■コロナ禍が長引く中で急速に注目を集めるワーケーション
■ワーケーションに対して存在する企業と個人の意識の差
■労使双方にとってメリットが大きい「働く」と「休暇」の両立
■ワーケーション導入にあたって乗り越えるべき課題とは
■ワーケーション導入が可能な前提条件とは
■ワーケーション導入を成功させるために注意すべきポイントとは
なぜワーケーションなのか? その背景とは
2020年は、新型コロナウイルスに起因する政府の緊急事態宣言や外出自粛要請などにより、働き方(=ワークスタイル)が目ざましい変化を遂げた1年だった。多くの企業が在宅勤務制度を導入し、企業によってはジョブ型や自律的な働き方を後押しする制度を模索する動きがあった一方で、従業員である働く個人は、より自分らしくいられる、自分にふさわしい環境を求め転職を検討するなど、労使ともに働き方のニューノーマルを探り続けた1年であったといえよう。
そのような中で、今年7月には政府が「新しい働き方と新しい旅行のスタイルとして、ワーケーションやサテライトオフィスなどの普及を推進していく」ことに言及している。また、観光庁と地方自治体では、ワーケーション導入に向けて従業員の新たな働き方を模索する企業と、コロナ禍で収益が大幅に落ち込む宿泊事業者をマッチングさせるサービスの実証実験を2020年度中に開始する予定だ。さまざまな課題は存在しつつも、注目を集めるワーケーションだが、具体的にはどのような働き方を指すのか。本稿では、果たして仕事と休暇は組み合わせることのできる要素かどうかを検証しつつ、ワーケーションについて考えていく。
そもそも、ワーケーションとは「ワーク(働く)」と「バケーション(休暇)」というふたつの英単語を組み合わせた造語であり、「休暇を取りながら働く」という、一見相反する行為の両立が行える点が、最大の魅力とされている。
ワーケーションにおけるポイントは主に4つあり、「(1)会社の承認があり(2)居所や職場とは異なる場所で(3)休暇中に働く中で(4)テレワークなどを活用すること」が要点としてあげられる。即ち、働く個人がワーケーションを導入するためには、会社による理解と制度面を含めた全面的な後押し、そしてコロナ禍中では特に、場所の選定がカギとなるだろう。
HR総研が行った「今後の働き方に関するアンケート」調査結果(調査期間:2020年8月6日~12日 有効回答:292件)によれば、新型コロナの影響によって「新たに実施した(検討した)取組み」として「テレワークやワーケーション等の実施」を挙げた企業が最も多く、61%となっている。コロナ禍前後を問わず、大企業を中心にテレワーク制度への取り組みや、自宅勤務などを推進・検討する企業は多くあった。 (ProFuture株式会社/HR総研)
たとえば、同調査では「個人的なワーケーション活用への意向」について、「一度は」または「積極的に活用したい」と回答した数が53%となり、過半数の働く個人がワーケーションへの関心を示しつつも、他方で、「ワーケーションの推進」という設問において、企業の80%がワーケーションを「推進していく予定はない」と回答していることから、企業と働く個人の思惑に、ある程度の乖離があることがわかった。
働く個人レベルでの関心は高いことがわかるが、企業単位では普及するまでに長い道のりとなる「ワーケーション」という働き方について、次項ではそのメリットと課題について考えていきたい。
・個人的なワーケーション活用への意向
・ワーケーションの推進
ワーケーションのメリットとデメリット
働くことと、休暇を取ることという正反対にも見えてしまう二つを組み合わせる新しい働き方の試みであるワーケーションだが、ここではワーケーション導入が企業と従業員の双方にもたらすであろうメリットと、現時点でわかっている課題点などを見ていく。まずは、企業側のメリットから紹介していこう。
1. 有給休暇の時期分散と取得促進を実現
「2020年までに年次有給休暇の取得率を70%にする」という政府による号令の下、2019年には労働基準法が改正され、法定年次有給休暇が10日以上あるすべての従業員に対して、毎年5日間の年次有給休暇取得を確実にさせることが、企業に求められるようになった。ワーケーション導入は、有給休暇の申請を分散化させ、長期休暇の取得も見込める点において、改正労働基準法を適用される企業にとってメリットは大きい。
2. 企業イメージ向上から採用力強化へ
利用する企業と従業員の双方にとってメリットが大きいことから、ワーケーションを取り入れた多様なワークスタイルの許容は、企業イメージを向上させる効果がある。同時に、優秀な人材の確保や入社後の定着率促進にも役立つことから、一般的な企業PRとしてだけではなく、自社の採用力の強化につながる制度としても、十分な効果が期待できる。
3. 更なる働き方改革への足掛かりに
高速に変化するビジネス環境において、さらに多様化していくであろう働き方への改革に必要な最低限の土壌がワーケーションの導入によって整うされることとなる。たとえば、現在注目されている新しい働き方の「ABW(Activity-Based Working)」などは、ワーケーションやテレワークなどと通ずる部分が多々あり、より進んだ働き方変革を求められた時、自社におけるワーケーション導入と普及の経験は、大いに役立つものとなるだろう。
次に、働く個人である従業員側の享受し得るメリットをみていこう。
1. 自由度の高い働き方を実現
これは在宅勤務にも通ずるものだが、会議のためだけに会社に顔を出すという必要がなくなり、休暇先からもテレビ会議で参加できるようになる。そのため、本当に必要な仕事だけをワーケーションで行いながら、余暇を思いっきり楽しむことが可能だ。また、社内の制度が整っていれば、押印作業のためだけに出社するということもなくなるため、より自律的で自由度の高いワークスタイルの実現につながる。
2. 非日常と業務の両立
ワーケーションを行うということは、住まいでも仕事場でもない本当のサードプレイスで「非日常」であることを存分に愉しみながら、仕事をすることを意味する。そのため、家族同伴でなければ自分のペースで業務に集中することができ、家族との旅行であれば、朝から夕方までは家族が観光やイベントなどを堪能している間に自分は仕事をして、午後からは家族に合流してバケーションをともに楽しむ、などといった利用ができる。
3. バケーションコストの削減
ゴールデンウイークや年末年始、お盆などのハイシーズンを避けてワーケーションを行うことで、大きな費用となりがちであるバケーションコスト(旅費)を安く抑えながら休暇に出かけることが可能となる。その上で、プライベートと仕事の両立を、ワーケーションを通じて自らが理想とするワークライフバランスで実現することができるため、個人にとってメリットが大きい。
もちろんワーケーションにも、他のどのようなワークスタイルや人事制度と同様に、改善すべき課題が存在する。まず、企業側の導入後の課題点や導入に際しての注意点をみていこう。
1. ワーケーション導入と運用でのコスト懸念
従来型のワークスタイルを長く実施してきた企業では、ワーケーションの導入に際して労務管理やマネジメント周りの仕組みづくりと環境整備に、多大な労力がかかる可能性があり、その導入と運用にかかるコストがかさむことが予測される。同時に、事業場外で業務にあたる従業員がいることは、思いがけない企業秘密の漏洩リスクにもさらされるため、相応のセキュリティ対策のためのコストもかかってくるだろう。
2. 抜本的な評価制度と意識の改革が必要
古い商習慣などに慣れきっているマネジメント層がいる場合、ワーケーション導入の前提として必要となってくるのが、管理層の意識改革だ。社内での丁寧な啓蒙活動がなければ、上長が正しく部下を評価できず、部下に業務上の軽微な過失があった場合に、不当で短絡的な結論として「休みながら仕事をしているからだ」と評価してしまう危険性があるからだ。そのため、評価制度の改革と全社をあげた意識改変が必須となる。
また、実際に利用する側である従業員にも、常に留意すべき注意点や課題があることも事実だ。たとえば、次に挙げる2点が該当するデメリットだ。
1. 社内とのコミュニケーションの難しさ
社内でもなく在宅でもないサードプレイスに身を置くことで、気分転換になるポジティブな面があるワーケーションだが、同時に、他の従業員や上長といかにコミュニケーションを上手く取るかが成功のカギとなってくる。リモートワークに慣れていない個人の場合、チャットやテレビ会議ツールを用いることはもちろん、対面時に比べて更なる「伝え方」の工夫が必要となってくるだろう。
2. 気持ちの切り替えの難しさ
自由度が高い働き方は、自律的にこなすべきタスクを可視化した上で、時間を決めて取り組まないと、だらだらと休暇先で過ごすだけとなってしまい、結果として仕事の能率は下がってしまう。もともと、オフであるべき休暇先にてオンへの切り替えは難しい部分があるかもしれないが、仕事を行う際はプライベートとの切り分けをしっかり行うことで、働く個人は自律的に非日常と業務との両立を目指さなくてはならない。
ワーケーションに向く仕事
今までになかった「働くこと」と「休暇を取ること」を同時に行うという試みは、まさしく新しいワークスタイル、または新しいバケーションスタイルといえよう。ただし、前項で見てきたとおり、ワーケーション導入にあたっての注意点や改善されるべき諸課題に対して、企業と働く個人の双方が、意識改革や制度改変を通してワーケーションを取り入れるために働きかけることが必要だ。
他方で、ワーケーション導入におけるメリットとデメリットをみた場合、必然的にワーケーションの導入自体に適した業界や職種が限られてくることもわかる。たとえば、従業員の発想する力やクリエイティビティを向上させること、または従業員の満足度とエンゲージメントの向上を意図する場合、ワーケーションは非常に有用だ。一部企業では、出張先でそのまま休暇がとれる制度なども採用しており、企業ごとの取り組みはこれから始まったばかりだといえよう。
そして、常に大きな前提としてあるのは、ワーケーションの導入には、これをサポートする会社の体制と可視化された目標があることだ。ここでは、企業がリモートワークを導入するにあたり、どのような踏まえるべきステップや検討すべきポイントがあるのかを考えていく。
1. ワーケーション導入範囲の策定と適切なリスク・マネジメント ワーケーションの運用にあたり、導入できる範囲を業務ごとや部署ごと、役職ごとなどのセグメントで、明確化することが重要だ。また、取得可能な時期なども導入前に検討されるべきであり、最初は在宅勤務と同じ仕事を行う場合のみ許可する、異動先は事業場と同じ地方に限定するなど、従業員と企業の双方が自社に合った運用ノウハウの蓄積から行っていくことが、ワーケーション導入成功への要となるだろう。
また、休暇先で仕事を行うことになるため、安全や衛生面での管理事項が増えることから、労災適用外である部分も含めて、働く個人への注意を促すことが求められる。同時に、事業場外での業務となるため、法人端末の持ち出しを伴うことから、万が一の盗難や紛失などに備えて、社内システムへのアクセスを限定する、資料持ち出しに関するルールづくりを事前に行うことは必須となるだろう。
2. アジャストされた就業規則とフレキシブルな労務管理 ワーケーションの導入に際しては、ワーケーション専用の就業規則が必要となる。ワーケーション中に行ってよい業務とそうでない業務の区別を明瞭にしつつ、ワーケーションの取得単位(時間単位、半日、終日)などもこと細かに規定していくことが求められる。また、ワーケーション自体の社内承認フローや、ワーケーション中に発生した経費を精算する際の負担基準なども設けなければならない。これらはワーケーション導入とともに、広く社内に周知することも肝心だ。 また、ワーケーションを用いて休暇と業務を両立することになるから、通常出社する他の従業員との公平性を担保するためにも、1日のうち数時間を業務に充てたとしたら、その他の時間は有給休暇を消化したとして処理できるなど、フレキシブルな勤務を可能とする労務管理体制が必須となってくる。さらに、これらが正しいことを証明する根拠として、コンピュータのログ記録や出退勤報告ルールなどを作るなどして、ワーケーション運用のためには、正確性と機動性に富んだ労務管理体制が必要となるだろう。
まとめ
・2020年は企業にとっても、働く個人にとっても、働き方を再考する大きな1年となったであろう。そんな中で今、「休暇を取りながら働く」という真反対にも見えてしまう二つを組み合わせる新しい働き方である「ワーケーション」が、長期化する新型コロナの影響下で注目を浴びている。
・ HR総研が行った「今後の働き方に関するアンケート」調査結果(調査期間:2020年8月6日~12日 有効回答:292件)では、「個人的なワーケーション活用への意向」について、何らかのかたちで活用したいと回答した数が過半数の53%であったのに対し、企業の「ワーケーションの推進」では、実に80%がワーケーションを推進していく予定がないと回答しており、個人と企業でワーケーションへの意識の乖離が生じている現状があった。
・ワーケーションの導入は、企業に義務付けられている従業員の有給休暇取得を促進することにつながり、企業イメージの向上や、今後の更なる働き方改革の足掛かりとなっていくことから、有用であるといえる。また、働く個人にとっても、休暇先であるからこそ実現する高い自由度が担保された働き方であると同時に、家族同伴での旅行でも休暇と業務を両立しつつ、ハイシーズンを避けた旅行が可能となるからメリットが大きい。
・ワーケーション導入において、企業が乗り越えるべき課題として、従業員が事業場外で仕事をすることから、労務管理や人事・評価制度の抜本的な改革に伴う導入コスト計上が懸念のひとつとしてあるだろう。同時に、常に情報セキュリティリスク対策も必要となってくる。また、働く個人としても、オン・オフの気持ちを切り替える難しさや、リモートワークとなることから生ずる社内とのコミュニケーションの難しさを解消する努力が求められてくる。
・働くことと休暇を取ることを両立できる職種や業種は当然限定されるだろうが、やはり前提としてあるのは、企業がどれだけ働く個人の発想力や創造性を尊重し、これの向上を奨励するかということだ。一部企業では出張先でそのまま休暇を取ることを制度として導入したり、ワーケーションをチーム単位で行えるサテライトオフィスをレジャー地に用意するなど、それぞれのワーケーション成功のために、さまざまな取り組みを行っている。
・ワーケーションを自社の制度として定着させるためには、その運用にあたって、他の通常出社している従業員との差が生まれないよう、またワーケーションを利用している社員に不利益が生じないような、適切な就業規則と労務管理体制の構築が求められてくる。同時に、ワーケーションが可能な業務やそうでない業務、許可される範囲をチームごと、役職などで明確化し、常に情報セキュリティ対策をしながら、必要なルールづくりと丁寧な社内への啓蒙活動が必須となるだろう。