・近年注目されるVUCAとは?
・VUCA時代を生き抜く、変化に強い組織のあり方とは?
・似た者同士?ティール組織とホラクラシー組織
・ティール組織とホラクラシー組織の違いについて
・新しい組織のカタチ「ホラクラシー」のメリットとは?
・ホラクラシーが新しい組織形態であるが故のデメリットとは?
予測不可能なVUCA時代に生き残る組織とは?
近年、急激な社会情勢の変化や加速する労働人口の減少によって、規模の大きさを問わず、日本企業には働き方や組織のあり方に変革が求められてきていた。そうしたなか、突如列島を覆った新型コロナウイルスによって、採用を中止する企業も出るなかで、有効求人倍率が急落し、にわかに買い手市場への変換という兆しも見えてきた。しかし、こうしたコロナ禍による採用マーケットの「買い手状態」は、企業を取り巻く混沌とした社会情勢、そして減少し続ける労働人口という大きな時代のうねりを考えると、一過性であるといってよい。だからこそ、企業は働き方改革、組織の構造改革への動きを止めてはならないのだ。
グローバリゼーションとテクノロジーが牽引する驚異的な変化は、企業を取り巻く環境をより複雑で、不確実なものとしていて、そのような現代社会を端的に表現する概念として、今「VUCA(ブーカ)」という言葉が注目されている。VUCAとは「Volatility=変動性」「Uncertainty=不確実性」「Complexity=複雑性」「Ambiguity=曖昧性」から、それぞれの頭文字をとった造語だ。1990年代後半に、米軍で軍事用語として使用されるようになった言葉であったが、その後2010年代に入ると、取り巻く社会環境の複雑性が増し、次々と想定外の出来事が起こり、将来予測が困難な状況を意味する言葉としてビジネス界でも急速に使われるようになり、現代はまさしく「VUCA時代」「VUCAワールド」などと形容される。
日本では、コロナ禍以前より政府の旗振りの下で「働き方改革」を断行すべく、フリーアドレス制、リモートワーク、サテライトオフィスなどの「働く場所の多様化」、そしてフレックスタイム制に代表される「働く時間の多様化」に取り組む企業が増えていたが、そもそも「企業や組織そのものをどのように改革していくのか」という点において、新たな取り組みはまだはじまったばかりであり、さらなる組織改革、構造改革のための「次の一手」が求められている。
こうした状況を背景に、海外企業を中心に導入されている「ティール」や「ホラクラシー」といった組織形態が、VUCA時代を生き抜くための組織改革の決め手として、大いに期待されている。 ティール組織、ホラクラシーは、社長や専務、部長、課長といった管理者が存在する従来の階層構造を撤廃し、従業員それぞれが裁量権を持ちながら、企業の目的のために自主的に動くフラットな組織だ。しかし、「ティール」と「ホラクラシー」には明確な違いがあり、ティール組織が明確なビジネスモデルではなく、企業が生き残るために変化を繰り返す進化形の組織体である一方、ホラクラシーは厳密なルールのもとに運営される実践的な経営手法で、ビジネスモデルとしての再現性が重要視される。
本稿ではVUCA時代を生き残るための組織改革として、ホラクラシー組織の概念を紹介しつつ、ティール組織との違いについて解説していく。
ティール組織とホラクラシーとの違い
ティール組織と対比されることもあれば、ティール実現の一形態として紹介されることもある「ホラクラシー」とは、一体どのような組織形態なのか。ここでは、ティールとの違いに着目してみていきたい。
ホラクラシーは、ビューロクラシー(官僚主義)的な階層、つまり上司・部下という関係が一切存在しない点や、メンバー全員で意思決定を行っている点、そして組織が持つ情報をメンバー全員に対して互いにオープンにするという点において、ティール実現の一形態と形容することもできれば、ティール組織と非常に近しい存在ともいえるが、両者は決して同一ではない。
ティール組織は、ある種「生命体」のような有機的な動きを見せる。なぜならば、ティール組織はその成り立ちの経緯から、変化への順応性と適応力を至上としており、そのため明瞭で再現性のあるビジネスモデルを有さない。また、組織内に部分的な「個」による支配やヒエラルキー構造が存在していても機能する点を大きな特徴としている。明確なモデルを有さない以上、さまざまな企業で千差万別の取り組みが行われており、まさにそれぞれの組織がこれまで辿ってきた経歴と、これから組織として目指している目標によって、求めているティールのあり方も異なってくるのだ。
他方、ホラクラシーは、組織を運営するにあたってのメソッドやルールが明確に存在しており、組織の運用は、厳密なルールに則った実践的な経営手法である点を特徴としている。
従来型のヒエラルキー構造を持つ組織では「役職」と「上意下達」が前提の組織構造だが、ホラクラシー型では、「役職」は存在せず、メンバーそれぞれに与えられた「ロール(役割)」があり、指揮命令は、個々の裁量とメンバー同士での合議に基づく意思決定に取って代わられる。ただし、権限を分散して自律的・自主的な仕事環境を実現してはいるが、決してメンバーが完全に自由ということではなく、ピラミッド型組織でいうところの上司による「管理(マネジメント)」はないが、「ルール(ガバナンス)」は存在しているのが、ホラクラシー組織だ。
総じて、ティール組織では、部分的な導入や何らかの企業を取り巻く環境に変化があった場合に、有機的でアドホクラシー的なアプローチが可能となるが、ホラクラシー組織では、「自律的なフラットで開かれた組織」を組み立てることへの再現性が優れており、上下関係のない自主経営を可能にするための体系化された細かな規則の下に運営される点に違いがある。
ホラクラシーのメリット・デメリット
フラットで自律的な組織をつくり出すために有効なホラクラシーだが、いかなる組織形態とも同じように、ホラクラシーにもメリットとデメリットが存在する。ここでは、考えられる主なメリットとデメリットを3つずつ考えていきたい。
●ホラクラシーのメリット
①迅速な意思決定、業務効率の改善、生産性の向上
ホラクラシー組織には、上長などの「管理」「監督」を行う役職が存在しないことから、メンバー全員が「役割」に徹することができる環境がある。そのため、それぞれが自律分散型の組織において、主体的に業務を遂行することから、スピード感のある意思決定が可能となる。また、個人に委ねる裁量が多いことから、仕事の進め方などで業務効率の改善が期待できるため、結果として組織全体としての生産性向上に資する。
②ストレスの軽減
ヒエラルキー型組織では、ジョブローテーションによって適性でない仕事を委ねられることや、上長への過剰な気遣いなどがあるが、ホラクラシーでは役職がないフラットな組織のため、理不尽な命令や上意下達から解放される。また、働く場所と時間に左右されず、自由度の高さや情報のオープン化なども、上司・部下の関係を有する組織と比べてメンバーのストレス軽減に資することとなる。
③メンバーの主体性、責任感、意欲の向上
メンバーそれぞれが大きな裁量をもつことで、必然的に組織において意思決定することが多くなる。また、自律的ではあっても、厳密なルールの運用下において、メンバーのひとつひとつの判断にも責任が伴うことから、必然的にメンバーのエンゲージメント向上や当事者意識の醸成、そして仕事に対しての熱意やモチベーションの向上につながる。
●ホラクラシーのデメリット
①メンバーの行動把握が難しい
メンバーに大きな裁量が委ねられており、自律的に行動することから、メンバーを管理する役職が存在しないため、ひとりひとりのメンバーの行動を把握することが困難になる。情報の共有があったとしても、管理することができないため、メンバーが自律的であるということ(=生産性があり、サボっていないこと)を前提に、互いの信頼関係が成立することが欠かせない。
②情報漏洩のリスクが高くなる
ピラミッド型のヒエラルキー組織では、上層部が情報を独占することで、情報の組織外への漏洩を防ぐことを可能にする側面があった。メンバー同士での情報格差をなくしたオープンなホラクラシー組織では、常に機微なプライバシーに係る情報や、企業秘密などの漏洩リスクを抱えることとなる。そのため、厳密なルールの下で運営するホラクラシー組織では、オープンにする情報の制限や情報管理に関わるルールづくりをしっかりと行う事が重要となる。
③長期戦となる企業文化の定着
生まれたばかりの組織体系であるホラクラシーは、企業カルチャーとして組織に定着するのには時間がかかる。そのため、これまで従来型組織で働くことに慣れきっていた個人にとっては、生産性の低下や成長の鈍化を招くかもしれない。事実ホラクラシー組織に対しては「マネジメントの放棄」という批判も存在することから、ホラクラシーを実現できる組織は限られており、導入した場合でも時間をかけてゆっくりと組織形態をカルチャーとして定着させていく必要がある。
まとめ
・急速に変化し続ける社会や、減少し続ける労働人口など、日本企業を取り巻く環境が一層厳しさを増し、劇的に変貌していく中で、企業には従業員の働き方と組織自体の構造改革が求められている。より流動的で曖昧になっていく、予測が立てづらい不確実で複雑な時代。これこそ、VUCAである。急激に進んだ技術革新と国際化によって、2010年代よりビジネスシーンで使われ始めたこの言葉は、まさにコロナ禍の真っ只中にある日本企業が置かれている現状を形容する言葉といえる。
・絶えず変化する社会に適応しつつ、組織の競争力を強化していく決め手として期待されているのが「ティール」や「ホラクラシー」といった、組織形態の新しいカタチである。かつて日本経済を牽引してきた「上意下達」式のピラミッド型組織をやめ、企業が生き残るために変化を繰り返す「ティール」と、メンバー同士はフラットでありつつも厳密なルールを導入する「ホラクラシー」は、先行きが不透明なVUCA時代を日本企業が生き抜くカギとなる。
・もともとホラクラシーは、ティールを実現するための一形態だといわれることもある。両者は、組織内に階層を作らず、上司・部下が存在しないことや、組織に係る意思決定を全メンバーで合議すること、そして組織が有する情報をメンバー全員で共有することなど、多くの共通項を持っている。ただし、両者は全くの同一ということではなく、ティールとホラクラシーには明確な違いも存在している。
・ティール組織は「生命体」のような有機的な運営を特徴とし、外的要因の変化に適応していくことを重要視するため、はっきりとしたビジネスモデルを持たない。また、変化に適応するためなら、組織の一部にヒエラルキーやメリットシステムが存在していても問題がないという構図をとる。一方で、ホラクラシー組織では、再現性のあるビジネスモデルを前提に、組織の運営には厳密なルールを用いる経営手法としてのアプローチをとる点に特徴がある。そのため、権限が分散していても、メンバーが完全に自由ということではなく、自律的だが「ルール」はある状態だ。
・ホラクラシー組織では、管理職がいないことから、メンバー全員が「ロール」に集中できる環境を作り出す。また、自律分散型組織の中で、それぞれのメンバーが主体的に業務を遂行する権限があることから、意思決定の迅速化と業務効率の改善が見込める。また、階層組織特有の上長への気遣いや理不尽な業務命令などからも解放され、働く場所と時間にも左右されないことから、メンバーのストレス軽減や当事者意識とエンゲージメント向上に資する組織形態であるといえる。
・ホラクラシー組織では、より多くの裁量と権限が等しく全メンバーに与えられることから、組織内でオープンである情報が、常に社外への漏洩リスクにさらされることとなる。また、組織の目標を目指すうえで、自律的に働くという組織形態は、いささか矛盾を抱える点も企業カルチャーとしての定着を大幅に遅らせる原因となり得る。かつ、個々が主体性をもって働いているとしても、管理職がいないことから、組織としてメンバーの行動を把握することを難しくしている点もデメリットとなる。