マーケティングではしばしば心理学の「マズローの法則」というものが応用されます。アメリカの心理学者アブラハム・ハロルド・マズローが提唱した理論で、人間がもつ心の中の内的な欲求を分析し段階で分類したもので「欲求5段階説」とも呼ばれています。
今回は、マズローの法則を構成する5つの欲求の階層について解説し、マーケティングに落とし込むためのポイントをご紹介します。
目次
マズローの法則(5段階の欲求)とは?
私たち人間の心の中には実に様々な欲求があります。どのような人でも「~がしたい」「~がほしい」という内的な願望が失われることはありません。この欲求を下表のようなピラミッド型に5つの段階に分類したものがマズローの法則です。
生理的欲求が満たされれば安全欲求を満たしたくなる、安全欲求が満たされれば社会的欲求を満たしたくなるというように、図のようなピラミッドの上に登っていくようなイメージで段階的に人の欲求が生まれまるという説です。
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マズロー5段階欲求のそれぞれの意味
それでは、マズローの法則で定義づけられた5つの欲求とは一体どのようなものなのか、それぞれ見ていきましょう。
1. 生理的欲求
2. 安全の欲求
3. 社会的欲求
4. 承認欲求
5. 自己実現の欲求
1.生理的欲求
ピラミッドの最下層に位置します。生命を維持するために必要な、人間あるいは生物として求めるレベルの本能的な欲求です。
具体的には三大欲求(食欲、睡眠欲、性欲)や排泄、呼吸に関わることなどがこれにあたります。「お腹が空いた」「眠い」と思うのは、生理的欲求が働いているからなのです。
2.安全の欲求
人は生理的欲求が満たされたら、「食べ物を確保できる状態を維持したい」「安心して寝られる場所がほしい」と思うもの。「安全の欲求」とは、身体的安全、経済的安定、健康など、身の回りの安全を確保したいという欲求です。
3.社会的欲求
「愛の欲求」とも呼ばれます。家族や組織など、何らかの社会的集団に所属して精神的に満たされた状態になりたいという欲求です。「寂しい」「誰かと話したい」という気持ちや、友人を求める、結婚をするという行為は、この社会的欲求にもとづいています。
4.承認欲求
社会的集団に所属し、なおかつ他者から自分の存在を認められたい、他人に受け入れられたい、尊重・尊敬されたいと思う外的な欲求です。「凄いと思われたい」「褒められたい」「自分の仕事を評価してほしい」という感情は、この承認欲求が根底にあります。
5.自己実現の欲求
ピラミッドの最頂点に位置する欲求です。人間は以上のような欲求が満たされたとしてもさらに理想を追求し続けます。「もっと成長したい」「もっと多くの人から認めたい」「もっと自分らしく生きていきたい」と思うのは、自己実現の欲求が生じているからです。
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マズロー自身も晩年に気づいた6段階目の「自己超越欲求」
マズローは後に以上の5つの段階に、もうひとつ上の高次元の段階を付け加えました。それが「自己超越の欲求」です。
人間はすべての欲求が満たされると、自分自身の欲求を満たすだけではなく、「世の中を良くしたい」「世界を変えたい」といった、社会全体の欲求を満たしたいと考えるようになります。
事業に成功した経営者が社会貢献活動に力を入れるようになったり、富と名声を手に入れたセレブが寄付したり、人気が高いタレントが政治家に立候補したりするのは、この自己超越の欲求が働いているからと考えられるのです。
「自己超越¬¬=Self-transcendence」は自己を超越している状態のことで、自我意識はなく自分がすべきことのみに集中している心理状態を指します。
また己にとらわれずに行動する生き方を志向している状態でもあると言えます。つまり自分の起こした行動に対して、周囲からの見返りを求めず、本人はただ目的や任務達成のためだけに集中して行動を起こします。
こういった他人や社会、世の中など、自分の外側に存在しているものに対して貢献したい欲求のことを「自己超越欲求」と呼びます。
マズローの法則では欲求はピラミッドを登るように満たしていく
マズローの法則では、生理的欲求を満たしたら安全の欲求を、安全の欲求を満たしたら社会的欲求をというように、人間はピラミッドを登るようにして段階的に欲求を満たしていくとされている説であることは前述のとおりです。
たとえば、飢えで苦しんでいる状況に置かれていて生理的欲求が満たされていない人がピラミッドを飛び越えて「結婚したい」という社会的欲求や「自分のスキルを磨きたい」という自己実現欲求をもつということは考えにくいのです。
まずは飢えをしのいで、食料が安定して確保できる環境を整えてから、はじめて友人や家族をつくる、自分が成長することを考えます。
日本のことわざに「衣食足りて礼節を知る」というものがありますが、これを体現したのがマズローの法則といえるでしょう。
マズローの欲求段階説とマクレガーのX理論Y理論
米国の経営学者であり心理学者でもあるダグラス・マクレガーは、マズローの欲求段階説をもとにした人間観及び動機づけに関する2つの対立的な「X理論」と「Y理論」について構築し、1950年代後半に提唱しています。
● 「X理論」とは
● 「Y理論」とは
「X理論」とは
「X理論」はマズローの欲求段階説をもとにしながら構築した理論で「人間は生来怠け者であり、命令や強制されなければ仕事をしない」と導き出された理論のことです。
生理的欲求や安全の欲求である「低次欲求」が、自分の中に比較的多くの割合を占める人間の行動モデルです。
命令や強制することで管理し目標達成ができなかった場合は処罰するという強硬なマネジメント手法が有効とされます。
「Y理論」とは
一方「Y理論」は同じくマズローの欲求段階説をもとにしながら構築した理論で「仕事をするのは本来の人間の姿であり、条件や待遇によって積極的に仕事に取り組み、自ら進んで責任を受け入れる」と導き出された理論のことです。
社会的欲求や承認欲求、自己実現欲求である「高次欲求」が、自分の中に比較的多くの割合を占める人間の行動モデルです。
やりがいのある仕事や大きな目標、そして重大な責任を与え続けることによって向上していく「機会やチャンスを与える」マネジメント手法が有効とされます。
ドラッカーとマズローの関係性
同時代を生きた経営学者でマネジメントの父とも呼ばれるドラッカーはマズローに批判され、著書『マネジメント』に「マズローの批判」という項目を設けて反論します。しかし、マズローの著書『完全なる経営』を絶賛するなど、お互い切磋琢磨する仲でもありました。こちらではそのようなドラッカーとマズローの気になる関係性を解説します。
● マズローがドラッカーを批判
● ドラッカーがマズローを批判
● ドラッカーがマズローの批判を取り上げる
マズローがドラッカーを批判
マズローとドラッカーは切磋琢磨する仲であったにも関わらず、マズローはドラッカーを批判することも度々ありました。マネジメントの生みの親といわれるドラッカーが、マズローに批判されたことは非常に有名です。
マズローが行った批判は、ドラッカーの管理原則が機能するのは「人間の発展階層の頂点にいる人間に対してだけである」として、限定された人間にしか機能しないことを示し、批判したのです。
つまり「全ての人間に通用するものではなく、人間を選抜する必要がある」としています。こういった背景があるにも関わらずドラッカーはそれを認識していないとして批判していたのです。
ドラッカーがマズローを批判
ドラッカーが自身著書の『マネジメント』第19章に「マズローの批判」という項目を設けて反論したことは有名ですが、その前にドラッカーはマズローに対して別の批判も行っています。
それが第16章「仕事,働くこと,労働者について知っていること(そして知らないこと)」の項目で示されています。
ドラッカーは以前より「働くことには5つの次元(生理的、心理的、社会的、経済的、権力的)が存在し、それらは全体性が強調され、そのうちの一つが唯一の次元」と提唱していました。これに対しマズローは、そうではなく人間の欲求は階層を形成していることを示しました。
そしてこの階層の形成を示したことに対してドラッカーは、「このような並べ方自体が重要なのではない」として「マズローが理解していないのは、充足されることで欲求は変化することだ」として批判したのです。
ドラッカーがマズローの批判を取り上げる
上述の応酬の後『マネジメント』の第19章「労働者と働くこと:理論と現実」の項目において、「マズローの批判(Maslow’s criticism)」という一節を設けてマズローに批判されたことを取り上げ、マズローの自身に対する批判を受け入れています。
マズローの批判内容はまず、ドラッカーを「残酷だ」とした上で、X理論、Y理論の観点から「ドラッカーの提唱している理論は寛大なものではない」としています。
これに対しドラッカーは、マズローの批判を理解し「確かに私の提唱している理論をX理論で説明するとうまくいかない」とドラッカー自身がこれを認めています。その上でさらに「管理者においてはY理論のように仮定できない側面がある」として反論しています。
このように、ドラッカーとマズローは度々相手の研究結果に対して応酬を繰り広げ、お互いに刺激を与え合った盟友として、経営学の世界では今でもその関係性が取り沙汰されているのです。
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マズローの名言・格言集
マズローは数々の名言や格言を残しています。そのうちのいくつかをご紹介します。
自分の持っている道具がカナヅチしかないと、すべての問題がクギに見えてしまうものである。 |
To the man who only has a hammer, everything he encounters begins to look like a nail. |
自分の中の引き出しが少なく視野が狭いと、それなりの回答しか見出だせないということの例えでしょう。道具を多く持つことで解決策や打開策もさまざまな角度から検討できるようになります。 |
人を変えたいならその人の意識を変える必要がある。 |
What is necessary to change a person is to change his awareness of himself. |
圧力でもかけない限り、人は他人を変えることはできません。人を変えたいのであれば自分が変わり、その人の意識を変える必要があります。 |
一流のスープは二流の絵よりも創造的だ。 |
A first-rate soup is more creative than a second-rate painting. |
その道を極めているプロの人たちは、ジャンルが違っても素人たちのそれよりも全然魅力があると言う意味の例えでしょう。広く浅くそこそこ何でもこなせる人よりも、専門性のある人が強いといえます。 |
あなたの唯一のライバルは自身の可能性である。あなたの唯一の失敗は自身の可能性に生きないことである。 |
One’s only rival is one’s own potentialities. One’s only failure is failing to live up to one’s own possibilities. |
必要なのはやる気と行動であり、行動しないことが唯一人生における失敗である、という意味の例えでしょう。やはり何でもやってみなければ分からないということです。 |
完全な人間になることは難しく、そして恐ろしいことだ。完全というのは人間として問題でもある。 |
Being a full human being is difficult, frightening, and problematical. |
人間は欠点を克服することが難しく、また欠点があってこそ人間味がある、という意味合いでしょう。AIやロボットのように欠点が無い完全無欠な人間は、他人対してどのようなことを求めるかを想像させる名言といえます。 |
自社の商品やサービスをマズローの法則に当てはめてマーケティング戦略を練る
マズローの法則に自社の商品やサービスを当てはめて考えてみることで、より効果的なマーケティング戦略を練ることができます。
同じ商品・サービスでも、「どの欲求を満たすものか?」「どの欲求をもっている人が顧客層になるか?」は会社によって異なります。
たとえば、住宅という商品を扱っている会社でも、価格の安さを売りにしたハウスメーカーや工務店、あるいは即入居を打ち出している不動産仲介業者などは「すぐにでも住みたい」「お金を掛けず住まいがほしい」という生理的欲求や安全欲求を満たしたい人がターゲットになるでしょう。
一方で、デザイン重視の家を売りにしている会社は「家で個性をアピールしたい」「自慢できる家がほしい」という承認欲求がある人がターゲットになり得ます。
就職や転職サービスもわかりやすいです。
たとえば、日払いのアルバイトを募集するなら、職を失ってその日の生活に困っている生理的欲求がある人がターゲットとなるでしょう。
ヘッドハンティングなら「スキルや能力を身につけたい」「今よりもやりがいがある仕事をしたい」という自己実現欲がある人がターゲットになります。
住宅と就職・転職サービスを実例として、欲求の段階別にどんな訴求ができるかを表にまとめました。
欲求の段階 | 住宅 | 就職・転職サービス |
自己実現欲求 | 自己設計・自由設計 など | スキルが身につく・やりがいがある仕事 など |
承認欲求 | デザイン性が高い家・自慢の一軒 など | 幹部候補募集・実力主義 など |
社会的欲求 | 家族と過ごす家・ホームパーティーが開ける家 など | アットホームな職場・楽しく仕事ができる など |
安全の欲求 | 高い耐震性・快適な空間 など | 安定収入・長期可能 など |
生理的欲求 | ローコスト・即入居 など | 日払い可・未経験者歓迎 など |
たとえば、職を失って今日の生活に困っている生理的欲求が生じている人に「楽しく仕事ができます」「スキルが身につく仕事です」というメニューの情報を与えても心に響かないでしょう。その人は生活するためにすぐに働けて、お金がもらえる仕事を検索しているからです。
一方、自己実現欲が高い人に「日払い可」「安定収入」というメニューの情報を与えても心に響きません。その人はその日の生活費や安定した収入よりも、スキルややりがいを求めて仕事を検索しているからです。
まとめ
マーケティングの分野では、心理学の「マズローの法則」という理論が頻繁に取り上げられます。この法則は、人間の内的な欲求を「欲求5段階説」として分類しています。具体的には、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の5つの段階があり、これらの欲求はピラミッドの形になっています。人は一つの欲求が満たされると、次の段階の欲求を満たそうとするとされています。
例えば、住宅や就職・転職サービスのような商品やサービスを提供する企業は、マズローの法則を利用して、どの欲求をターゲットとするかを明確にすることができます。同じ商品やサービスでも、どの欲求を満たすのかは、会社の特色やターゲットとする顧客層によって異なります。この法則を理解し、自社の商品やサービスを適切に位置づけることで、効果的なマーケティング戦略を練ることができるのです。
マズローの法則は、人間の欲求を理解し、それをビジネスやマーケティングに活用するための重要なツールとなっています。この法則を適切に利用することで、企業は顧客の真のニーズを捉え、効果的なマーケティング戦略を展開することができます。特に、自社の商品やサービスがどの欲求を満たすのかを明確にすることは、ターゲットとなる顧客層を正確に捉える鍵となります。