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第3回 バリュー・チェーンの視点から見る、マーケティング・マネジメントの実際 花王・廣澤連載

2024.4.5
読了まで約 11

前々回の記事(第1回 マーケティングって何だろう?~レベルの異なるマーケティングの区分と解釈~)では、マーケティングを経営視点で捉えるマネジリアル・マーケティングの概念について、前回の記事(第2回 経営戦略とマーケティング戦略って何が違うの?〜良い戦略の要諦とは〜)では、経営戦略の定義や分類、マーケティング戦略との関係性やそれぞれの位置付けについて確認しました。

今回は、経営志向のマーケティング(=マネジリアル・マーケティング)や経営戦略という階層や概念的な議論から、もう一歩、実践的な議論に近づき、実務としてのマーケティング・マネジメントについて確認していきましょう。

実務としてのマーケティング・マネジメントにおける重要な概念

前々回前回の記事で、マーケティングの3つの階層について説明し、マーケティング・マネジメントの学術的な定義についても確認しました。今回は、事業戦略や競争戦略の領域を司り、各事業活動の基盤となるマーケティング・マネジメントが対象としている領域やそれに紐づく具体的な各種の活動について、製造業をモデルに考えていきます。

前回の記事でも言及している通り、筆者は“マーケティングとは何か?“という問いに対して「(実務としての)マーケティングとは、買われるための仕組みを構築し、運用し、改善していくこと」とお答えしています。その根底には、マーケティング・マネジメント(あるいはブランド・マネジメント)の業務というのは、詰まるところ、個別の事業あるいはブランドにおけるバリュー・チェーンの管理と運営(+改善)である、という考えが筆者の根底にあるためです。

しかし実際のところ、大学や社会人セミナーなどのマーケティングに関する講義や、マーケティングの研修などで最初に教わるのは、バリュー・チェーンなどの事業の仕組みに関わる議論ではなく、4PsやSTPといったフレームワーク、市場の切り取り方やポジショニングなどに関する議論ではないでしょうか。4PsやSTPも重要な考え方であることには変わりありませんが、本記事では、事業全体の流れを理解することに焦点を当て、マーケティング・マネジメントをバリュー・チェーンという視点から考察してみましょう。

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フレームワークとは?思考を整理しビジネスを進めていくための枠組みを活用シーン別に解説

Porterの競争戦略

この節では、Michael Porterの競争戦略の基本理論を確認した上で、バリュー・チェーンとは何かについて説明します。Porterの理論の中で最も有名なのは、1980年に発表した『競争戦略(Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors)』で提示した、三つの基本戦略(差別化戦略、コストリーダーシップ戦略、集中戦略)や、五つの競争要因(5Forces)といったフレームワークです。多くのビジネスパーソンはこれらの図を一度は目にしたことがあるのではないでしょうか【図1; 図2】。

画像:五つの競争要因

【図1】「五つの競争要因」 , Porter(1980)より引用.

画像:三つの基本戦略

【図2】「三つの基本戦略」 , Porter(1980)より引用.

Porterは『競争戦略』の中で、膨大な業界・企業分析に裏打ちされた実証研究から三つの基本戦略や五つの競争要因といったフレームワークを導き出し、その業績は「ポジショニング・ビュー(Mintzberg式に言えば、ポジショニング・スクール)」という競争戦略論の基盤を確立しました。

このような学術的に偉大なる貢献を果たすと同時に、三つの基本戦略や五つの競争要因といったフレームワークは、そのシンプルさゆえにこれらの図の言わんとすることが“なんとなくわかった気になる”ため、経営や戦略の実践の書としても世界中のビジネスパーソンを魅了し、今でも戦略論の基本として多くのビジネスパーソンに学ばれています。

“わかった気になる”とあえて皮肉的に表現しているのは、多くのビジネスパーソンはこの図を見たことがあるだけで、その背景にある論理を学んだことがなく、三つの基本戦略や5Forcesが一体何を説明するためのフレームワークなのか理解していないケースが多いためです。

例えば、唐突に何も知らない学生から「競争戦略とそのフレームワークについて教えてください」と聞かれたら、どのように回答するでしょうか。おそらく、一般的な回答は以下のようなものになると思われます。

「企業が取るべき行動は、コスト削減を実現してより安価な製品を提供するか、差別化によって他社より優れた製品やサービスを提供する、もしくは、選択と集中によってよりシャープな事業ドメインの中で高いシェアの獲得を実現する、この3つのいずれかしかない。その選択を行うには、買い手や売り手などのステークホルダーとの関係性や、代替品や新規参入といった競合の動きをきちんと理解しなければならない。」

上記のような回答は決して間違っているわけではありませんが、これは単に図に書いてあることをそのまま読み上げただけにすぎず、「説明」にはなっていません。次項では、競争戦略とその代表的なフレームワークについて、改めて基本から確認してみましょう。

Porterの競争戦略の定義と5Forces分析

そもそも、競争戦略とは何でしょうか?Porter(1985)は、「競争戦略とは、競争の発生する基本的な場所である業界において、有利な競争的地位を探すことである。したがって、競争戦略の狙いは、業界の競争状況を左右するいくつかの要因を上手くかいくぐって、収益をもたらす確固とした地位を樹立することに他ならない。」と示しています。

また、Porterは有利な競争的地位を探すにあたり、重要なこととして、①業界そのものが長期にわたって収益性をもたらすかどうかと、②業界の中で企業の競争的地位が他社より強いか弱いかを決める要因は何か、の二つであると指摘しています。

このように、魅力的な業界をどのように選択し、かつ、その業界の中でどのように他社よりも優位な地位を築くことができるかがPorterの主たる問題意識であり、これがPorterの競争戦略論が「ポジショニング・ビュー(=ポジショニング・スクール)」と呼ばれる所以です。

この業界の魅力度、言い換えるならば、業界そのものの利益率について、影響を与えうる要因をまとめたのが「五つの競争要因」(=5Forces)です。また、これらの要因がどのように相互作用し、変化しているのかを理解した上で、競争優位を勝ち取るためにとられる戦略が図2で示した「三つの基本戦略」です。

 

五つの競争要因は、「5Forces分析」などと呼ばれ日本のビジネスシーンでも広く親しまれていますが、多くの書籍や研修では、図1の原型図だけを説明し、5Forcesというフレームワークを用いていったい何を分析すれば良いのか、という肝心の部分が抜けてしまっていることが大半です。実際のPorter(1980; 1985)の説明では、五つの競争要因をさらにブレイクダウンし、五つの競争要因を構成する要素の中から、何が利益率に影響を及ぼすのかを特定すべきだと主張しています【図3】。

画像:業界構造の要素

【図3】「業界構造の要素」 Porter(1985)より引用.

上図のように、五つの競争要因の中でも利益率に影響を与えうる要素は競争要因ごとに多岐にわたっており、所属する業界によって、それぞれの要素の重要度も変化します。そのため、上記の構成要素から、自社の属する業界において利益率に影響度の大きい要素を特定する必要があります。その上で、それぞれの要素について、他社と比較して自社が相対的に優れているのか、もしくは劣っているのかを分析し、自社にとっての脅威と機会を特定することが本来の5Forces分析の使い方となります。

なお、近年では業界の利益率を決定づける諸要因は五つではなく、補完財を含めた六つであるとして6Forcesモデルという考え方も登場しています。6Forcesモデルと利益率の関係と一覧については、『わかりやすいマーケティング戦略 [第3版]』(沼上幹, 2023)に詳述されています。現代における6Forcesの実践的な使い方を詳しく知りたい方は沼上(2023)の書籍を参照されることを強くお勧めします。

Porterの競争戦略における三つの基本戦略とは?

前回の記事で、Richard Rumeltにならい、戦略の本質は問題の認識、明確な方針、実行力の3つに集約されると書きました。5Forces分析は業界構造という環境の理解と問題(あるいは競争優位獲得のための機会)を認識するためのフレームワークであり、三つの基本戦略はそれを受けての方針の策定のためのフレームワークにあたると言えます。

三つの基本戦略については、各名称が何をすべきかを端的に表しているため、ビジネスパーソンにとっては特に直感的に理解しやすいでしょう。しかし、単に差別化をしよう!コスト追及を目指そう!と言っても、それを実現するために企業が取るべき行動の選択肢は非常に多岐にわたります。これについて、以下の表1はPorter(1980; 1985)を基に作成した各戦略の実行にあたって必要となる資源や組織能力、また、各戦略を選択した際のリスクをまとめています。

画像:基本戦略の要件

【表1】「基本戦略の要件」, Porter(1980; 1985)を基に筆者作成

以上のように、コスト追及や差別化、集中戦略の三つでは、必要となる資源や組織能力が異なります。重要な点は、各戦略を実行するにあたり、自社でどのような資源や組織能力を獲得・蓄積するべきかを定めることとなります。しかし、上記の表は各戦略を実行するための要点チェックリストにはなっているかもしれませんが、実際、この表を見ただけでそれぞれの戦略を実行に落とせるビジネスパーソンはほとんどいないでしょう。

資源や組織能力は、企業それぞれが持つ文化や仕組みによっても違いが生じるため、業界の構造だけでなく、自社の構造を理解しないことには戦略を実行に移すことはできません。では、実行力を高めるにはどうすれば良いのでしょうか。この基本戦略を実行に移すための橋渡しとなるフレームワークこそがバリュー・チェーンなのです。次項はこれを踏まえて、バリュー・チェーンとは何かについて説明します。

関連リンク
ポーターの3つの基本戦略とは?定義やメリット・デメリット、活用方法について解説
コストリーダーシップ戦略とは?意味や企業の成功事例などを解説

バリュー・チェーン(価値連鎖)とは何か?

バリュー・チェーンは、Porterが1985年に発表した『競争優位の戦略(COMPETITIVE ADVANTAGE: Creating and Sustaining Superior Performance)』という書籍で提唱された概念です。『競争優位の戦略』は前項までに触れてきた『競争戦略』の姉妹本であり、『競争戦略』が業界や産業の構造を分析することに焦点を当てていたのに対して、『競争優位の戦略』では企業に焦点を当て、企業の仕組みを競争優位の土台となる基本活動に分解して理解を促すフレームワークを提示しています。

すなわち、『競争戦略』で提示された理論は業界の構造や環境の理解を促すためのフレームワークと戦略的な方針の型であり、『競争優位の戦略』で提示されている理論が、それらの戦略を実践する方法を策定するフレームワークであると言えます。

図4のバリュー・チェーンの基本形も、多くのビジネスパーソンが一度は目にしたことがあるものでしょう。しかし、このバリュー・チェーンについても、多くの書籍や研修ではこの基本形の図を紹介するにとどまり、実際にバリュー・チェーンという概念を用いて、何をどのように分析することができるのかについては深く言及されないケースが多々あります。

画像:価値連鎖の基本形

【図4】「価値連鎖の基本形」, Porter(1985)より引用.

Porter(1985)によれば、競争優位の源泉を分析するには、企業が行う各種の活動とその相互関係を体系的に検討する必要があります。上図の通り、バリュー・チェーンは企業の活動を戦略的に重要な活動に分解し、競争優位を実現するための、コスト優位性や差別化の源泉を理解するためのフレームワークです。なお、バリュー・チェーンを構築する最適なレベルは特定の事業(ビジネスユニット)における企業の活動であり、バリュー・チェーンが広すぎると、競争優位の源泉が見えにくくなってしま場合があります(Barnes, 2001)。

バリュー・チェーンは、図4の通り九つの基本的活動から構成されており、これらの活動は、購買から製造、物流、マーケティング&セールス(※ここでのマーケティングは狭義のマーケティング・オペレーションズとしてのマーケティングを指す)、アフターサービスなど、付加価値を高め競争優位創出に直結する事業の主活動と、これら主活動のいずれかに影響を与え効率的な事業運営を実現するための支援活動(企業基盤の管理や人材管理など)に区分されます。

Porter(1985)は、バリュー・チェーンは価値の全てを表すものであり、価値をつくる活動と最終的に得られる利益(マージン)から成ると指摘しています。また、Porterの指す価値とは、買い手が会社の提供するものに進んで払ってくれるカネを指し、総収入額で測られます。他社よりも優れた価値というのは、同等の便益を他社よりも安い価格で提供するか、あるいは、他社より高い価格だったとしてもそれを相殺して余りあるほど特異な便益を提供するかの二つしかありません。企業は、この価値からコストを引いた差分を収益として獲得することができるわけです。

企業の差別化やコスト優位性の源泉を特定するには、所属する業界の中で特に重要となるバリュー・チェーンの構成要素を定める必要があります。そのため、バリュー・チェーンの分析は、5Forcesによって業界の一般的な構造を把握した上で、自社が有するバリュー・チェーンが業界一般の構造とどのように異なっているのか、特異点や独自性はバリュー・チェーンのどの要素なのかを理解することから始まります。

以下の図5は、筆者の所属する花王のような消費財メーカーを想定して、バリュー・チェーンの中の商品開発と販売&マーケティング(※マーケティング・オペレーションズとしての狭義のマーケティング)の二つについて、簡易的な要素分解を行ったものです。

画像:バリュー・チェーンの構成要素の細分化

【図5】「バリュー・チェーンの構成要素の細分化」, 筆者作成.

このように、バリュー・チェーンの分析では、そこに内包される個別の業務まで細分化して考える必要があります(※この図5が消費財メーカーのすべてに当てはまるとは限りません)。バリュー・チェーンを細分化できたら、その中でも、①差別化を実現した場合に影響力の大きい活動、②全体の活動の中でもコスト割合として高い活動、③一般的な経済法則と異なっている独自/特異な活動、の三つを洗い出します。

最終的に、この三つの活動について、個々に活動内容を改善するだけでなく、各活動の連鎖による影響を考慮しながら、得られる利益を最大化できるように調整と最適化を繰り返していくのです。

バリュー・チェーン(価値連鎖)を用いたコスト優位性の源泉の分析

バリュー・チェーンの分析は、前項のように単に業務を個別に細分化しただけでは完結しません。バリュー・チェーンを競争優位に寄与しうる業務レベルまで細分化した上で、各活動のコスト性や差別性について検討する必要があります。

ここでは、Porter(1985)にのっとり、バリュー・チェーン分析におけるコスト優位の源泉の分析手順について、大まかな流れを確認します。コスト優位性の源泉の分析について記述すると内容が非常に長大になってしまうため、詳細を知りたい方はPorter(1985), pp. 88-148をご参照ください。

まず、コスト優位性に関する分析の第一段階は、業務レベルまで分解したバリュー・チェーンの各種活動を、さらに、①運用コスト(設備資材と人事コスト)、②資産(流動資産と固定資産)、の二つに分解し、それぞれのコスト割合を算出することから始まります。これによって、バリュー・チェーンのどこでコスト効率を改善できるかが理解できるようになります。

次に、各コストに影響を与えうる構造的要因(=コスト推進要因)を洗い出し、それぞれの相互作用の状況と影響度について分析を行います。自社のコスト割合とコスト推進要因が把握できたら、最後に、競合についても可能な限り同様の分析を行い、競合のバリュー・チェーンとそのコスト構造を把握します。その上で、自社のコスト構造と比較し、自社のバリュー・チェーンが有する独自性や特異性を棄損しない範囲で、競争相手のコスト総計よりも自社のコスト総計を低くするためのバリュー・チェーンの再編成を行います。

一般的に、多くの企業が部門別、業務別のコスト削減活動に積極的に取り組んでいるため、上記のような流れに違和感を持つ方は少ないでしょう。しかし、企業という大きな組織の中で、一人の従業員として取り組むコスト削減活動はどうしても近視眼的になりがちです。

一方、バリュー・チェーンに基づいたコスト分析は企業全体の活動の流れを意識することができます。バリュー・チェーンの再編といった意思決定は現場担当者がレベルで判断できるものではないかもしれませんが、実務としてのマーケティング・マネジメントを担う方々は、こうしたバリュー・チェーン全体と個別の業務レベルの双方でコストの構造と影響を理解することが求められるでしょう。

バリュー・チェーン(価値連鎖)を用いた差別化の源泉の分析

前項ではコスト優位性の大まかな流れを確認したので、本項では差別化の源泉の分析について確認します。Porter(1985)における差別化とは、買い手にとって価値のある何かについて、企業が特異性を持てている状況を指し、バリュー・チェーンにおける代表的な差別化の源泉について、図6のようにリストアップしています。

画像:バリュー・チェーンにおける代表的な差別化の源泉

【図6】「バリュー・チェーンにおける代表的な差別化の源泉」, Porter(1985)を一部変更.

Porterの示した図6は、1985年の時代背景を基にしていることから、必ずしも現代のビジネスの全てに当てはまるわけではないかもしれませんが、このような分析の視点は現代のビジネスを捉える上でも重要なヒントとなります。

例えば、筆者が所属する花王のような日用品業界について考えてみましょう。日用品メーカーの場合、質の高い製品を適正な価格でお客様に届けるため、基本的にバリュー・チェーンの主活動に当たる部分の大半を垂直統合によって内製化し、研究や製品開発の工夫による差別化と、生産から物流までの効率的な運用への努力はどの企業も取り組んでいます。

それにもかかわらず、花王はファブリックケアやホームケア、スキンケアやヘアケア、化粧品など多角的に事業を展開しながら様々なカテゴリーで上位のポジションを獲得しています。花王のバリュー・チェーンの独自性はどこにあるのでしょうか。

図5の差別化の源泉にならうならば、花王のバリュー・チェーンの独自性はケミカル事業を有することによる化学品や原材料への高い理解とマネジメントや、一次卸売業に当たる販売会社(花王カスタマーマーケティング株式会社)をグループに持ち、小売業などのステークホルダーと強い結びつきを有する点などが挙げられます(※花王の販売統合の歴史については第一回の記事を参照)。無論、花王のバリュー・チェーンの独自性はこの二つだけに限りませんが、ここでは花王がなぜ強い仕組みを持っているかという事例の詳細は重要ではありませんので細かい点は割愛します。

関連リンク:バリューチェーンとは?マイケル・ポーターが提唱した概念と分析方法をわかりやすく

バリュー・チェーン(価値連鎖)の視点からとらえるマーケティング・マネジメント

以上のように、業界一般の構造に比べて、自社のバリュー・チェーンの特殊性はどこにあり、その結果、コスト優位性や差別性をどのように構築できるのか、それを理解するためのフレームワークとして、バリュー・チェーン分析は有効です。ただし、注意しなければならないのは、バリュー・チェーンの分析はこれまで記したようなリストや図を見ながら、当てはまるものを探すことではありません。

企業のコスト構造は買い手や売り手との取引や交渉の上で成り立っています。また、差別化は、自社の買い手にとって独自性のある価値提案を実現することです。そのため、コスト優位性や差別化の源泉探しにおいて重要なことは、自社の売り手や買い手を特定し、彼らのバリュー・チェーンまで理解することです。自社のバリュー・チェーンだけでなく、売り手や買い手といったステークホルダーの有するバリュー・チェーン、および、それらと自社のバリュー・チェーンとの連鎖まで包括的に捉えることをPorterは「バリュー・システム(価値システム)」と呼んでいます。

繰り返しになりますが、利益を最大化するための最適な企業のカタチ(バリュー・チェーン)を構築・運用・改善していくことが、実務としてのマーケティング・マネジメントの実際であると、筆者は考えています。そのためには、自社を取り巻く関係企業や業界全体の構造と自社の仕組みの双方を行き来しながら、常に最適なカタチを模索し続けることが求められると言えます。

一方で、昨今は高広・藤川(2016)の指摘のように、バリュー・チェーンは上流の供給業者から下流のエンドユーザーまでの価値の交換の連鎖を表しているが、現代的なマーケティングの定義に照らすならば、企業と顧客を区別せず、複数のアクターのインタラクションによってさまざまな資源が組み合わされ、価値が生み出されるプロセスを捉えようとする「価値星座(Value Constellation)」といった考え方の重要度が高まっているという見方もあります。

バリュー・チェーンという概念が登場してからおよそ40年経ち、日本国内においてもマーケティングの定義が刷新された2024年のいま、現代的の環境の構造に合わせて、筆者の認識もアップデートが求められているかもしれません。

【 参考文献 】
Barnes, D.(2001). Understanding Business: Processes, Psychology Press.
加藤俊彦(2014).『競争戦略』日経BPマーケティング(日本経済新聞出版).
Mintzberg, H., Ahlstrand, B. and Lampel, B. Joseph.(1998). Strategy Safari: The complete guide through the wilds of strategic management (2nd Edition), Free Press. (齋藤嘉則訳 『戦略サファリ 第2版 -戦略マネジメント・コンプリート・ガイドブック』東洋経済新報社, 2012)
沼上幹(2023). 『わかりやすいマーケティング戦略 [第3版]』 有斐閣.
Porter, M. E.(1980). Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors, Free Press. (土岐坤・服部照夫・中辻万治訳 『競争優位の戦略: いかに高業績を持続させるか』ダイヤモンド社, 1985)
Porter, M. E.(1985). COMPETITIVE ADVANTAGE: Creating and Sustaining Superior Performance, Free Press. (土岐坤訳 『競争優位の戦略: いかに高業績を持続させるか』ダイヤモンド社, 1985)
Rumelt, R.(2011). Good Strategy/Bad Strategy: The Difference and Why it Matters, Crown Business. (村井章子訳 『良い戦略、悪い戦略』日経BPマーケティング(日本経済出版), 2012)
Rumelt, R. (2022). The Crux: How Leaders Become Strategists, Public Affairs. (村井章子訳『戦略の要諦』日経BP日本経済出版, 2012)
佐川幸三郎(1992). 『新しいマーケティングの実際』プレジデント社.
高広伯彦・藤川佳則(2016).「デジタルマーケティング マーケティングの民主化」『一橋ビジネスレビュー』64(2), 54-67.

【 学習用推奨文献 】
沼上幹(2009). 『経営戦略の思考法』 日本経済新聞出版社.

執筆者

廣澤 祐

廣澤 祐(ひろさわ ゆう)

花王株式会社 DX戦略部門 インタラクティブプラットフォーム統括センター

2015年に花王株式会社に入社。デジタルマーケティングの分野でキャリアを積んだ後、化粧品ブランドのマーケティング業務に従事。2021年より同社のDX戦略部門において、デジタル技術の導入と活用を推進。

2020年より公益社団法人日本アドバタイザーズ協会のデジタルマーケティング研究機構U35プロジェクトの幹事を務め、業界の若手リーダーとしての活動も行う。2021年には一橋大学大学院経営管理研究科(MBA)を修了し、現在は同大学院の博士後期課程に在籍、MOTの研究に携わる。

Advertising Week AsiaのAdvisory Councilのメンバーとしても活動し、各種カンファレンスへの協力、講演、寄稿などを通じて、デジタルマーケティングやDXの分野で広範な影響を与えている。

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

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