・ストレスをなくすのではなく、うまくマネジメントするコーピング。
・コーピングが企業にもたらす効果とは?
・ストレスが発生するメカニズムとは?
・コーピングにはどのようなものがあるか?
・企業はどのようにコーピングを導入しているのか?
・コーピングの実施例。
目次
なぜコーピングが注目を集めるのか?
コーピングとは、英語のcope(対応する、対処する)から派生したメンタルヘルス用語で、ストレスへの対応・対処の方法のことをいう。ストレスコーピングと呼ばれることも多く、ストレス解消法の一種だと誤解されることもあるが、むしろストレスがあることを前提に、そのストレスと「どううまく向き合っていくか」という方向で解決をはかる手法だ。
平成30年に発表された厚生労働省の「労働安全衛生調査(実態調査)の概況」の結果を見ると、仕事で強いストレスを感じた経験があると回答した人の割合は、全体の58.0%に上っている。回答者の6割近くもの人がストレスを感じた経験があることになり、いかにストレス対策の必要性が高いかがわかる。
なお、ストレスの内訳については、1位が「仕事の質や量」で59.4%、2位が「仕事の失敗や責任」で34.0%、3位がセクハラやパワハラを含む対人関係(31.3)の順に多く、特に対人関係は前年度の30.6%から増加している。
しかし、これらは仕事をするうえで常について回る要素であり、こうしたストレスの原因自体をなくすのは不可能に近い。
しかも現在は長引くコロナ禍で、漠然とした不安や先行きの不透明感などから人々は少なからずストレスを抱えて生きている。このため、ストレスをなくすのではなく、うまくマネジメントするというコーピングの考え方に注目が集まっている。
ストレスというと悪いイメージがつきまとうが、そもそもストレスとは、外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態のことなので、適度の緊張感は仕事の質をよくしたり、意欲を高めたりする作用もある。しかし、過度のストレスは心身に悪い影響を及ぼし、うつ病などの精神疾患だけではなく、脳梗塞や心筋梗塞など、身体的な疾患を引き起こす原因にもなり、過労ストレスが原因の自殺も後を絶たない。
そのため、特にビジネスの現場で起こるストレスに対して、コーピングの技術で上手に対処することによって、ストレスを排除したり、役立つ方向へと転化させたりすることが必要とされているのだ。
また最近では、パワハラやセクハラの防止策として、コーピングを取り入れる企業も増えている。
平成30年に発表された厚生労働省の「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」の報告書によれば、都道府県労働局の職場のいじめ・嫌がらせに関する相談件数(必ずしもパワーハラスメントとはいえない事案も含む)は年々増加傾向にあり、2012年以降は「いじめ・嫌がらせ」がすべての相談のなかでトップとなっている。また、職場で嫌がらせや暴行を受けたことで発症した精神障害の労災認定件数も増加傾向にある。
さらに現在の採用市場においては、就活生や求職者の多くが口コミサイトやSNSなどで情報を収集・交換しているため、社内の情報がオープンになりやすく、それが直接会社自体のイメージとして拡散されることも多い。
コーピングをはじめとしたストレス・マネジメントの手法を導入することは、社員のメンタルヘルスの健全化や社内の環境整備に取り組む企業としてのイメージ定着にもつながるため、採用戦略の一環としても有効な施策であり、今後ますます導入する企業が増加するとみられている。
ストレスのメカニズムとコーピングの種類
コーピングを実践するには、そもそもなぜストレスが発生するのかという「メカニズム」を理解することが欠かせない。メカニズムを知ることで、どのようなマネジメントをすれば効果的にストレスを軽減できるのか、コーピングの道筋が見えやすくなるからだ。
ストレス発生のメカニズムとしては以下の3つのプロセスに分けられる。
第1プロセス:ストレッサーとの遭遇
ストレスを生じさせる出来事や刺激のことをストレッサーという。その範囲は広く、寒暖の変化や騒音などによる物理的ストレッサーや、不眠や体調不良による生理・身体的ストレッサー、対人関係や仕事上の不安による心理・社会的ストレッサーなど多くの事柄がストレッサーとなり得る。
第2プロセス:ストレッサーへの認知的評価
遭遇したストレッサーが自身にとって脅威となるかを主観的に評価するプロセスを認知的評価という。この段階でストレッサーが自分にとって脅威となるかどうか、脅威になり得るとして自力で対処できるかどうかを判断するのだ。
第3プロセス:ストレス反応の発現
認知的評価の結果、ストレッサーが脅威であり、自力では対処が困難であると判断した場合、ストレス反応が発現する。
ストレッサーからどの程度ストレスを感じるのかは、「出来事の受け止め方(認知評価)」と「受け止めた出来事への対処(コーピング)」によって変わってくるといわれている。
例えば、新規プロジェクトのリーダーを上司から依頼された時、「自分の能力では無理だ」と捉えるか、「新しいことにチャレンジしてみたい」と捉えるかによって認知的評価は異なる。過度に「自分には無理」と感じていると「ストレス反応の出現」につながってしまう。 このとき、一度「自分には無理」(認知的評価)と思ったとしても、意図的に「今回はプラス思考で挑戦してみよう」と思い直すこともできる。これも後述する情動焦点型コーピングの一種といえる。
第3段階:ストレス反応の出現
ストレスを認知している状況が続くことで、心身がそれを防御しきれなくなり、さまざまな症状を引き起こしてしまう段階だ。
ストレス反応はその出現状態により、次の3つに分類される。
・心理面:不安、イライラ、緊張、焦り、自己肯定感の低下、気分の落ち込みなど
・身体面:睡眠障害、頭痛、疲労感、動悸、血圧上昇、心拍数上昇、食欲不振など
・行動面:仕事でのミス、過食、拒食、アルコール依存、闘争的になる、出社拒否など
このような状況に陥る前に、コーピングを実践することで上手にストレスを解消することが重要だ。
では、コーピングにはどのようなものがあるのだろう。以下に代表的なものを列記すると、
1.問題焦点型
ストレスは、問題にぶつかったときに感じやすいもの。問題焦点型のコーピングは、ストレスの原因となっている問題を解決することで、ストレスをコントロールする方法だ。 例えば、上司や同僚にサポートをあおぐ、勉強してスキルアップする、予算や納期を調整してもらう、といった方法が考えられる。解決しなければならない問題が明確で、そのことでストレスを感じているのなら、問題焦点型のコーピングで解決できることが多い。
2.情動焦点型
情動焦点型のコーピングとは、ストレスの原因となっている問題のそのものに焦点を当てるのではなく、問題に対する自分自身の捉え方に焦点を当てることでストレスをコントロールする方法だ。
例えば、仕事が思うように進展しないとき、「こんな時期も必要だ」とゆったり構えたり、「少しずつでも前進している」などと前向きに考えること、「そろそろ軌道にのるだろう」と楽観的になることなどが考えられる。
特に、失敗に対して敏感になってしまっているときや、自分では解決できないことに焦りを感じているとき、そもそも時間が経たないと解決できない場合などに効果的なコーピングである。
3.ストレス解消型
ストレス解消型とは、ストレッサーを感じたときではなく、感じてしまった後にストレスを身体の外へ追い出したり、発散させたりする対処法だ。
文字通りストレス解消をすることであり、例えば、カラオケや飲食、趣味に打ち込んだり、スポーツ、旅行などさまざまな行動が含まれ、普段、無意識のうちに行っていることも多い。
4.そのほかの方法
そのほかの方法として、「社会的支援探索型」や「認知的再評価型」などがある。
社会的支援探索型とは、1.の問題焦点型に含まれ、問題を解決するにあたって、家族や地域の支援サービスなどの社会的援助に頼るコーピングの方法だ。
子育てや出産、介護などでは、いくら自分の認知評価を転化したとしても、ある程度の困難は避けられない。そんなときは、実家に頼ったり地域の支援サービスを利用したりして、ストレスを軽減することができる。
認知的再評価型とは、上記2.の情動焦点型の一種で、さらに積極的にポジティブシンキングを行うコーピングだ。ストレッサーをそのまま受け入れることが難しい場合に、現在直面している問題に対する考え方を変えることで、新しい発想や見方を見出そうとするアプローチである。例えば、達成が困難そうな目標を提示された場合に「これは自分が期待されているからだ」「成長のチャンスだ」「挑戦できて幸せだ」などと考えることで、ストレスに上手に対処することができる。
コーピングを企業に導入するには?
ストレスは状況や場面によって多種多様に存在するので、コーピングでストレスに対処するにはある程度のトレーニングが必要とされている。
このため、企業においては次のような形で導入しているケースが多いようだ。
1.メンター制度
強いストレッサーを受け続けると、心身ともに緊張を強いられ、疲労が蓄積し、ついには仕事に悪影響が出てしまう。そうなる前に、あらかじめ相談するべき人(メンター)を明確にしておくのがメンター制度だ。
メンター制度は、入社したばかりで相談できる人がいない新入社員や、中途採用ではじめての職場に配属した場合などに特に効果を発揮するが、すでにいる社員にもメンター制度を設けておくと効果がある。すでに問題の解決方法を知っている先輩や、具体的に手助けしてくれる同僚などに話を聞いてもらうことで、コーピングが自然にできるような環境が整えられる。
また、自前のメンター制度を導入しなくても、社外のカウンセラーなどと契約し、定期的に社員のカウンセリングを行ってもらう方法もある。
・関連記事:メンターとメンティーとは?制度として導入する目的や注意点
2.コーピング研修の定期開催、e-ラーニングの導入
コーピングなどの心理トレーニングは、定期的に行うと効果が上がりやすいといわれている。コーピング研修や講習会をオンラインやe-ラーニングなどによって、定期的に実施している企業も多い。
日々の業務に追われていると、コーピングに対する意識が薄れてストレスにうまく対処できなくなってしまいがちだ。これに対処するために、定期的にコーピングの研修を行えば、その度にストレスへの対応方法を再確認することができる。
3.オンラインでのランチ会
最近は3蜜を避けるために、オンラインでのランチ会を導入する企業も増えている。テレワーク中の昼休みに何人かのチームで仕事のことや仕事以外のことについて話すことで、互いのことを知ることができ、相談しやすい雰囲気にもなる。現在抱えている悩みなどを共有することができれば、ストレスの解消になり、自然とコーピングにもつながっていく。
以上、いくつかのコーピング実施例を見てきたが、こうした制度を構築する前に、社内の人間関係やストレスの原因に対する捉え方について社内で話し合いを持ち、コーピングの考え方を共有するだけでもストレスへの対処としては有効である。
できるだけ速やかにコーピングなどのストレス・マネジメントの手法を取り入れることで、社内の環境はよくなり、社内外へもよいイメージを発信できる。さらにはこうした配慮は優秀な人材の採用・育成・定着にもつながっていくので一石何鳥にもなる施策なのだ。
まとめ
・コーピングとは、ストレスへの対応・対処の方法のことをいう。ストレスがあることを前提に、そのストレスと「どううまく向き合っていくか」という方向で解決をはかる手法。
・コーピングを導入することは、社員のメンタルヘルスの健全化や社内の環境整備に取り組む企業としてのイメージ定着にもつながるため、採用戦略の一環としても有効な施策であり、今後ますます導入する企業が増加するとみられている。
・ストレス発生のメカニズムは、第1段階:ストレッサーの発生、第2段階:ストレッサーに対する認知評価の発生、第3段階:ストレス反応の出現、の3段階に分けられる。
・コーピングには、1.問題焦点型、2.情動焦点型、3.ストレス解消型、4.そのほかの方法 として、「社会的支援探索型」や「認知的再評価型」などがある。
・コーピングの実施例としては1.メンター制度、2.コーピング研修の定期開催、e-ラーニングの導入、3.オンラインでのランチ会、などがある。
・コーピングの手法を取り入れることで、社内の環境はよくなり、社内外へもよいイメージを発信できる。さらにはこうした配慮は優秀な人材の採用・育成・定着にもつながっていくので一石何鳥にもなる。