キャリアアップ助成金は、非正規雇用労働者の雇用条件を改善するための助成金制度として注目されている。しかし、その詳細や申請方法、活用事例など、多くの事業主や労働者にとって未知の部分が多いかもしれない。この記事では、キャリアアップ助成金の全容を明らかにし、その活用方法や2023年9月時点での最新の情報を詳しく解説する。
目次
キャリアアップ助成金とは?
キャリアアップ助成金とは、非正規雇用労働者のキャリアアップや待遇改善といった取り組みを支援する制度だ。アルバイトや契約社員、派遣社員などの非正規雇用労働者を正社員化したり、処遇改善の取り組みを実施したりした企業に対し、助成金が支給される。
厚生労働省が管轄しており、企業は要件を満たしたうえで都道府県労働局やハローワークに申請し、審査を通れば助成金を受給できる。
キャリアアップ助成金の目的
キャリアアップ助成金の目的は非正規雇用労働者のキャリアアップだけではない。正社員と非正規社員の間には、賃金だけではなく受けられる教育や福利厚生といった待遇に格差がある。
助成金制度を活用することにより、非正規雇用労働者のモチベーションとエンゲージメントの向上につなげることも、キャリアアップ助成金の目的だ。助成金制度を利用することによりキャリアアップへの道が開けば、非正規労働者のモチベーション向上が見込まれるだろう。
また、助成金を受給するには、自社の待遇改善に対する取り組みが求められる。待遇面に対する取り組みを実施することにより、働きがいのある魅力的な職場づくりができるのだ。魅力的な職場づくりができれば、企業に対するエンゲージメントが向上し、従業員は「この会社で働きたい」と思うようになる。
助成金制度を受給する取り組みをすることにより、職場環境を改善し、非正規雇用労働者のモチベーションとエンゲージメントの向上につなげることが助成金の目的といえるのだ。
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キャリアアップ助成金の申請資格
助成金は、企業の規模にかかわらず受給できるため、スモールビジネスの事業主の場合でも、労働者が雇用保険の被保険者であれば、助成金を受けられる可能性がある。
支給対象となる要件は以下のとおりだ。
● 雇用保険適用事業所の事業主
● 事業所ごとにキャリアアップ管理者を配置している事業主
● キャリアアップ計画を作成し、管轄労働局長の認定を受けた事業主
● 助成金の対象となる労働者に対し、労働条件や勤務状況、賃金支払い状況などがわかる書類(就業規則)を整備している事業主
● キャリアアップ計画期間中に、非正規雇用労働者のキャリアアップに関する取り組みを実施している事業主
キャリアアップ管理者とは、労働者のキャリアアップ計画書を作成する者を指す。人事担当者やキャリアアップに対する知識がある者のほか、事業主や役員が担当する。ただし、キャリアアップ管理者は、複数の事業所および労働者代表との兼任はできない。
キャリアアップ助成金における中小企業の範囲
キャリアアップ助成金は、中小企業と大企業で支給額が異なる。中小企業と判断する基準は、資本金額や出資額だ。資本金や出資額がない事業主の場合、常時雇用している労働者数によって判断される。
常時雇用している労働者とは、主に2ヵ月を超えて雇用され、週あたりの所定労働時間が、当該事業主に雇用される労働者と同等程度の労働者を指している。中小企業と判断される基準は以下のとおりだ。
業種 | 資本金額・出資額の総額 | 常時雇用している労働者数 |
小売業(飲食店を含む) | 5,000万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 5,000万円以下 | 100人以下 |
卸売業 | 1億円以下 | 100人以下 |
その他の業種 | 3億円以下 | 300人以下 |
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」
対象となる労働者
キャリアアップ助成金の対象となる労働者は、非正規雇用労働者だ。具体的には以下の労働者が対象となる。
● 雇用期間が通算6ヵ月以上の有期契約労働者
● 無期雇用労働者
● 同一の業務に継続して従事している期間が6ヵ月以上の派遣労働者
一方、以下の労働者は助成金の対象外となる。
● 正社員
● 無期雇用を条件に契約した無期雇用労働者
● 過去3年以内に正規雇用・無期雇用していた労働者
● 事業主や役員の親族(3親等以内)に該当する労働者
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」
助成金の種類と内容
キャリアアップ助成金は「正社員化支援」と「処遇改善支援」の2種類が存在し、それぞれの種類は、さらに以下のようにコース分けされている。
正社員化支援 | 正社員化コース |
障害者正社員化コース | |
処遇改善支援 | 賃金規定等改定コース |
賃金規定等共通化コース | |
賞与・退職金制度導入コース | |
短時間労働者労働時間延長コース |
ここでは、各コースの概要や支給金額について解説する。
正社員化支援:正社員化コース
正社員化コースは、非正規雇用労働者を正社員化する場合に利用する助成金だ。キャリアアップ助成金の中でも多く利用されているコースだ。スモールビジネスの事業主にも利用されており、例えば、飲食店のアルバイト店員を正規雇用に転換し、店長に抜擢するケースが挙げられる。
また、近年では求職者の売り手市場となっており、求人広告を出しても応募が来ないケースがあるため、派遣労働者をそのまま正規雇用に転換するケースもある。
正社員化コースの、中小企業に対する支給金額は以下のとおりだ。
条件 | 支給金額 |
有期雇用から正規雇用 | 57万円 |
無期雇用から正規雇用 | 28.5万円 |
加算措置は以下のとおりとなっている。
条件 | 有期雇用労働者の場合の支給金額 | 無期雇用労働者の場合の支給金額 |
派遣労働者を派遣先で正規雇用労働者として直接雇用する場合 | 28.5万円 | 28.5万円 |
対象者が母子家庭の母等または父子家庭の父の場合 | 9.5万円 | 4.75万円 |
人材開発支援助成金の特定の訓練修了後に正規雇用労働者へ転換等した場合 | 9.5万円 | 4.75万円 |
人材開発支援助成金の特定の訓練修了後に正規雇用労働者へ転換等した場合で、自発的職業能力開発訓練や定額制の訓練終了後に正社員化した場合 | 11万円 | 5.5万円 |
「勤務地限定・職務限定・短時間正社員」制度を新たに規定し、有期雇用労働者等を当該雇用区分に転換等した場合 | 9.5万円 | 9.5万円 |
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」
正社員化支援:障害者正社員化コース
障害者正社員化コースは、障害のある有期雇用労働者等を正社員化する場合に利用する助成金だ。従業員を43.5人以上雇用している事業主は、障害者を1人以上雇用しなければならない。
未達の場合、行政指導が行われる可能性もあるため、障害者正社員化コースを利用することにより障害者雇用に取り組むのもひとつの方法だ。
障害者正社員化コースの、中小企業に対する支給金額は以下のとおりだ。
支給対象者 | 条件 | 支給金額 |
重度身体障害者、重度知的障害者および精神障害者 | 有期雇用から正規雇用 | 120万円 |
有期雇用から無期雇用 | 60万円 | |
無期雇用から正規雇用 | 60万円 | |
重度以外の身体障害者、重度以外の知的障害者、発達障害者、難病患者、高次脳機能障害と診断された者 | 有期雇用から正規雇用 | 90万円 |
有期雇用から無期雇用 | 45万円 | |
無期雇用から正規雇用 | 45万円 |
参考
・厚生労働省「事業主の方へ」
・厚生労働省「キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース)」
・厚生労働省「キャリアアップ助成金(障害者正社員化コース)のご案内」
処遇改善支援:賃金規定等改定コース
賃金規定等改定コースは、非正規雇用労働者の賃金規定を改定したときに利用できる助成金だ。基本給の賃金規定等を3%以上増額改定し、昇給した場合、1事業所1年あたり1回のみ受給できる。
賃金規定等改定コースの、中小企業に対する支給金額は以下のとおりだ。
条件 | 支給金額 |
賃金改定率3%以上5%未満 | 5万円 |
賃金改定率5%以上 | 6.5万円 |
職務評価の手法の活用により賃金規定等を増額改定した場合、20万円が加算される。
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」
処遇改善支援:賃金規定等共通化コース
賃金規定等共通化コースは、非正規雇用労働者と正規雇用労働者の賃金規定を共通のものにすることにより利用できる助成金だ。「同一労働同一賃金」に向けた取り組みに向けたものともいえるだろう。
支給金額は、1事業所あたり60万円となっている。
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」
処遇改善支援:賞与・退職金制度導入コース
賞与・退職金制度導入コースは、非正規雇用労働者に対して賞与や退職金制度を導入した場合に利用できる助成金だ。1事業所1年あたり1回のみ受給できる。
支給金額は、以下のとおりとなっている。
条件 | 支給金額 |
賞与または退職金制度を導入した場合 | 40万円 |
賞与と退職金制度を同時に導入した場合 | 56.8万円 |
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版))」
処遇改善支援:短時間労働者労働時間延長コース
短時間労働者労働時間延長コースは、非正規雇用労働者の週所定労働時間を延長し、社会保険を適用した場合に利用できる助成金だ。1事業所1年あたり上限45人まで受給できる。
短時間労働者労働時間延長コースの、中小企業に対する支給金額は以下のとおりだ。
条件 | 支給金額 | |
1週間あたりの所定労働時間を3時間以上延長し、社会保険を適用した場合 | 23.7万円 | |
労働者の手取り収入が減少しないように週所定労働時間延長と基本給昇給を実施し、新たに社会保険に適用させた場合 | 1時間以上2時間未満 | 5.8万円 |
2時間以上3時間未満 | 11.7万円 |
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」
関連記事:時短勤務(短時間勤務制度)とは?メリット・デメリットや、いつまで取れるのかを解説
キャリアアップ助成金の申請方法
キャリアアップ助成金を申請する基本的な流れは以下のとおりだ。
ここでは、正社員化支援の「正社員化コース」の例に沿って、申請までの各工程について解説する。
参考:厚生労働省「キャリアアップ助成金のご案内(令和5年度版)」
キャリアアップ計画の作成と提出
はじめに取り組むべきことは、キャリアアップ計画の作成だ。キャリアアップ管理者を定め、厚生労働省による「有期雇用労働者等のキャリアアップに関するガイドライン」に沿って、キャリアアップ計画書を作成する。計画書には、3~5年の期間で取り組むべき施策やその対象者、目標の記載が必要だ。
計画書は、都道府県労働局またはハローワークに提出する。ハローワークでは、計画書の内容を確認したうえで労働局に提出してもらえるため、ハローワークに提出するほうが申請までの手続きがスムーズになるだろう。
計画書は、各コースの実施日の前日までに提出しなければならないため、注意が必要だ。
就業規則の整備と提出
キャリアアップ計画書を提出したら、就業規則を整備したうえで労働基準監督署に提出する。就業規則に正社員への転換に関する規定がないのであれば、改定しなければならない。正社員への転換に関する規定に盛り込むべき内容は以下のとおりだ。
● 転換が可能な時期(例:80%以上の出勤)
● 対象者となる条件(例:5段階中3以上の評価をもらえている)
● 試験や面接の概要(例:役員との面談面談で審査を行う)
● 手続きの方法(例:指定の申請書を提出する)
ただし、労働者数が10人未満のスモールビジネスの場合は、就業規則の提出が義務ではないため、就業規則を整備しなくても問題ない。
正社員に転換し雇用を継続
就業規則を整備したら、受給する助成金に対する施策を実施する。正社員化コースであれば、就業規則で規定したとおりに試験や面接を実施し、正社員に転換しなければならない。助成金を受給するには、正社員に転換後、6ヵ月間の雇用と賃金支払いも必要だ。
連続6ヵ月である必要はないものの、正社員転換前の6ヵ月間の賃金に対し、3%以上の増額が必要なため、注意が必要だ。また、正社員転換後6ヵ月の間に休職した場合、11日以上就業していれば1ヵ月とカウントされるため、休職月の就業日数についても注意しなければならない。
支給申請
受給する助成金の施策を実施したら、事業所の所在地を管轄する都道府県労働局に支給申請できる。正社員化コースであれば、正社員転換後に6ヵ月の賃金を支払った日の翌月から2ヵ月以内が申請期限となっている。
支給申請では、以下の書類の提出が必要だ。
● キャリアアップ助成金支給申請書
● 正社員化コース内訳
● 正社員化コース対象労働者詳細
● 支給要件確認申立書
● 支払方法・受取人住所届
● 管轄労働局長の認定を受けたキャリアアップ計画(写)
● 正社員化前後の就業規則または労働協約等(写)
● 対象労働者の正社員化前後の雇用契約書または労働条件通知書等(写)
● 対象労働者の正社員化前後の賃金台帳等(写)及び賃金台帳3%以上増額に係る計算書
● 対象労働者の正社員化前後の出勤簿またはタイムカード等(写)
● 事業所確認票
支給審査では、提出された書類の整合性や手当の支給状況、計算方法、違反事項がないかを確認される。重大な違反が発覚した場合、助成金は支給されない。審査を通過すれば支給決定通知書が交付され、助成金が振り込まれる。
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キャリアアップ助成金の注意点
キャリアアップ助成金を利用する際は、支給されないケースや不正受給した場合は罰則をうける可能性があることを理解しなければならない。ここでは、それぞれの注意点について解説する。
支給されないケースがある
キャリアアップ助成金は計画書を作成し、施策を実施しても助成金が支給されないケースがある。支給されないケースとして挙げられるのは、以下のとおりだ。
● 労働基準法に違反している事業主である
● 不正受給から5年以内に申請した
● 会計検査院への協力を拒否した
● 申請書や添付書類の疑義に対し適切な対応をとらなかった
● 検査自体を拒否した
出勤簿や賃金台帳といった雇用を証明する書類の不備がある場合も、助成金が支給されないため、上記のケースはもちろんのこと、書類の不備についても適切に対応する必要がある。
不正受給した場合は罰則をうける
助成金を不正受給した場合、罰則が科せられる。受給した助成金を全額返還することはもちろん、助成金支給日の翌日から返還日までの期間に対し、年3%の延滞金と返還額の20%の違約金も支払わなければならない。
申請代理人が不正に関与していた場合は、申請代理人も連帯責任となる。不正受給した場合のダメージは、助成金を5年間受け取れないだけではない。その事実が周囲に発覚すれば、企業イメージの悪化にもつながるだろう。
キャリアアップ助成金の活用事例
キャリアアップ助成金はさまざまな企業で活用されている。どの企業も、ほかの助成金も併用することにより、資金調達に成功しているようだ。ここでは、キャリアアップ助成金の活用事例について紹介する。
美容室の事例
従業員数8名の美容業を営む企業では、事業拡大に向け採用活動を進めていた。過去に助成金の利用を断念した経験があったものの、採用が続いたため、正社員化コースの利用を決めたのだ。
キャリアアップ助成金以外にも、雇用管理制度助成金や働き方改革推進支援助成金なども活用し、合計442万円を受給する結果となった。
建設会社の事例
従業員数15名の建設業を営む企業では、若い人材の確保に向け、採用活動を進めていたものの、コストがかかることが問題となっていた。利用できる助成金を調べていたところ、正社員化コースを申請できることがわかり、助成金を活用したのだ。
キャリアアップ助成金以外にも、雇用管理制度助成金や両立支援助成金なども活用し、合計361万円を受給する結果となった。
パーソナルジムの事例
従業員数2名のパーソナルジムを営む企業では、アルバイト2名とともにパーソナル事務を開業し、事業を軌道に乗せており、スタッフの正社員化を考えていた。資金調達の手段を調べていたところ、社員化コースの存在を知り、助成金を活用したのだ。
キャリアアップ助成金以外にも、人材確保等支援助成金や雇用管理制度助成金なども活用し、合計301万円を受給する結果となった。
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まとめ
キャリアアップ助成金とは、非正規雇用労働者のキャリアアップや待遇改善といった取り組みを支援する制度で、非正規雇用労働者を正社員化したり、処遇改善の取り組みを実施したりした企業が対象となる。
キャリアアップ助成金の目的は、非正規雇用労働者のキャリアアップだけではない。助成金制度の受給に向けて取り組むことにより、職場環境を改善し、非正規雇用労働者のモチベーションとエンゲージメントの向上も狙えるのだ。
キャリアアップ助成金は「正社員化支援」と「処遇改善支援」の2種類が存在し、さらにコース分けされているため、自社の施策に合わせた助成金を受給できる。ただし、書類の不備や違反があった場合は、助成金を受給できない。
不正受給した場合、罰則を受けるだけでなく、企業イメージの悪化につながる可能性もあるだろう。自社の状況に適したコースを選択することはもちろん、条件や必要な書類を理解したうえで、助成金の利用に取り組む必要がある。