のウェルビーイング向上のために、企業が実践しておきたい2つのポイントを紹介しよう。
1. 労働諸法を遵守すること
従業員を雇用する上で、労働諸法を遵守することは企業として当然だが、実態は必ずしも法令に即しているとは形容しがたい場合もある。
労働時間が長期化したり、法定どおりの休憩時間が取られていなかったり、有給休暇が取得しづらかったりする事業場もあることだろう。改めて言及するまでもなく、企業の「ホワイト度」は、最も直接的なかたちで従業員の幸福度や定着率、そして人材採用時の自社訴求力に直結する。
今いちど労働法を見直した上で、自社の働き方に問題はないかどうか確認することは、すぐ起こせるアクションのひとつだといえよう。また、自社の従業員の匿名フォームなどのかたちで、意見を募ることも、あるいは有効かもしれない。
また、2015年より50名以上の労働者を雇用する事業所を対象として義務付けられている「ストレスチェック制度」の実施だが、制度の対象外だったとしても、このようなヒアリングは貴重な従業員の声である。従業員のウェルビーイング向上において、「働きやすい」環境づくりは、間違いなく欠くことができない要素だ。同時に、働く個人にとっても自身の心身状態を可視化する機会となることから、過労や重度のストレスによる休職状態になる前に、早めの対策をとることができるというメリットも存在する。
2. ウェルビーイング向上の観点から社内制度を見直すこと
多くの日本企業では、未だに一括採用、年功序列、終身雇用などの、戦後の日本型雇用慣習にもとづいた福利厚生制度が多く残っている。たとえば、法定外の福利厚生制度として多くの企業で採用されている自社保有または会員制メンバーシップ制の保養所利用制度や、家賃補助などだ。しかし、これらの実態を見た場合、実家で暮らしている若年層の従業員に家賃補助は適用されず、夏季休暇や年末年始に自社の保養所のみ利用するという従業員も多くないのが実情だ。
このような、特定の従業員のみを対象とした、全従業員に活用されていない福利厚生制度は十分見直しの余地があるといえよう。たとえば、雇用形態を問わないすべての従業員が利用できる社食サービスや、生産性向上などに資する資格取得など自己研鑽への補助金制度、または従業員の健康維持のために運動ジムの会員費補助などといったものが、これからの時代でのウェルビーイング向上に有効な施策となってくるかもしれない。
また、ウェルビーイング向上への取り組みがはじまった段階で、自社での取り組みの状況を「見える化」するツールの導入も重要だ。たとえば、企業がウェルビーイング向上への取り組みをはじめた制度改革や意識改革の導入段階では、社内SNSなどを通じて従業員のやり取りからエンゲージメントの高さや自社に対する不満や意見などへのモニタリング活動を行い、ここからくみ取った意見を更なる従業員のモチベーション向上に向けた施策に反映させる、といったことが考えられる。同時に、ウェルビーイング向上への取り組みが軌道に乗った段階で、自社と第三者の双方に評価をさせることのできるツールや、従業員の心身状態をプライバシーが保護されるかたちで適切に測定できるような仕組みの導入も検討可能であろう。
結局のところ重要なことは、社内諸制度の変革には従業員を含めた全社の意識変革が必要だということだ。
部下や上長、そして経営者に至るまでが、お互いを尊重し、称賛しあうような企業カルチャーを醸成し、コミュニケーションを活発化させつつもバランスがとれた状態でのワークエンゲージメント向上を目指すことこそ、働く一人ひとりにとって本当の「健やかで幸せ」な仕事ができる環境づくりにつながるということだ。
まとめ
・財政官での取り組みが本格化した「働き方改革」だが、そんな中ビジネスシーンで注目を集める新しい概念に「ウェルビーイング」がある。WHOによればウェルビーイングとは「病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」を指し、企業では具体的に従業員の心身状態が健康であり、自社満足度が高いことを指して使われることが多い。
・新型コロナウイルス感染拡大の収束見通しがつかない中で、急速にテレワークなどの働き方のニューノーマルが導入された。これにあわせて、従来型の勤怠管理が通用しなくなっている。そのため、多様化をみせる従業員の働き方に合わせて、企業でも従業員の心身の健康状態と真摯に向き合うこと、つまりウェルビーイングの向上が求められているのだ。
・近年の深刻な人手不足を背景として、求職者が企業に求める条件は年々厳しさを増す。もはや単純な高給・好待遇などでは訴求力が足りず、「本当に働きやすい企業」であることをアピールすることが求められている。働く個人の自己犠牲を前提としない、多様化する働き方に寄り添うことができる環境づくりのため、ウェルビーイング向上に取り組むことが必要だ。
・海外では、ウェルビーイング向上への取り組みの先行例として、従業員の職場における心理的安全性に着目した、グーグル社の取り組みが存在する。日本でも、一部外資系コンサルティング企業が同じように、自社従業員のウェルビーイング向上に関する取り組みを行っているが、全体としてはまだまだ始まったばかりだ。
・企業がウェルビーイング向上へ取り組む上で押さえておきたいポイントは2つある。一つ目は、企業と働く個人との関係を規定した労働諸法をしっかりと再確認して、これを遵守することだ。そして二つ目は、ウェルビーイング向上への取り組みを可視化することで、自社の取り組みへのフィードバックを行えるような体制を整えることだ。