・アントレプレナーシップとは何か?
・「企業家精神」と「起業家精神」の違いとは
・アントレプレナーシップへの注目度が高まっている背景
・日本企業を取り巻く環境の3つの変化
・主要なアントレプレナーシップの3つのカタチ
・アントレプレナーシップに必要なスキルや資質とは
アントレプレナーシップとは何か?必要とされる背景とは?
さまざまな価値観や生き方が受容されるようになった現代社会では、消費者の行動や嗜好も大きく多様化し続けている。企業も、いままでの延長線上にある枠組みの中でビジネスを展開しているだけでは、新しい価値を創造し成長を続けていくことは困難な時代となっている。
そこで求められるのは、イノベーションを興し、既成概念、固定概念を覆すような独創的な製品やサービス、事業などを発想し、展開できるマインド、すなわち「アントレプレナーシップ」である。
アントレプレナーシップとは、事業創造や新商品開発などに高い創造意欲を持ち、リスクに対しても積極的に挑戦していく姿勢や発想、能力などの企業家精神を指す。アントレプレナーは元々貿易商(仲買人)を表すフランス語の「Entrepreneur」が語源である。モラヴィア(チェコ)生まれの経済学者であるジョセフ・シュンペーターが著書『経済発展の理論』の中で、企業の行う不断の「イノベーション」こそが経済を変動させるという概念を提唱。イノベーションをもたらす者を「entrepreneur」と呼び、そこからイノベーションを興す企業家を意味する経済用語となった。
これに「~魂」を表すシップが付いたアントレプレナーシップは、「企業家精神」と訳される。
「起業家精神」と混同されることも多いが、起業家とは、事業を立ち上げている人全般を指す言葉であり、企業家とは、新しい価値、概念で企業を興し、企業を興すのはもちろんだがその企業の経営に取り組む人のことだ。起業は一人で出来るが、企業家は多くの部下を率いて、組織のリーダーとして経営を担っていく。その意味においてアントレプレナーシップとは「起業家精神」ではなく「企業家精神」を意味する。
このアントレプレナーシップは、独立心や達成動機、独創的な発想力が中核となっているため、企業の規模を問わずアントレプレナーシップを持つ人材の需要は高まっている。経営に深く関わる経営者層や幹部候補性に必要な精神、もしくは行動としてのアントレプレナーシップは、企業家に限らず、経営の中心に位置したいと考えるビジネスパーソンには、この時代を生き抜くために必須の要件であるといえるだろう。
では、なぜ昨今、日本企業においてもアントレプレナーシップへの注目度が高まっているのだろうか?その背景には以下のような事情がある。
1. 日本の国際競争力低下
2020年6月にスイスのビジネススクールIMDが発表した「IMD国際競争力ランキング」※によれば、調査対象となった63の国・地域のうち、日本は34位と1997年以降で過去最低の順位となった。この順位は、2018年の25位、2019年の30位と年を追うごとに低下している。
この調査は、「経済パフォーマンス」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラストラクチャー」の4つの要素を約300の指標から順位付けをしている。
日本において全63の国・地域の中で特に非常に低水準な項目は「ビジネスの効率性」のうち、「企業の俊敏性」「起業家精神」であり、どちらも最下位の63位である。この順位の凋落ぶりをみるだけでも、起業家の欠如が日本の国際競争力が著しい低下をしており、強い危機感を持つべきだとわかるであろう。
かつて日本の成長を支えてきた年功序列や残業を美徳する働き方、新規性より安定性の考え方では変化の激しい今の時代に対応できず、国際競争力は下落の一途をたどっている。そのため、より新しいものに価値を据え、自ら考え、イノベーションを興そうとするアントレプレナーシップを持つ従業員の養成が課題として注目を浴びているのだ。
2. グローバルリーダーの育成
先のIMDの調査によれば「ビジネスの効率性」のうち「グローバル化への姿勢」は50位とこちらも非常に低い順位である。ビジネスのグローバル化や外国籍の社員と一緒に働く機会の増加が進む中、多くの企業にとって、より複雑で多様性の高い環境下で活躍できるリーダーの強化や育成は喫緊の課題となっている。
しかしながら、グローバルな素養とビジネス経験を備えた人材を常時ふんだんに採用することは難しく、そのため候補となる人材を社内で抜擢し、グローバル人材へと養成する必要がある。
今後のビジネスは世界と対等に戦っていかなければ勝ち残ることができず、それは日本の全ての企業において課題であるといっても過言ではない。時代の変化に対応し、新しい価値観を主体的に生み出していけるアントレプレナーシップを持った従業員やリーダーが求められており、多くの企業や高校や大学・大学院などの教育機関においても、アントレプレナーシップを持つ人材の強化・養成が急速に進められている。
3. 日本における雇用形態の変化
世の中が高速度で目まぐるしく変化していく中で、その変化の波についていけなければ、企業の存在自体が危ぶまれることになる。
効率的な事業を推進するための終身雇用制度、新卒一括採用が当たり前だった従来の日本の雇用システムは、以前は成長をささえる柱であり、日本企業の強みであった。しかし、競争が激化した現在、成果主義の導入や生産性が低く、価値を生み出せないと判断された人材の解雇など、崩壊に近づいてきている。
大手企業や優良企業であっても例外ではなく、早期退職者を募っている企業も多い。
このように日本における雇用形態が大きく変化している中では、安定性よりも、リスクを取り、果敢にチャレンジし、新時代を切り開く人材が、今後ますます求められてきている。また、将来の予測が不確実な中で、多様な能力や価値観をもった人材を採用したいという企業のニーズは高まっている。
優秀な人材の離脱を防ぐために従業員に副業を認め、さらにはヤフーのように大々的に副業人材の募集をかけていたことは記憶に新しいであろう。企業サイドのビジネス競争力向上の鍵は、従来の雇用制度の枠組みに捉われず、時代に応じたアントレプレナーシップを持つビジネス人材をいかに獲得、育成するかにかかっているのだ。
アントレプレナーシップが持つさまざまなカタチとは?
前項でアントレプレナーシップを「企業家精神」と訳したが、実際にはアントレプレナーシップに関する研究は数多く実施されており、その定義もさまざまだ。そこで、なかでも主要なアントレプレナーシップのカタチを整理しておこう。
1. イノベーションを前提としたアントレプレナーシップ
オーストリア人の経営学者であるピーター・ドラッカーは、著書である『イノベーションと企業家精神』の中で、「イノベーションを生み出し、それを企業活動へと適応・管理していく力」をアントレプレナーシップと定義付けている。また、ドラッカーは、アントレプレナーシップをスタートアップ企業の創造プロセスのみならず、既存企業内での新規事業開発活動を表す場合もありうるとしている。
ビジネスの機会を発見し、それらを新たな製品やサービスとして具現化していくことは、スタートアップ企業のみならず既存企業においても同様に重要だからである。イノベーションのマネジメント方法と戦略立案に重きを置き、企業の管理職の視点からアントレプレナーシップを観ていることが特徴的である。
2. 企業家としてのアントレプレナーシップ
アントレプレナーシップ研究の権威であるハーバード・ビジネススクールのハワード・スティーブンソンは、アントレプレナーシップを「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」であると定義している。これは、新規事業や新商品開発にあたって、資本や労働力などのリソース不足に直面した場合において、困難を創意工夫によって乗り越える姿勢や能力を「アントレプレナーシップ」と呼ぶという考え方である。
すなわち、企業家としてのアントレプレナーシップは、個人もしくは組織が、限定的な経営資源に捉われずに、機会を追求する姿勢、スキルと定義することができる。この定義でのアントレプレナーシップを持つ人の特徴は、社内の経営資源であるヒト、モノ、カネに捉われずに、例えば他社と提携関係を結んでパートナーの資源を活用するといったことなど挙げられる。
スタートアップ企業や新規事業部門では、資源が十分に足りていることはまれで、その点を創意工夫、創造性、機を見るに力などによってカバーしているからだ。このように既存の経営資源という概念に捉われることなく、個人または組織が創意工夫をして、取り組む姿勢が企業家としてのアントレプレナーシップである。
3. 行動体系としてのアントレプレナーシップ
起業家教育に特化し、アントレプレナーシップの分野で世界的に高い評価を得ている大学にバブソン大学がある。
この大学は全米ビジネススクールランキング・アントレプレナーシップ部門で27年間連続トップを獲得し、日本人としてはトヨタ自動車の豊田章男氏やイオンの岡田元也氏などが卒業生に名を連ねる。この大学では、独創的な「起業家的な思考&行動法則 = ET&A」という方法論を取っており、これは行動、実験、訓練のバランスを取る仕組みとなっている。ビジネス上の問題以上に、大企業の革新、家族の育成、世界的な社会問題等の解決を図ることが目標され、具体的には、「“始める”、“具体的なアクションへ踏み出す”、“違いを生む” 」といった観点を重視した教育を展開しているのだ。
非常に大きな特徴としては、学生同士で実際に必ず起業しなければならないことがあげられる。そして、大いに失敗を重ねながらそれを学びに変え、起業家としての「行動原則」のプロセスを習得していくのだ。アントレプレナーシップをバブソン大学ではひとつの思考・行動体系として位置付け、教育を行っていることが大きな特徴である。
アントレプレナーシップに必要なスキルや資質とは
いわば新時代のリーダーとして期待されているアントレプレナーには、備えておくべきいくつかのスキルや資質が求められる。そこで、アントレプレナーに求められる代表的なスキルや資質について確認しておきたい。
1. 創造性・イノベーション
アントレプレナーには、新しい価値を生み出す創造性やイノベーションが求められる。例えば、時代の先取りやソーシャルリスニングにより新しい商品を生み出し、新規市場を開発していくような創造力だ。
また、イノベーションに失敗はつきものだ。失敗してもくじけず、反省をもとに改善し、あきらめずにチャレンジすることでより大きな成功を求めていく主体性や推進力、やり遂げる力という資質も同時に必要とされる。
2. マネジメントスキル
新しいアイデアを成功に結びつけるためには、志をともにするチームを適切にマネジメントする力が必要となる。マネジメントスキルの優れたアントレプレナーがリーダーを務めれば、新規事業の推進力がより大きくなり、成功の可能性が大幅に増加するからだ。
この他、リーダーとして、メンバーのモチベーションを最大化し、鼓舞する能力や、従業員のスキルを見極め適材適所への人材の配置、目的達成に向けた経営戦略考案など、コミュニケーション力を含めた幅広いマネジメントスキルが求められる。
3. 学び続ける精神
新しい事業に取り組めば、当然、多くの失敗という結果もついてくる。この時、アントレプレナーには、失敗の原因を省みて、よりよいものを導き出す省察力と、学び続ける精神力が求められる。特に昨今では、新しいテクノロジーはあっという間に過去のものとなっていく。
リーダーとなるアントレプレナーが、事業を成長に導くための情報を感度高く収集し、常に学び続ける精神を従業員に示さなければ、チーム全体が成長し続けることは困難になってしまうのだ。
4. 人的ネットワーク
アントレプレナーシップに求められる人的ネットワークとは、自分の意見や考えに対して良い面からも悪い面からも率直な意見を与えてくれる、または会社や事業に対する本質的な疑問を呈してくれるような人脈を意味する。
この人的ネットワークは、利害関係や既得権益といったさまざまなしがらみが発生しやすい組織の中でこそ活きるネットワークだ。創造意欲が高く、リスクに挑戦する姿勢を持つ人材には、さまざまな人的障害が立ちはだかるが、それらを突破する要素となる支援体制の構築や支援者も、人的ネットワークを基に形成されていくのだ。優れたアントレプレナーシップによる独創的なイノベーションは、決して単独で成し遂げられるものではなく、これらの人的支援があってこそ、はじめて達成できるからだ。
これらのスキルや資質は1つだけあればよいものではなく、総合的に組み合わせて持つべきもので、先行き不透明なこの新しい時代においては、アントレプレナーシップはさらに必要とされるため、これらを身に着けるための不断の努力が重要であろう。企業側においては、仮にスキルや資質が足りない場合でも、それを補うようなパートナーと組ませ相互作用を図るなど、アントレプレナー育成に注力すべきである。
まとめ
・現代社会では、消費者の行動や嗜好も大きく多様化し続けており、企業も、いままでの延長線上にある枠組みの中でビジネスを展開しているだけでは、新しい価値を創造し成長を続けていくことは困難な時代となっている。そのため、イノベーションを興し、独創的な製品やサービス、事業などを発想し、展開できるマインド、「アントレプレナーシップ」が重視されている。
・アントレプレナーシップとは、事業創造や新商品開発などに高い創造意欲を持ち、リスクに対しても積極的に挑戦していく姿勢や発想、能力などの企業家精神を指す。アントレプレナーシップは、「企業家精神」と訳され、「起業家精神」と混同されることもあるが、企業家は多くの部下を率いて、組織のリーダーとして経営を担っていくことが求められており、その意味においてアントレプレナーシップとは「起業家精神」ではなく「企業家精神」を意味する。
・アントレプレナーシップは、独立心や達成動機、独創的な発想力が中核となっているため、企業の規模を問わずアントレプレナーシップを持つ人材の需要は高まっており、この時代を生き抜くために必須の要件であるといえる。また、アントレプレナーシップへの注目度が高まっているその背景には「日本の国際競争力低下」「グローバルリーダーの育成」「日本における雇用形態の変化」があげられる。
・アントレプレナーシップはさまざまなカタチがあり、代表的なものにはピーター・ドラッカーが定義したイノベーションを生み出し、それを企業活動へと適応・管理していく力とする「イノベーションを前提としたアントレプレナーシップ」。ハワード・スティーブンソンが定義した「コントロール可能な資源を超越して機会を追求すること」、すなわち個人または組織が創意工夫をして、取り組む姿勢としての「企業家としてのアントレプレナーシップ」。起業家教育で世界的に有名な米国ハブソン大学の独創的な方法論「起業家的な思考&行動法則 = ET&A」の「行動体系としてのアントレプレナーシップ」などが挙げられる。
・新時代のリーダーとして期待されているアントレプレナーには、備えておくべきいくつかのスキルや資質が求められ、代表的なスキルや資質は大きく分けて「創造性・イノベーション」「マネジメントスキル」「学び続ける精神」「人的ネットワーク」の4つがある。
・これらのスキルや資質を具体的に示すと、新しい価値を生み出す創造性やイノベーションが求められ中で、仮に失敗したとして、あきらめずにチャレンジする主体性や推進力、やり遂げる力という資質。リーダーとして、メンバーのモチベーションを最大化し、鼓舞する能力や、従業員のスキルを見極め適材適所への人材の配置、目的達成に向けた経営戦略考案など、幅広いマネジメントスキル。失敗の原因を省みて、よりよいものを導き出す省察力と、学び続ける精神力があり、それを従業員に示すことができる資質。自分の意見や考えに対して良い面、悪い面の両面から率直な意見や会社や事業に対する本質的な疑問を呈してくれるような人脈を構築できるコミュニケーションスキルである。
・これらのスキルや資質は1つだけあればよいものではなく、総合的に組み合わせて持つべきもので、仮にスキルや資質が足りない場合には、それを補うようなパートナーと組むことで相互作用により、より強いアントレプレナーシップが発揮できるようになる。