日本は急速に進む少子高齢化によって、労働人口が減少しつつある。経済の持続的な成長のためには、女性活躍の推進だけではなく、高年齢者の労働力を確保する必要もあるだろう。
2025年の高年齢者雇用安定法の改正は、このような状況を受けたもので、企業には新たな義務や対応策が求められている。この記事では、法改正の詳細や企業が取るべき対応、そして今後の展望と注意点について詳しく解説する。
関連記事:役職定年制度の現状を解説。社員のモチベーションを活性化するためのポイントとは?
目次
高年齢者雇用安定法とは?
高年齢者雇用安定法とは、わかりやすく言えば高年齢者が働き続けられる環境整備に関する法律のことだ。正式名称は「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」である。1971年の施行当時は、「中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」という名称であった。
高年齢者雇用安定法の目的と背景
高年齢者雇用安定法は、年齢にかかわらず、意欲と能力に応じて働き続けられる社会の実現を目的として制定された。2012年と2020年には大きな法改正がおこなわれている。
高年齢者が働き続けられるための環境整備が重要視されている背景には、日本の少子高齢化がある。少子高齢化の深刻さが増すにつれて、日本の労働人口が以前よりも減少しているのだ。
また、公的年金の受給者が増えているにもかかわらず、労働人口が減少してしまうことで、現役世代の負担が増してしまうという課題もある。高年齢者が働き続けられる環境を整備することで、雇用の確保と現役世代の負担軽減を図っているのだ。
高年齢者の雇用の現状と課題
高年齢者雇用安定法が改正されるたびに、高年齢者の雇用環境の整備が進んでいる。2012年の法改正では、65歳まで定年を引き上げるなどの義務付けがおこなわれた。さらに、2021年の法改正では、70歳までの就業機会の確保が努力義務化された。
高年齢者は若い世代よりも身体能力が衰えていることに注意しなければならない。企業側は、高年齢者が働きやすいように職場をバリアフリー化したり、パソコン操作などを質問しやすい体制をつくったりなど、さまざまな角度から労働環境を整備していくことが求められるだろう。
参考:高年齢者雇用対策 |厚生労働省
参考:高年齢者等の雇用の安定等に関する法律 | e-Gov法令検索
2021年の高年齢者雇用安定法改正のポイント
先述のとおり、2012年に65歳までの雇用確保を義務付けたことに加えて、2020年には、70歳までの就業確保措置が努力義務として追加される法改正がおこなわれた。
このうち、2021年4月1日に施行された改正高年齢者雇用安定法の重要ポイントを確認していこう。
2021年4月1日施行の改正内容の概要
事業主が努める必要のある、65歳から70歳までの方に対する就業機会確保の努力義務にかかる具体的な措置は、以下のとおりだ。
1. 70歳までの定年引き上げ
2. 定年制の廃止
3. 70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
4. 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
5. 70歳まで継続的に従事できる制度の導入
法改正によるこれらの措置によって、政府は働く意欲がある高年齢者に対して就業機会を提供できる環境づくりを推進している。
就業機会確保の努力義務にかかる具体的な措置のうち、1~3の措置は、雇用によって高年齢者の就業機会を確保するためのものだ。
中でも3の「70歳までの継続雇用制度の導入」措置は、該当する企業での再雇用や勤務延長をする場合だけではなく、グループ会社やそれ以外の事業主で継続的な雇用をする場合も対象となる。
4と5の措置は、雇用以外の方法で就業を確保するものである。業務委託などの形態によって、高年齢者の働く機会を増やし、支援するのだ。
このうち「70歳まで継続的に従事できる制度の導入」措置には、以下の2つが挙げられている。
● 企業が実施する社会貢献事業
● 企業が委託、出資などをする団体がおこなう社会貢献事業
2012年の改正とは違い、2020年の改正では、事業主への雇用確保措置が義務付けられただけではなく、就業確保措置の努力義務化もおこなわれた。この違いは、2020年の改正では雇用によるものだけではなく、業務委託などによる就業機会の確保も含まれたことなどが影響したと言われている。
改正の趣旨と目的
2021年に施行された高年齢者雇用安定法の改正趣旨と目的は、以下のとおりだ。
● 少子高齢化が急速に進展する社会であっても、経済の活力を維持すること
● 70歳までの就業機会の確保と多様な選択肢の提供
現在の日本の状況では、社会経済の活力を維持するために、働く意欲のある高年齢者に対する就業機会の提供が重要視されている。
「令和3年版高齢社会白書」によると、日本の高齢化率は28.8%であった。それと同時に、日本の高年齢者が高い就業意欲を持ち続けているという結果も出ている。
日本の高年齢者の健康状態に関する調査では、「健康である」「あまり健康とはいえないが、病気ではない」とした割合が、あわせて91.7%であった。
働く意欲がある高年齢者に多様な選択肢を提供し、その能力を十分に発揮できる環境を整備することは、日本の経済活動維持の鍵になると言えるだろう。
なお、2020年の法改正の対象となったのは、以下の条件にあてはまる企業である。
● 定年を65歳以上70歳未満に定めている事業主
● 65歳までの継続雇用制度を導入している事業主
つまり、定年制がない企業、もしくはすでに定年が70歳以上と定められている企業は、法改正の対象とならなかった。これは、2020年の法改正の趣旨である高年齢者の就業機会の確保ができていたためだ。
参考:高年齢者雇用対策 |厚生労働省
参考:令和3年版高齢社会白書(全体版)(PDF版) – 内閣府
2025年に施行される改正法のポイント
2020年の雇用保険法の法改正によって、2025年度から高年齢雇用継続給付金を縮小することがすでに決定している。
この高年齢雇用継続給付金の縮小も、高年齢者の雇用の安定に関連する内容だ。また、高年齢者雇用安定法を改正したことに伴う経過措置も、2025年に終了となる。
2025年度からの高年齢者の雇用の安定に関連する変化をわかりやすく言うならば、以下のポイントが挙げられる。
● 高年齢雇用継続給付金の縮小
● 65歳までの雇用確保義務の経過措置終了
● 65歳以上の雇用確保義務化
2025年に施行される改正法などのポイントを、それぞれ詳しく確認していこう。
高年齢雇用継続給付金の縮小
2020年度に雇用保険法が改正された影響で、2025年4月から高年齢雇用継続給付金が縮小される予定だ。
これから日本は、超高齢社会の時代を迎える。法改正によって、就業意欲のある高年齢者に働く機会を提供できるようになったことで、高年齢雇用継続給付金が2025年4月から段階的に縮小され、将来的には廃止となる。
この縮小によって、雇用保険に加入している60歳〜65歳未満の従業員の賃金が減少する可能性がある。企業側は、賃金制度や雇用環境の見直し、高年齢者の賃金が減少しても働き続けられる環境の整備などが必要となってくるだろう
65歳までの雇用確保義務の経過措置終了
先述のとおり、2012年における高年齢者雇用安定法の改正で、65歳までの雇用確保が義務化された。とは言え、現在は継続雇用対象者の適用年齢を限定する経過措置が段階的に実施されている状態だ。
この法改正による経過措置が、2025年3月31日に終了する。経過措置が終了した2025年4月1日から、企業には65歳までの従業員に対して、継続雇用の希望者を全員雇用する義務が発生するのだ。
ただし、労使協定に限定基準に関する記載がある場合には、継続雇用の対象者を限定することができる。
65歳以上の雇用確保義務化
2025年4月に高年齢者雇用安定法の経過措置が終了することで、雇用主は以下の3つの雇用確保措置のうち、いずれかを実施することが義務化される。
● 65歳までの定年の引き上げ
● 65歳までの継続雇用制度の導入
● 定年制の廃止
継続雇用制度とは、わかりやすく言えば「再雇用制度」や「勤務延長制度」などのことだ。定年後も高年齢雇用者が働きたいと希望すれば、引き続き雇用する制度を指す。
70歳までの雇用確保は努力義務であるが、今後また法改正される可能性があるため、政府の方針を確認しておくと良いだろう。
企業に求められる対応
高年齢者雇用安定法の経過措置の終了によって、企業は以下の対応が求められることになる。
● 就業規則の見直し
● 雇用契約の見直し
● 賃金制度の見直し
● 勤怠管理システムの見直し・改修
● 従業員への周知
就業規則の法定記載事項である退職・解雇に関する内容は、就業規則を見直した際に所轄の労働基準監督署長へと届け出る必要がある。定年の引き上げや継続雇用制度の延長、新たに創業支援等措置に関係する制度を設けるといった措置を講じる場合は、就業規則を変更したうえで所轄の労働基準監督署長へと届け出よう。
定年を延長する場合は、雇用契約を結び直す必要はない。ただし、定年退職後の再雇用や労働条件を変更する場合には、別途契約が必要だ。
高年齢者雇用安定法の経過措置が終了する頃には、高年齢雇用継続給付金の縮小も実施される。経験豊富なシニア人材に対する賃金制度の見直しも必要となるだろう。
再雇用による継続雇用をする場合には、正社員ではない雇用形態が適用され、定年年齢前とは勤務条件が変わると考えられる。その場合、その条件に合った勤怠管理システムの見直しや改修も必要となるだろう。
70歳までの雇用確保は努力義務であるため、施行時点では必ずしも対応が必要なわけではない。しかし、対応しないままでいると、ハローワークなどから指導や助言の対象となったのち、当該措置の実施計画の作成に関する勧告を受ける可能性がある。企業側は、対応に向けて着々と準備を進めていくのが得策だろう。
関連記事:「労働時間」について法律上の定義や制度、事例を基礎から解説
高年齢者の雇用に関する今後の展望と注意点
高年齢者の雇用に関する今後の展望と注意点は、以下のとおりだ。
<今後の展望>
・高年齢者の労働力のさらなる活用
・多様な働き方の普及
・健康経営の推進
<注意点>
・65歳定年制度への正しい理解
・賃金制度の適切な見直し
・健康管理の徹底
・従業員とのコミュニケーション
今後の展望
高年齢者の労働力のさらなる活用
少子高齢化が進むなかで、高年齢者の労働力はますます重要となる。企業は、高年齢者の経験や知識を十分に活かせる方法を模索する必要があるだろう。
多様な働き方の普及
リモートワークやフレックスタイム制など、多様な働き方が一般的となることで、高年齢者にとっても働きやすい環境が整備されることが期待できる。
関連記事:テレワークとリモートワークの違いとは?廃止の動きもあるがメリット・デメリットは
健康経営の推進
高年齢者の健康を維持向上させるための取り組みが、企業の経営戦略として今後、ますます重要となる。健康増進に使えるサービスなど、高年齢者が使いやすく、かつ健康を維持向上することが可能な福利厚生などを検討すると良いだろう。
関連記事:健康経営アドバイザーとは?従業員の資格取得で企業が得られるメリットも解説
注意点
65歳定年制度への正しい理解
65歳までの雇用確保が義務付けられることから、65歳が新たな定年だと誤解される可能性がある。しかし、これは「希望者全員雇用」の義務であり、定年自体の延長を意味するものではない。定年年齢が60歳だと定めている企業でも、希望者が65歳までの継続雇用を選べる制度が導入されていれば、雇用確保措置に対応していると言えるのだ。
賃金制度の適切な見直し
人材コストとのバランスを見つつ、高年齢者のモチベーションを維持できるような適切な賃金設定が必要である。例えば、年功序列制度では、新たに採用された高年齢者は長期勤続が見込めないため、モチベーションが下がってしまう恐れがある。そのようなケースでは、評価基準を新たに設定するなどの工夫が求められるだろう。
関連記事:モチベーションとは?意味やアップさせる方法を分かりやすく解説
健康管理の徹底
企業は、高年齢者の健康状態を考慮し、定期的な健康診断や健康相談などのサポートを強化することが重要である。また、現役世代よりも体調を崩しやすいため、時間外労働が起きないように業務量にも気を配るようにしよう。
従業員とのコミュニケーション
法改正や企業の対応策について、従業員とのコミュニケーションを密に取ることで誤解や不安を解消できれば、高年齢者雇用確保体制への移行をスムーズに促進できる。高年齢者を採用することの意義を各部署に伝え、彼らが活躍しやすい場を整えていくことも重要なのだ。
まとめ
高年齢者雇用安定法とは、わかりやすく言えば高年齢者が働き続けられる環境整備に関する法律のことである。意欲と能力があれば、年齢にかかわらず働き続けられる社会の実現を目的として制定された。
2012年に65歳までの雇用確保を義務付け、2020年に70歳までの就業確保措置が努力義務となるなど、たびたび法改正がおこなわれている法律である。
さらに、2020年の雇用保険法の法改正によって決定した高年齢雇用継続給付金の縮小が、2025年度から段階的に実施される予定だ。また、高年齢者雇用安定法の経過措置も、2025年に終了となる。
企業にとっては、少子高齢化が進んだことによる人手不足解消などのメリットがある。それと同時に、就業規則の見直しや健康管理の徹底など、対応していかなければならない取り組みもある。
今回ご紹介した内容をしっかりと理解したうえで、今後の企業活動に役立てもらいたい。