コンパッションとセルフコンパッションは、予測できないことが次々と起こる現代に必要なスキルとして注目されている。前者は自分自身や他者を思いやること、後者はありのままの自分を認めることだ。この記事では、コンパッションとセルフコンパッションの意味や実践方法、期待できる効果などを詳しく解説する。
目次
コンパッション/セルフコンパッションとは
不確実性の高いVUCA(ブーカ:先行きが不透明で将来の予測が困難な状態)時代において、コンパッションとセルフコンパッションに注目が集まっている。コンパッションとは「自分や他者への理解を深め、思いやりをもって寄り添うこと」、セルフコンパッションとは「ありのままの自分を認めて受け入れること」だ。
これらを実践することは、円滑なチームマネジメントやメンタルヘルス対策に効果的とされている。具体的な効果や実践方法を見る前に、まずはそれぞれの意味を理解しておこう。
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コンパッションの意味
コンパッション(compassion)の直訳は「思いやり」や「慈悲」だ。しかし、能力としてのコンパッションを提唱するジョアン・ハリファックス博士は、コンパッションを以下のように定義している。
・ 自分自身や他者に対する理解を深め、心から力になりたいと思うこと
・ 自分自身や他者に寄り添う能力のこと
ハリファックス氏によると、人間は生まれながらにコンパッションをもっている。自分自身や他者への思いやりをもち、物事をフラットな視点で捉えることで、我々は自分自身を成長させられるのだ。
コンパッションを理解するためには、「エッジ・ステート」という概念にも注目すべきだろう。ハリファックス氏は「充実した人生を送ること」や「他者を助けられる存在になること」を叶えるためには、エッジ・ステートを身につけるべきだと説明している。
エッジ・ステートは以下の5つの資質に分類される。
・ 利他性
・ 共感
・ 誠実
・ 敬意
・ 関与
5つの資質を高めることが重要ではあるものの、これらに意識が向きすぎる状態は好ましくない。例えば「他者の役に立ちたい」という利他性が過度に働くと、承認欲求に支配されたり、相手の依存心を刺激したりする可能性がある。
また、共感は他者の感情に寄り添うために欠かせない資質だが、相手の感情をトレースした際に自分自身が傷つくこともあるだろう。
このように、5つの資質には良い部分と好ましくない部分が混在している。ハリファックス氏によると、コンパッションを高めた状態に保っておくことで、好ましくない部分さえも成長機会として活用でき、他者貢献につなげられるとされている。
セルフコンパッションの意味
セルフコンパッションはクリスティン・ネフ氏が提唱するもので、「自分自身へ思いやりをもつこと」を意味する。言い換えると、自分自身にフォーカスしてコンパッションを高め、大切な人に優しく接するのと同じように、ありのままの自分を受け入れることだ。
何かに失敗すると、「自分はダメな人間だ」と自分を否定してしまう人は少なくないだろう。セルフコンパッションでは、失敗した際に自分を批判するのではなく、「頑張っているね」、「そんなこともあるよ」と優しい言葉をかける。
セルフコンパッションは「甘え」と混同されやすいが、決して自分を甘やかすことではない。根底には自分自身への思いやりがあり、心の中にある感情を受け入れ、そっと優しく語りかけるのが特徴だ。
セルフコンパッションを実践すると「幸福感が高まる」、「心が安定する」などの効果が得られる。ネフ氏の研究では、セルフコンパッションが高い人ほど以下の度合いが高いことがわかっている。
・ 人生満足度
・ ポジティブ感情
・ 楽観性
・ 感謝の念
セルフコンパッションは、ストレス軽減やレジリエンスの向上にも有効だ。レジリエンスとは、辛い状況や困難に直面しても、うまく適応してやり抜く力のことである。
また、他者に優しくなれることも、セルフコンパッションによって得られる効果の1つだ。セルフコンパッションでは自分自身はもちろん、周囲に目を向けることも重要とされている。自分自身への思いやりをもち、他者との共通点に気づくことができれば、その人に寄り添えるようになるだろう。
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マインドフルネスとの関係
マインドフルネスは、コンパッションやセルフコンパッションとセットにされることが多い言葉だ。ここでは、それぞれの言葉の関連性について解説する。
そもそもマインドフルネスとは、ストレスを緩和する方法の一種である。マインドフルネスのトレーニングでは、これまでの経験や先入観から自分自身を解放し、「今」だけに集中できる状態を目指す。自己認識力と自己管理能力の向上に効果があるとされており、社員のメンタルヘルス対策やモチベーション維持などを目的として、多くの企業が実践している。
マインドフルネスとコンパッションの共通点は、どちらも仏教に由来することだ。ただし、コンパッションは宗教的な考え方ではなく、科学的な根拠にもとづいて研究が進められている。
また、マインドフルネスとコンパッションは「コインの裏と表」と表現されることが多い。これには、マインドフルネスによって自分自身を深く理解するとともに、コンパッションを高めて他者に寄り添うことが重要だというメッセージが込められている。
次に、セルフコンパッションとマインドフルネスの関係を見ていこう。ネフ氏によると、セルフコンパッションは以下の3つの要素で構成されており、マインドフルネスはそのうちの1つに含まれる。
・ マインドフルネス
・ 自分への優しさ
・ 共通の人間性
セルフコンパッションを高めるためには、前提としてマインドフルネス状態を作り上げておくことが重要である。マインドフルネスによって自分自身の感情や思考を認知し、たとえそれがネガティブなものであっても、評価せずに受け入れることがセルフコンパッションにつながると考えられているのだ。
ちなみに、マインドフルネスとセルフコンパッションを融合させた「マインドフル・セルフコンパッション」という概念も存在する。これはネフ氏とクリストファー・ジャーマー博士が共同で提唱する実践プログラムで、ウェルビーイング(=肉体的、精神的、社会的に満たされている状態)の向上に効果があるとして注目を集めている。
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リーダーに求められるコンパッションの力
日本におけるマインドフルネスの認知度は上がっているものの、コンパッションが広く浸透しているとはいえない。しかし世界では、優れたスキルをもつリーダーや成功者がコンパッションに対して積極的な姿勢を見せている。
ハリファックス氏によると、リーダーには以下の3つの資質が必要であり、コンパッションはそれらを実践するための支えとなる。
・ 現状を受け止め、目を背けずにその場にいられる能力
・ 相手への思いやりや、相手への関心をもつこと
・ 相手にとってより良い結果となるよう貢献すること
また、リーダーがコンパッションをもっているかどうかは、チームの生産性にも関わるという。ここでは、コンパッションの高い人がリーダーシップを発揮することで、チームにどのような影響が及ぶのかを詳しく解説する。
チームの心理的安全性を高める
コンパッションがリーダーに必要とされる理由の1つは、コンパッションをもつことでチームの心理的安全性が高まるからだ。心理的安全性とは、エイミー・エドモンソン氏が提唱した心理学用語であり、自分の意見を安心して発言できる状態を指す。
Google社の調査では、生産性に優れたチームは心理的安全性が高いことがわかっている。チームの心理的安全性が高まっていると、質問や提案をすることに抵抗がなくなり、率直な意見を出しやすくなるだろう。安心して仕事に集中できる環境が整えられることで、パフォーマンスの向上やコミュニケーションの活性化などの効果も期待できる。
メンバーのクリエイティビティを損なわず、お互いのスキルを認め合える状態を作るためには、コンパッションをベースとしたリーダーシップが必要だ。具体的には、部下の苦しみに寄り添ったり、マインドフル・リスニング(=批判や評価をせず、ただ部下の話に耳を傾けること)を実践したりすることが有効とされる。
チームの生産性に悩んでいるのならば、コンパッションを実践してチームの心理的安全性を高めることに注力すべきだろう。
関連記事:チームのパフォーマンスを高める上で重要な心理的安全性(Psychological Safety)を解説
アンコンシャスバイアスの影響を受けない意思決定
リーダーがコンパッションをもつことは、アンコンシャスバイアスを取り払い、フラットな視点で意思決定することにもつながる。アンコンシャスバイアスとは、自覚のない偏見や思い込みのことで、「無意識の偏見」とも呼ばれる。
アンコンシャスバイアスにとらわれて物事を判断すると、自分の発言によって他者を傷つけることになりかねない。特に職場では、人間関係の悪化やモチベーションの低下などに発展する可能性もある。
その点、コンパッションが高い人は自分と他者を注意深く観察することに長けており、さまざまな選択肢を踏まえたうえで意思決定を行う。自分と他者に向き合うことで固定観念が取り払われ、中立的な視点で物事を判断できるのだ。
ビジネスを進めるうえでは、さまざまな場面で意思決定が求められる。コンパッションを高めて視野を広く保っておくと、アンコンシャスバイアスの影響を受けずにジャッジメントができるだろう。
関連記事:アンコンシャスバイアスの具体例は?仕事上で気をつけたい対策
セルフコンパッションの高め方
セルフコンパッションを高める方法はいくつかある。その中から、ここでは「慈悲の瞑想」と「ジャーナリング」のやり方を紹介する。
仏教伝来の瞑想法「慈悲の瞑想」
仏教に由来する瞑想法である「慈悲の瞑想」は、セルフコンパッションを高めるベーシックな手法として知られている。時間や場所を選ばず、いつでもどこでも実践できるのが特徴だ。
慈悲の瞑想では、以下の4つのカテゴリーに関連するフレーズを繰り返し唱える。優しい言葉を自分自身にかけることで、徐々に気持ちが落ち着いていくのがわかるだろう。
【4つのカテゴリー】
・ 安全
・ 幸福
・ 健康
・ 心の平安
【フレーズの例】
・ 私が安全でありますように
・ 私が優しい気持ちでありますように
・ 私が健康でありますように
・ 私の悩み苦しみがなくなりますように
フレーズを唱えて自分自身を慈しむ時間を過ごしたならば、次は他者へと対象を広げていく。これによって他者への思いやりが養われるとともに、マインドフルネスな状態を維持できるだろう。
書く瞑想「ジャーナリング」
ジャーナリングとは、思いついたことを一定の時間内に書き続けることだ。自覚していなかった感情や課題を整理し、対処するために有効な手法として知られている。
ジャーナリングを実践する際に大切なのは、自身が抱える不安やネガティブな感情を素直に表現することだ。感情を思いのままに書き記すことで、取り繕っていない、ありのままの自分に気づくきっかけとなるだろう。
まとめ
コンパッションは自分自身と他者に寄り添うこと、セルフコンパッションはありのままの自分を受け入れることを意味する。それぞれを実践することで、チームマネジメントの円滑化やストレス軽減などの効果が期待できる。
自分自身との向き合い方や他者との関わり方に大きく影響するため、リーダーとしてチームを運営する人はもちろん、つい自分自身を否定してしまう人や、対人関係に悩む人も実践する価値があるだろう。
コンパッションとセルフコンパッションを高め、マインドフルネスな状態を維持するために、「慈悲の瞑想」や「ジャーナリング」などの手法を取り入れてみてはいかがだろうか。