前回の記事(第4回 マーケティングの基本のキ:4Psとセグメンテーション)では、改めてマーケティング・マネジメントの基本概念である4Psやセグメンテーションの概要について確認しました。今回の記事では、4Ps(Product, Price, Place, Promotion)の中のProductに絞って、マーケティングの実務におけるProductのマネジメントの実際について考えてみましょう。
関連リンク
・マーケティングミックス(4P)とは?マーケティング実行戦略の基本を学ぶ
・セグメンテーションとは?ターゲティングとの違いや分類する方法、具体例
目次
Productとは何か?~Productの基本的な区分~
この節では、実務におけるProductのマネジメントに踏むこむ事前の準備として、基本的な言葉の意味を確認しましょう。複雑なビジネスの状況を分析し、理解し、物事の本質的な問題に迫る思考力は、一般的に戦略的思考などと呼ばれます。その戦略的思考を養うには、そもそも、基本となる言葉の意味や知識を知っているという状態があって初めて成り立ちます。そのため、本連載では、毎回、言葉の定義や意味についてはしつこく、細かく記載しています。
ただし、言葉の意味や定義について、いちいち全て確認していては議論や思考が進まないのも事実です。例えば、私たちは、普段から何気なく「製品」や「商品」といった言葉を使っています。ビジネスパーソンの中でも、この製品と商品という言葉の違いについて、細かく指摘される方がたまにいらっしゃいます。しかし、このレベルの意味や定義の違いについては、こだわる人がこだわれば良い、どっちでもいい話だと捉えています。
では、理解しておかなければならない言葉の定義とは何か、それは以下に示しているProductの一般的な分類です。
①伝統的な製品分類
・最寄り品(Convenience Goods):日常的に使用する製品であり、コンビニやスーパーなどで購入できる消費財であり、単価が低く、購入頻度が高い傾向があるもの(例:洗剤や乾電池など)
・買い回り品(Shopping Goods):購入以前に購買計画を立てる、あるいは、複数の商品を比較検討した上で購入する消費財であり、単価は高く、購入頻度は低い傾向があるもの(例:服、テレビなど)
・専門品(Specialty Goods):購買者が購入前に下調べや比較検討を入念に行う独自性が高く、単価が非常に高いもの(例:自動車やブランド品、高級カメラなど)
②財の違い
・生産財(Industrial Goods):原材料や部品など、異なる製品を生産するために用いられる製品
・消費財(Consumer Goods):不特定多数を対象とし、個人的な消費を目的とした製品
③上記とは異なる視点での財の違い
・探索財(Search Goods):購入前に品質評価が可能な製品(例:洗剤、家電、スマートフォンなど)
・経験財(Experience Goods):購入後に品質評価が可能な製品(例:旅行、飲食店、映画など)
・信用財(Credence Goods):購入前も購入後も品質評価が不可能な製品(例:医療、経営コンサル、教育機関など)
言葉とその意味の確認ができたら、次はその性質の違いについて理解することが重要です。例として、生産財と消費財を比較してみましょう。
両者の第一の違いとして、一般的に生産財の方が合理的な意思決定に基づいて購買されることが多く、景気の影響も受けやすいとされています。その理由は、生産財における製品は主に部品や原材料であり、製品ごとの差が生じにくく、基本的にコストで判断されるためです。
次に、生産財は組織的な意思決定プロセスを取るため、個人の意思よりもDMU(Decision Making Unit)としての合意が重要になります。消費財では、一般的に、個人の意思決定プロセスを「カスタマージャーニー」として描き、そのジャーニーに沿ったマーケティング施策を遂行していくことが重要だと言われます。しかし、生産財の場合、このカスタマージャーニーは個人のジャーニーではなく、組織の構造と組織内の1人1人の役割を踏まえたより複雑な組織内での意思決定プロセスの詳細を描く必要があります。
他の観点では、チャネルやシェルフスペースといった制限にも違いがあります。生産財も売り手の生産能力という意味では物理的空間の制約を受けますが、足りなければ売り手の意思で生産体制を増加させることができます。一方で、消費財の場合、基本的にスーパーやドラッグストアといった店頭のシェルフスペースが重要になってきます。そのため、諸費財においては製品スペックだけでなく、店頭のシェルフスペースを競合よりも多く獲得し、消費者とのコンタクトポイントを最大化させることがとりわけ重要になります。この点において、以前も説明した通り、筆者が勤める花王は一次卸の機能を花王グループに内製化しており、他社よりも非常に高い店頭実現能力を持っていることが競争優位の源泉となっていました。
最後に、営業技術やカスタマーサポートの重要性です。生産財の中でも、特殊な部品や「摺り合わせ型製品(Integral Architecture)」と呼ばれる部品間の連携が重要な製品を扱う場合、営業であっても専門的な技術知識や取引先の要望に合わせたカスタマイズ対応などが求められます。そのため、消費財とは全く異なる観点での競争力が求められるのです。
以上のように、生産財と消費財という言葉の意味とそれに紐づく様々な相違点を知ることは、複雑なビジネスの構造をより具体的に理解することに役立ちます。
なお、探索財と経験財、信用財については、商品が同一であっても、その財を購入する人物の経験値やリテラシーレベルによって変化する場合があります。例えば、医者が医療行為を受ける場合、自分で自分に医療行為ができなくとも、どの病院でどの医師に担当してもらうのがベストか、経験と知識から判断することが可能です。そのため、生産財と消費財の比較のように、セオリーとしての相違点を理解することだけでなく、そのシチュエーションに応じた知識の使い方が求められます。
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Product Managementの実際
この節では、消費財メーカーを題材に製品管理(Product Management)について考えてみましょう。
企業にとって、製品(サービス含む)は売上や利益の源泉であり、企業の存在意義を体現するものと言えます。企業は製品を通じて価値提案(Customer Value Proposition)を行い、それが顧客に受け入れられた時、そこに付加価値が生じ、利益として企業に還元されます。また、その利益を用いて、企業は製品の改善や開発に努めます。
本節のタイトルに、あえて製品開発ではなく、製品管理と表現しているのは、企業は当然、新製品開発だけを行っているわけではないからです。企業はすでに市場に導入された既存品の管理を行いながら、既存品とのバランスを踏まえて新製品開発を行うか否かの判断をしています。ここでは、製品管理における基本的な概念について、いくつか確認しましょう。
Product Mix
単一の製品を展開している企業の場合、既存品について検討しなければならないのは、性能向上やコスト削減、価格政策、流通政策、コミュニケーションなどの要因になります。
しかし、複数製品を展開している企業の場合、1つの製品ラインの中でどこまでの幅や奥行きを出していくかを考えなければなりません。製品ライン(製品系列)というのは、特定の製品カテゴリーの中で、機能や価格、チャネル、顧客層などの観点から区別した製品群のことを指します。自社あるいはブランドごとに、どのような製品ラインでどのような個別製品を展開していくか、その組み合わせ全体の設計のことを「Product Mix(プロダクトミックス)」と呼びます。
また、製品ラインを分類する際の視点は、幅、奥行、整合性、長さがあります。幅は企業あるいはブランドが持つ製品ラインの数を指し、奥行は各製品ライン内の製品数を指します。整合性は他の製品ラインとの関連性を指し、技術の転用可能性や範囲の経済に対する視点です。最後の長さは企業やブランドごとに扱うプロダクトミックス全体の製品数を指しており、製品数が多くなればなるほど経営資源は分散するため、どのカテゴリーで戦うか、戦わないかを判断しなければなりません。(沼上, 2023; 井上・石田, 2021)
【図1】「プロダクトミックスと製品ライン」, 沼上(2023)と井上・石田(2021)を基に筆者作成
プロダクトミックスの例として、筆者が以前担当していた化粧品ブランド「キュレル」について考えてみましょう。以下はキュレルの公式サイトに公開されている製品ラインナップの切り抜きです。
【図2】化粧品ブランド「キュレル」の製品ラインナップ, 花王キュレル公式サイトより:https://www.kao.co.jp/curel/(最終アクセス:2024年10月4日)
キュレルは乾燥性敏感肌で乾燥や肌荒れに悩む方々に対して、花王独自開発の「セラミド機能成分*」を配合したスキンケア製品を提供しています。キュレルは1999年にボディケア品として誕生しましたが、その後、ヘアケア、フェイスケア、ベースメイクなど、スキンケアという軸を中心としながら製品ラインを拡大しています。
【図4】「キュレルのプロダクトミックス」, 筆者作成.
上図はキュレルの製品をプロダクトミックスの枠組みにあてはめたものです。あまりにも製品数が多いため、製品画像の羅列は断念しましたが、キュレルの製品ラインは主に身体の部位(顔、体、頭)と機能(皮脂、エイジング、シミ・そばかす、UV&ベースケア)を中心に分類されており、その他、プレミアムケアのラインやファブリックといった拡張的な領域も抱えていることがわかります。また、キュレルの場合、1つの製品ラインの中で、テクスチャー、サイズ、剤型などを区別することでそれぞれ製品の奥行をつくっています。
プロダクトミックスの管理は、この製品ラインの幅を企業あるいはブランドとしてどこまで広げるか、また、製品ライン別の製品数をどこまで広げるか、製品ラインの整合性や長さといった自社の経営資源の状況や、競合の動向、外部環境の変化など競争環境要因も踏まえた判断をすることになります。
そのため、経営資源の多寡や市場における自社のポジショニング次第では、むやみに製品を増やさず、特定の製品ラインに特化し、徹底的に既存品の改良(品質改善やコスト削減)を行うという判断もありえます。また、複数ブランドを抱える企業の場合、ブランドや製品別のカニバリゼーション(食い合い)を避けるためにあえて新製品開発を見送るということもあるでしょう。
製品についての議論は、なぜかいつも“新しい製品をつくること”に注目が集まりがちです。しかし、最も利益効率が良いのは製品そのものに手を加える必要も、余計な広告投資をする必要もない定番品です。そのため、製品管理においては、ブランドとしての収支だけでなく、製品ライン別の収支、単品別の収支のすべてを把握した上で取るべきアクションを判断しなければなりません。
新製品開発のマネジメント:製品コンセプト
前項で製品管理の全体像について記述したので、この項からは新製品開発について、その中でもすべての製品開発の起点となる製品コンセプトについて説明します。
冒頭でProductの分類と違いについて確認しましたが、すべての商品・サービスに共通していることがあります。それは、商品・サービスは顧客の欲求充足にこたえるための機能を持つということです。
この商品・サービスに内包される機能にも分類があります。一つは一次的機能と呼ばれ、商品本体の優質性や安全性、耐久性や適価性などを指します。もう一つは二次的機能と呼び、色やにおい、デザインや商標といった性能や審美性を指します。このほかにも、社会的機能としての省資源・省エネルギーや環境配慮、ユニバーサルデザインなどの社会的配慮といった観点があります(佐川, 1993)。
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企業はこうした様々な機能やその先に消費者が得られる便益を一つにまとめあげることで、商品・サービスとして販売します。そうした過程を経て生み出される商品の出発点となるのが「製品コンセプト」です。経営学において、製品コンセプトという言葉の明確な定義は存在していませんが、複数の文献で言及されている定義の共通点をまとめると、製品コンセプトとは、「消費者のニーズを満たす、その製品固有の便益や価値について、企業が主体的に意味づけし一言であらわしたもの」となります(Clark & Fujimoto, 1991; 嶋口, 1994; 清水,1999; 楠木, 2001; 太田, 2014)。
この製品コンセプトには、外部情報の翻訳、意思決定の指針という2つの役割があるとされています(清水, 1999)。外部情報の翻訳というのは、市場や競合といった外部環境の変化を踏まえて、その製品を通じて市場に新たに何を提案すべきかをまとめるという役割です。意思決定の指針というのは、効率的な製品開発を実現するための役割です。製品開発プロセスは複雑な工程、不確実性が伴う中での難しい意思決定の繰り返しです。その中で、意思決定の軸がブレないための旗印の役割となるのが製品コンセプトなのです。
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新製品開発のマネジメント:製品開発プロセスモデル「ステージ・ゲート法」
あらゆる製品開発は製品コンセプトの創出から始まります。しかし、製品コンセプトは当然、待っていれば突然降ってくるものではありません。製品コンセプトを創出する以前に、企業は様々なアイデアの発見と検証を繰り返します。このような製品開発の起点となるアイデアの創出から、最終的に市場に導入されるまでの一連のプロセスモデルを描いたものが「ステージ・ゲート法(ステージ・ゲート・モデルやステージ・ゲート・システムとも呼ばれる)」です(Cooper, 1990; 1994; 2011)。
【図5】「製品開発プロセスおよび製品開発の意思決定プロセスのモデル」, Cooper(1994)とKotler & Keller(2021)を基に筆者作成.
ステージ・ゲート法のような直線的な製品開発プロセスの賛否については様々な議論がありますが、複雑な製品開発プロセスをシンプルにモデル化したこの考え方は、20世紀後半に多くの製造業に歓迎され、製品開発プロセスの基本モデルとなりました。なぜなら、製品を最終的に上市するまでのステップ、特に、どのタイミングで何を意思決定すべきなのかが明確になったためです。また、このようなゲート式意思決定の構造は、製品開発を次の段階に進めるべきか、あるいは、そこでその製品の開発は中止して別の製品開発へリソースを回すかを都度判断することになります。そのため、企業の経営資源の無駄づかいや市場投入後の失敗リスクの回避に繋がる合理的な製品開発プロセスだと考えられました。実際、このステージ・ゲート法が提唱されてから数十年が経過している今でも、多くの企業がこの一般的なステージ・ゲート法に基づいた製品開発ワークフローを運用しているのではないでしょうか。
ちなみに、昨今はこのステージ・ゲート法を提唱したCooper自身さえも、直線的な製品開発プロセスでは市場の変化に追いつけないとして、新たにアジャイル型製品開発プロセスのモデルなどを提唱しています。したがって、いま現在もステージ・ゲート法がスタンダードな製品開発プロセスモデルであることは間違いありませんが、製品開発の在り方そのものの見直しも迫られている時代なのかもしれません。
この記事では、製品管理の基本として、プロダクトミックス、製品コンセプト、ステージ・ゲート法について記述してきました。本来であれば、さらに踏み込んでステージ・ゲート法の1つ1つの工程について、より具体的なワークフローを解説していくべきなのですが、それを行うとそれだけで書籍1冊分の紙幅になってしまいそうなので本記事では割愛します。
本記事をお読みいただいた方で、もし、プロダクトミックスや製品開発プロセスに関して仕組み化、資料化、言語化がされていない場合は、まず、自社および自ブランドの商品・サービスのプロダクトミックスがどのようになっているのか整理し、自社の製品開発ワークフローがステージ・ゲート法と同じなのか異なっているのか、確認してみることであらためて発見することがあるかもしれません。
* ヘキサデシロキシPGヒドロキシエチルヘキサデカナミド(以下のキュレル製品に配合:潤浸保湿 化粧水、乳液、フェイスクリーム、モイストリペアシートマスク、美容液、モイストリペアアイクリーム、リップケア クリーム、リップケア バーム、ベースミルク・ベースクリーム、ディープモイスチャースプレー、乳液ケアメイク落とし、入浴剤、ローション、ジェルローション、クリーム、モイスチャーバーム、バスタイム モイストバリアクリーム、ハンドクリーム、皮脂トラブルケア 保湿ジェル、美白ケア乳液、フェイスクリーム、エイジングケアシリーズ、UVカットシリーズ) 色づくベースミルク、BBクリーム、リップケア クリーム美発色レッド/美発色ピンク/美発色ベージュ、頭皮保湿ローションではセチルPGヒドロキシエチルパルミタミドと表記
【 参考文献 】
Clark, K. B., & Fujimoto, T. (1991). Product development performance: Strategy, organization and management in the world auto industry. Boston, MA: Harvard Business School Pres(田村明比訳『増強版 製品開発力:自動車産業の「組織能力」と「競争力」の研究』ダイヤモンド社, 2009年).
Cooper, R. G(1990). “Stage-Gate Systems: A New Tool for Managing New Products.” Business Horizons, 33 (3) , pp.44-54
Cooper, R. G(1994). “Perspective Third-Generation New Product Process.” Journal of Product Innovation Management, 11(1), pp. 3-14.
Cooper, R. G(2011). Winning at new products: Creating value through innovation (4th ed.), New York, USA: Basic Books.(浪江一公訳『ステージゲート法―製造業のためのイノベーション・マネジメント―』 英治出版, 2012)
Kotler, P., Keller, K., and Chernev, A. (2021), Marketing management 16e, Pearson Education Limited.(恩藏直人監訳 『コトラー&ケラー&チェルネフ マーケティング・マネジメント〔原書16版〕』 丸善出版, 2022)
太田幸治(2014)「製品コンセプトと製品の核に関する―考察」『愛知経営論集』169, 79-109.
楠木健(2001).「価値分化:製品コンセプトのイノベーションを組織化する」『組織化学』25(2), 16-37.
佐川幸三郎(1992). 『新しいマーケティングの実際』プレジデント社.
嶋口充輝(1994).『顧客満足型マーケティングの構図』 有斐閣.
清水信年 (1999).「製品開発活動における製品コンセプトの変更に関する実証研究」『流通研究』2(2), 61-76.
沼上幹(2023). 『わかりやすいマーケティング戦略 [第3版]』 有斐閣.
【 参考WEBサイト 】
「花王 キュレル公式サイト」
URL:https://www.kao.co.jp/curel/ (最終アクセス:2024年10月)