「WILLER EXPRESS」でおなじみの高速バス事業を筆頭に、鉄道事業、オンデマンド交通サービス事業、旅をテーマとしたエンタメ事業、そしてASEANを中心としたグローバルビジネスなどを展開し、世の中の移動に新たな価値を創造し続けるWILLERグループ。
そんな同グループのマーケティング戦略を一手に担い、ITを積極活用したデジタルマーケティングを通じてグループの成長を支えるのがWILLER MARKETING株式会社だ。
「移動サービスを手掛けるグループのマーケティング会社」という立ち位置の会社だけに、そのマーケティングも、SNSやインフルエンサーを積極活用し、より多くの潜在ユーザーに効果的にアプローチしながら、新たな価値創造やマーケット創出をリードしていくような独自性と戦略性に富んだ方法を駆使していく。
そんな同社の代表である辻本宗男氏にWILLER MARKETINGのマーケット戦略について話を伺った。
インタビュイー:WILLER MARKETING株式会社 代表取締役社長 辻本 宗男氏
インタビュアー:東洋経済新報社 編集局次長 山田 俊浩氏
目次
高速バスの常識を覆す快適な移動体験を創造
山田:まずはWILLERグループにおける、WILLER MARKETINGの位置づけについて教えてください。
辻本:グループを統括するホールディングス会社としてWILLER株式会社があり、ここがグループ全体の事業戦略やR&Dなど舵取り役を担っています。
その直下にバス事業の「WILLER EXPRESS株式会社」、鉄道事業の「WILLER TRAINS株式会社」、AIオンデマンド交通サービス「mobi」を展開する「Community Mobility株式会社」、アクセスネットワークやパッケージ旅行、エンタメ事業などを担う「WILLER ACROSS株式会社」といった事業会社とともに、WILLERグループのマーケティング戦略を担う私たち「WILLER MARKETING株式会社」が存在し、主にこの5社で国内事業を展開しています。
一方、グローバル事業としては、ASEANのヘッドクオーターを担う「WILLERS」(シンガポール)を筆頭に、「NADI WILLER」(マレーシア)、「WILLER VIETNAM」(ベトナム)、「国光威楽仮期旅行社」(台湾)といった現地法人を展開し、ASEANを中心としたアジアマーケットへのビジネス展開を行っています。
その中で私たちWILLER MARKETINGは、国内・インバウンド旅行者向け予約サイト「WILLER TRAVEL」の運営を筆頭に、交通、観光事業者向けのDX推進および交通広告/観光プロモーションといったさまざまなサービスを展開し、WILLERグループのマーケティング戦略をリードしています。さらに、グループ外のお客様に向けたサービスも併せて展開し、独自の収益化を図っています。
山田:WILLER EXPRESSというと、全国を結ぶ豊富な路線網、快適なシート、充実した設備、スタイリッシュな車体デザイン、女性専用席など、従来の高速バス・夜行バスのイメージを大きく覆した革新的なサービスで知られる高速バス会社の代名詞的存在として人々に認知されていますが、そうしたイメージ戦略もWILLER MARKETINGの担当ですか。
辻本:WILLERグループのマーケティング戦略を担う存在として、WILLER MARKETINGはITを駆使した施策でそうしたイメージ戦略を縁の下の力持ちとして支えてきました。
山田:かつては「高速バス・夜行バスは安いけれども疲れる」といったネガティブなイメージが強かったですが、WILLER EXPRESSはそうしたイメージを完全に覆しましたね。
辻本:そうですね。WILLER EXPRESSでは、早くから高級感のあるシートや豊富なアメニティを備えた路線を積極的に導入してきました。例えば、寝顔が隠せるカノピー(フード)が付いた4列シートの「Relux(リラックス)」やほぼフルフラットになる3列シート「Reborn(リボーン)」など快適な移動・睡眠を追求したシートは、長距離移動でもゆったりとくつろぐことができますし、電源コンセントやスマホホルダーの設置、ブランケットの貸出やアイマスクなどのアメニティ提供など、細部まで行き届いたサービスは移動サービスの中でもトップクラスのレベルにあると自負しています。
こうした取り組みによって、単なる移動手段としての高速バスではなく、WILLER EXPRESSのバスは「移動時間そのものが快適でワクワク感に満ちた体験になる」という認識を抱かれるようになり、これまでの高速バスのイメージを大きく変えてきました。
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デジタルマーケティングを駆使し、アジア圏からの顧客獲得にも注力
山田:バス事業を主軸とする一方で鉄道事業も好調のようですね。
辻本:鉄道事業を担うWILLER TRAINSは、かつての北近畿タンゴ鉄道の運行部分を引き継ぎ、京都丹後鉄道として、予約制のレストラン列車「丹後くろまつ号」、天橋立を巡る事前予約制の展望列車「丹後あかまつ号」、同じく路線ですが、予約なしで乗車できる「丹後あおまつ号」の3種類の特別列車を運行しています。
いずれもお客様からご好評いただいているのですが、特に「丹後くろまつ号」は乗車率90%以上を維持するなど高い人気を誇っており、インバウンドのお客様も多数ご利用いただいています。
山田:高速バスも鉄道も旅に直結するツールですから、インバウンド戦略は極めて重要ですよね。
辻本:インバウンド戦略ですが、訪日観光客数でコロナ禍前の2019年比を超えており旅行市場復調のスピードも速いことから、デジタルマーケティングを強化し、日本旅行を検討する外国の方々へアピールを行っています。
特に力を入れているのがアジア圏の顧客獲得です。中国、台湾、香港、韓国からの観光客数が多いため、これらの地域向けの言語対応や決済手段の拡充を進めているのと同時に、中国本土からの観光客誘致にも本腰を入れて取り組んでいます。一例を挙げれば、各サービスにおける簡体字対応、WeChat PayやAliPayなど中国で利用率の高い決済サービスの導入などに加え、中国で2億人を超えるユーザー数を持ち、女性層から高い支持を受けるSNS「RED」(小紅書)や、中国最大のSNSアプリWeChatなどを通じて情報発信を行い、潜在顧客との接点拡大を図っています。
そうした取り組みにおける結果の一つとして、予約サイト「WILLER TRAVEL」において中国の方からの予約者数は1位となるなど、確かな成果を上げつつあります。
今後、円安やインバウンド受け入れ体制整備などを一因に日本を訪れる海外からのお客様はさらに増えることが予想されることから、私たちWILLER MARKETINGが中心となって、より積極的にインバウンド獲得に向けた施策を展開していくつもりです。
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寝て起きたら現地!独自価値に基づくサービスで注目度上昇
山田:WILLER EXPRESSのユーザー層は、どんな感じですか?
辻本:23歳以下が47%、24~30歳が22%と若い世代の方の利用率が高く、一方、31~40歳が11%、41~50歳が7%、51~60歳が2%とミドルやシニア世代の方の利用率は低い傾向にあります。男女比では女性69%、男性31%と、若干、女性のお客様が多い傾向となっています(2023年12月末時点)。
高速バス事業に参入した当初より他にないカラーリングや女性の方にも安心して利用いただけるデザインを意識し、機能面においても寝顔を見られないカノピー付きシート、個室感覚のMYカーテン付きシートやシェル型シート、女性同士の隣席を確約する女性専用席のサービスはじめ、女性が安心して利用できるサービスに尽くしてきました。
こうしたWILLERならではのきめ細やかなサービスや快適な移動空間づくりがもたらす安心感は、性別・年代問わず価値を感じていただける部分だと思っていますので、その価値をすべての世代にお届けするためにも、シニア層向けのプロモーションや10代のお客様が魅力を感じてくださるサービスなどの施策を推進していく必要があると思っています。
山田:利用ニーズとしては、やはり旅行が主体ですか。
辻本:旅行もさることながら、実は”推し活”でWILLER EXPRESSを利用される方も多かったりします(笑)。
特に、地方で開催されるライブやコンサートへの遠征利用が多く、著名なアーティストの先行抽選発表日には予約が一気に集中することもあります。これは一時的な需要ではなく、一年を通してのものであり、バスとホテルがセットになった推し活商品は、お陰さまで販売してすぐに完売になるほどの人気を博しています。
いまや親子で推し活することも当たり前になってきて、それにともなうマーケットも活性化しています。その中で高速バスは夜行便も多く、仕事や学校が終わったあとに車内で寝て朝イチで現地に到着できるので、並ばずに関連グッズをGetしたり、ゆとりをもって会場入りでき、さらに公演終了後に夜行便で帰ることができたりと、いくつもの独自価値を提供できる交通手段として、今後さらに注目されていくと思っています。
こうしたメリットは野球やサッカーをはじめとしたスポーツイベント観戦にも当てはめることができ、そちらのニーズ喚起を目的としたコンテンツ制作や情報発信に力を入れていくことも忘れてはならない取り組みです。
何よりも、寝て起きたら現地に到着しているので、遠方地のライブ・コンサートやスタジアムに行くことに対するハードルはかなり低くなりつつあるのではないでしょうか。
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インフルエンサーを効果的に活用した独自のマーケティング
山田:そんなWILLERグループのマーケティング戦略を担うWILLER MARKETINGですが、どのような点に強みがあるとお考えですか。
辻本:WILLERでは、女性のきめ細やかな気配りや発想を活かしたマーケティングに力を入れており、それを担うマーケティング担当社員も20代前半から30代の女性比率が高いことが特徴です。
この強みを活かし、女性社員が中心となってコンテンツ企画・制作やサービス開発を行うことで、20~30代という若い世代のお客様を最大ボリュームゾーンとして獲得することができ、WILLERならではのきめ細やかなサービスや安心・快適な移動空間づくりをより高いレベルで実現していくための基盤にもつながっているのを感じています。
そうした若い世代ならではの感性や価値観をフルに発揮し、新たな価値創造へとつなげてもらいたい、という想いから、私たちのよう役職はあまり口出しをせず(笑)、あくまでも全体的な方向性の調整程度に干渉の範囲をとどめ、若手たちが大きな裁量をもって伸び伸びと仕事に取り組めるような環境づくりを心がけています。
山田:なるほど。若手社員の方々も高いモチベーションで仕事ができるでしょうね。
辻本:私たちとしても、できるだけ若手の感性や価値観を武器にしたいと考えているので、新卒入社の社員の場合、入社2~3年という早い段階から第一線の仕事を積極的に任せるようにしています。そうした社風により、若手たちが積極的に仕事に取り組み、斬新な方法によるマーケティングをもたらせてくれるようになりました。
山田:たとえばどんなマーケティングですか?
辻本:私たち若手マーケターが手がけた最近の施策ですと、「学生アンバサダー」というかたちで、発信力のある学生の方々を募集の上、WILLER EXPRESSの乗車をはじめ旅や移動に関わる商品・サービスを利用してもらい、その体験談をSNSで発信・拡散していただいたり、若い世代の方々に座談会やアンケートを通じてサービス企画や改善のアイデアをいただくなど、若い世代の目線を取り入れた情報発信やサービス開発を行いました。
辻本:特に10代~20代など若い世代のお客様をさらに拡大していく上では、ターゲットとする世代の人々と同じ感覚や価値観を共有する若手を信頼して仕事を任せるようにしています。
山田:若い世代のインフルエンサーを積極的に活用したマーケティングですね。
辻本:先日は、ある旅行系インフルエンサーの方に、シェル型シートと大型カノピーで個室感を実現した最新3列シート「DOME(ドーム)」に乗車していただき、ショート動画を作ってもらったのですが、それが400万回以上も再生されるなど、こちらの予想を超えるバズり方をしました。そうしたインフルエンサーの拡散力を活かしたマーケティングをさらに強化するため、遅ればせながら従来のSNSに加え、若者を中心に圧倒的な拡散力を誇るTikTokの活用も進めています。
山田:若い世代ならではの感性と価値感をもってSNSを活用していけることは非常に大きな武器だと言えそうですね。
辻本:そうですね。これとは別にZ世代へのアプローチ強化と売り上げ向上を目指し、より効果的なSNS活用を行うための取り組みとして、Instagramなどの運用代行サービスを導入するなど、より高度な知見を取り入れることも大切にしています。フォロワー数増加やSNS経由での売り上げにも効果が現れ、あらためてマーケティングツールとしてのSNSの重要性を再認識させられることとなりました。
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WILLER MARKETINGはIT会社
山田:WILLER MARKETINGのメンバーはやはりマーケターが中心なのですか?
辻本:これまでお話しさせていただいた通り、当社はデジタルマーケティングを得意とする会社ですが、実はITエンジニアの割合も多いことから、予約サイト「WILLER TRAVEL」をはじめとしたポータルサイトのIT基盤整備や構築、効果的なマーケティングを実施していく上でのしくみづくりなどに関しても自社で行える点も強みの一つです。
WILLER MARKETINGは、「あらゆるノウハウを社内に残し、ブラックボックス化させない」というポリシーを掲げていますが、このポリシーに基づき、ITエンジニアリングも内製化することで、ノウハウの社内蓄積やデジタルアセットの社内管理が可能になり、新たな成長材料を生み出しやすい土壌が生まれているのを感じています。
山田:WILLERというと、どうしても旅行業のイメージが先行しますが、それを支えるWILLER MARKETINGは、どちらかといえばIT企業の色合いが強いんですね。
辻本:その通りです。ITエンジニアがしくみづくりやWILLERグループのデジタルアセットを支えてくれるおかげで、マーケターは、「集客のためのマーケティング」という本来のミッションに注力できるようになる。その役割は想像以上に大きいと思っています。
山田:マーケターとエンジニアの比率は?
辻本:カスタマーマーケティングとエンジニアの比率は4:6で実はエンジニアの方が多いんですよ。中途採用の人材もIT企業の出身者が多いですし、私自身ももともとは旅行に関するオンライン予約を行うIT系企業にいた人間です。そんな強力なエンジニアリング力と、豊富なノウハウや若い世代の感性や価値観を取り入れたマーケティング力を武器に、「移動に新たな価値を創造し、すべての人が世界中を自由に移動できる社会を目指す」というWILLERグループのミッションを実現していきたいですね。
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