エシカル消費を一言で表すと「人権や環境に配慮した企業の商品・サービスを購入する消費行動」である。地球環境の変化や人権問題への意識の高まりから、近年注目されるようになった現象だ。商品やサービスに対し、経済的な価値だけでなく、社会的な価値も重視する新たな考え方である。
昨今ではエシカル認証を受けたチョコレートやコーヒーなどの食品を店頭で見かける機会が増えている。しかし、エシカルの価値や意義、魅力を十分に把握したうえで購入している人の数は少なく、市場規模はいまだ限定的である。
この課題に対し、マーケティング的な視点からアプローチしているのが、明治大学 商学部の専任講師 加藤拓巳(かとう たくみ)氏だ。エシカル消費の取り組みを消費者価値に転換する研究を通じて、新たな概念を社会に浸透させていく支援を行なっている。
今回のインタビューでは、エシカル消費の社会的意義や、エシカルという概念が誕生した背景、そして現状の課題について伺うとともに、ブランディングで成功している企業の好事例についても具体的に語ってもらった。企業のマーケティング担当者はぜひ参考にしてほしい。
後編記事:エシカル消費の進化とマーケティングの未来:HRテックの成功事例やコンセプトの重要性を専門家が解説
目次
エシカル消費の注目が国、投資家、企業の中で高まっている理由
ーーエシカル消費の分野において専門家である加藤先生に、まずは近年エシカルが注目されるようになった背景について教えていただければと思います。
加藤 エシカル消費が叫ばれるようになった背景としては、世界的な地球環境や人権問題への意識の高まりがあると考えられます。
これまで経済的な価値は、環境的・人権的な価値とトレードオフの関係にある、というのがビジネスでの一般的な認識でした。たとえば経済を優先すれば、相対的に環境負荷が高くなり、かつ厳しいコスト競争に打ち勝つために人権問題も発生しやすくなります。そんな価値観や経済発展モデルにもとづき、経済的な価値に重きを置くことで、多くの国々は発展してきたと言えます。
しかし、社会問題の深刻化を目の当たりにして、経済と人権・環境はトレードオフではなく、持続可能な社会づくりを実現する上で両立が重要だ、という認識が浸透してきました。その結果、経済価値と人権・環境価値の両立を図らない企業には税金や罰則が課せられ、投資家から資金調達をしにくくなってきています。
その認識は、国や企業だけでなく、一般の消費者にも広がってきています。意識が変化する兆しの1つは、最近の異常な夏の猛暑や、異常気象による災害などが考えられます。従来「環境問題」というと私たちの身近な生活からは見えにくく、一部の人にとっての関心事になりがちでしたが、最近の異常気象によって、まさに自分自身に影響のある問題として意識しやすくなったと考えられます。
このように、社会問題の深刻化、国や企業の姿勢、消費者自身の気づきなどを背景に、「エシカル消費」という概念の注目が企業の中で高まっています。ただし、後ほど説明しますが、まだ企業のマーケティング部門でのトレンドであり、消費者の関心はいまだ限定的です。
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エシカル消費を掲げる国・企業の戦略の意図
ーーSDGs、ESG投資、サスティナビリティなどの概念は、深刻化する社会問題の解決による持続可能な未来への挑戦という世界的な規模の潮流の中から生まれてきたものなのですか?
加藤 もちろん、経済価値創出と社会問題配慮の両立が重要という認識が前提です。それに加えて、各国の主力産業の思惑もそこに存在します。
たとえば、自動車産業では電気自動車へのシフトが急速に進められています。その背景の1つには、日本企業のハイブリッド車に焦点を当てた欧米主導のゲームチェンジがあります。高燃費を実現する日本のハイブリッド車の技術は、長年の研究開発を通して培ってきた独自技術であり、他国のメーカーが容易に模倣できるものではありません。そこで欧米の自動車メーカーは「電気自動車の方が環境に優しい」という新しい価値観を浸透させ、市場の競争原理を覆そうとしています。なお、実際には、電気自動車は走行時に化石燃料を燃やしませんが、製造段階(特に電池)から考慮すると膨大な化石燃料で発電した電力を使用しています。したがって、本当に電気自動車の方が環境に良いかは、現時点では不明瞭な部分があります。
別の視点では、低価格への対抗もあります。違法労働を背景に圧倒的な安さで商品を提供する中国企業が急速にグローバルで市場シェアを拡大しています。こうした極端に安い人件費によるモノづくりに対しては、先進国は太刀打ちできません。そこで欧米諸国では「人権的な倫理に反する」という価値観を世界中に浸透させ、そうした企業を牽制しています。1970-80年代に日本の自動車産業がアメリカ市場で急速にシェアを伸ばした際、アメリカから牽制を受け、日本政府と自動車業界はアメリカ向けの自動車輸出台数を制限する「自主規制」を導入したことがあります。アメリカにとって交渉がしやすい日本と異なり、中国に対しては錦の御旗となる倫理が重要になってきます。
このように環境や人権に関する問題解決を欧米諸国が明確に打ち出すと、その領域で補助金が投下され、ビジネスが拡大する機会が生まれていくため、投資家からの資金も集まりやすくなります。
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エシカルの流れの中で問題視されている「グリーンウォッシュ」とは
加藤 一方、投資家の目線で近年問題視されているのが「グリーンウォッシュ」です。
実際には環境負荷の高いものを、あたかも環境に優しいかのように見せかける行為を総称する言葉なのですが、昨今では投資家や消費者の注目を小手先のお化粧で募りたいがために安易なグリーンウォッシュに手を染めている企業が増えています。
ーー具体的にはどのような行為がグリーンウォッシュにあたりますか?
加藤 たとえば、本業による環境への負担を隠すために、本業とは関連性の薄い植樹活動などの環境活動を訴求して隠れ蓑にするケースはグリーンウォッシュの一種と言えます。植樹活動そのものは意義深い取り組みなのですが、本業の環境負担に対する本質的な改善をせずに、広報的に植樹活動で「環境に貢献している」と主張してしまうことは問題です。
このような本業と切り離された活動は、本当の環境貢献とは言いがたいものです。環境対策の核心は、企業が本業の商品・サービスでどれだけ環境に配慮できるかにあります。世界の先進企業の中には、本業を通じて環境貢献を実践している好例がたくさんあります。たとえばスターバックスは、100%エシカルにコーヒー豆を調達することを追求しています。使い捨てプラスチック削減を目指して紙カップに切り替えるなど、消費者から見える形で商品・サービスを改革し続けています。その過程では、紙ストローのように消費者に受け入れられなかったサービスも存在しましたが、そうした問題を迅速に改善し、直接飲めるカップを導入するなど、常に試行錯誤を繰り返しながら、本業を通じて環境負荷低減に努めているのです。もちろん、環境負荷が完全にゼロになる完璧な状態は不可能であるが、改善し続ける姿勢は極めて重要で、その長年の蓄積がブランドイメージを強化していきます。
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購買行動を促進するには消費者の欲求に則したコンセプト起点の価値づくりが必要
ーー遡る形の質問になり恐縮なのですが、加藤先生がエシカル消費の研究を始めるそもそものきっかけは何だったのでしょうか?
加藤 私の経歴を簡単にご説明しますと、自動車メーカーのHondaでマーケティング業務に従事しながら、社会人大学院で修士号・博士号を取得しました。業務で様々な企画を立案し、承認を得るために調整する中で、エビデンスの必要性に直面したことが大学院に通うきっかけです。現在は明治大学の商学部マーケティングコースで「商品・サービスの価値づくり」をテーマとして、研究とビジネスへの適用を行っています。
そんな折に、フェアトレード・ラベル・ジャパン様から「エシカルコーヒーの普及」という課題でお声がけいただき、商品やサービスの価値づくりという切り口でこの問題にアプローチしてみようと思いました。
これまでは、フェアトレードコーヒーの背景となる貧困問題を前面に押し出した訴求が中心とのことでした。これらの主張は確かに重要ですが、消費者に響く「価値」を訴求できていないため、購買行動には結びつきにくいです。
エシカル消費に関する調査では、肯定的な回答が目立ちますが、ここには社会的望ましさバイアスが存在します。「エシカルに関する調査」とタイトルや設問でわかった段階で、この課題に前向きな態度を”演じて”しまいます。これが建前です。もちろん、多くの人は社会貢献したいという気持ちを少なからず持っています。しかし、マズローが説いたように、人間にはより強い欲求が存在します。人間にとって最も強い欲求は「美味しいものを食べたい」「ゆっくり寝たい」「モテたい」といった本能です。それらと比べると、エシカルに関する欲求は優先順位が低く、購買行動において大きな影響を与えるものではないことが大部分です。これが本音です。あらゆる欲求を満たしきった超富裕層のような方々でもない限り「社会貢献にお金を払う」という欲求が意思決定の最優先事項になることは極めて稀です。よって、基本的には承認欲求より下位の階層の欲求を軸に価値を設計すべきです。
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ーー確かに、美味しさを求めるだけなら「エシカルなコーヒーを買おう!」とはなりづらいですね。エシカル商品普及のために、具体的にどのような取り組みを行ったのでしょうか。
加藤 そこで、消費者にとっての価値を明確化し、貧困・労働問題の改善がもたらす原料の品質向上に焦点を当てたコンセプトに転換しました。「違法労働を許容しない」という特徴を客観的に分解すると「優れた環境で職人さんが手入れを丁寧にしている」ことを意味します。このように、品質という商品価値を消費者に伝えていくことが重要です。
ーーなるほど。本質的な部分は変わらないのに、コンセプトとして価値を明確化することで、消費者に“刺さるメッセージ”になっていくのですね。
ブランドのコンセプトを決めたら、あとは一貫して伝え続け、具現化し続けることが重要
加藤 その次のステップとして重要なのが「価値を定着させる」ことです。
価値は人の頭の中で判断されるものです。いくら客観的に優れていても、消費者のイメージの中で負けていたら、その商品・サービスは魅力が乏しいです。そのため、価値を創造した後は、商品・サービスの具現化とマーケティングコミュニケーションを通じて、一貫して価値を訴求し続けていく必要があります。その価値を定着させるには長い時間がかかります。これこそがブランドマネジメントであり、その道のりは極めて地道な作業です。決して派手な広告1本でブランドはできません。世界のトップブランドは、総じてこういった取り組みを長年にわたって続けています。
たとえば、「夢と魔法の国」「夢が叶う場所」というコンセプトを発信し続けたディズニーというブランドに対して、私たち消費者は「ディズニーリゾートは非日常を味わえる場所」というイメージを抱きます。競合企業が同じコンセプトを掲げても、消費者の頭の中で模倣企業が追いつくことは難しいでしょう。ディズニーが地道に積み重ねてきた時間の長さが圧倒的だからです。
これと同様にApple製品も、あのリンゴのマークを見ると多くの人が「クリエイティブだな」「オシャレだな」と思うでしょう。ただのリンゴのマークを見ただけなのに、私たちがそういう連想をしてしまうのは、Appleが長年にわたって革新性、シンプルさ、洗練されたデザイン、といった核となるコンセプトを価値として発信し続けてきたからにほかなりません。もちろん、そのブランドを維持し続けるために、これらの企業も優れた商品・サービスを提供し続け、そのコンセプトを発信し続けるマネジメントが欠かせません。コンセプトに合致しない広告を打ってしまうと、すぐに顧客から批判され、ブランドは毀損します。
このように、ブランドは短期間で築けるものではありません。コンセプトを決めたら、あとは一貫して伝え続け、具現化し続けることが重要なのです。
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コンセプトにおける成功事例
ーーコンセプトに基づいた価値づくりがうまくいっていると思える国内企業はありますか?
加藤 たとえば、AOKIのパジャマスーツです。コロナ禍で普及した在宅ワーク中のリモート会議で、自宅でくつろぎながら、会社の人にはきちんと見せたい、という心理的な欲求に対して、「パジャマ以上・おしゃれ着未満」というコンセプトを掲げました。
アサヒスーパードライの生ジョッキ缶も優れたコンセプトです。家で生ビールが飲みたいという本質的な欲求に対して、“家でお店の生ジョッキの気分が味わえる”というそのもののコンセプトです。
また、TBS ラヴィット!は「日本でいちばん明るい朝番組」というコンセプトです。暗いニュースや芸能人のスキャンダル批判、不安の煽り商法などで視聴率競争が繰り広げられ、それに疲れ切っていた消費者にとって、大きな価値になっていると考えられます。
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専門家と消費者をつなぐマーケターの存在がエシカル消費浸透の鍵
ーー総括して、エシカル消費の課題はどのような点にあるとお考えでしょうか?
加藤 現状ではエシカル消費におけるガイドライン策定や社会への啓蒙といった取り組みを、都市部の行政や大企業、専門家などが中心に行っている、という点に課題があると感じています。専門家の方々による専門家目線での議論が中心となっているため、その価値がなかなか一般消費者の生活レベルにまで降りこないのです。
高度な知見を持つ専門家がエシカル消費について論じ合い、環境にいい調達プロセスに変えていこう、人権を守る生産プロセスに変えていこう、という方針を決めることは非常に重要です。しかし、残念ながらそれだけでは専門家と消費者の間の乖離が大きすぎて、エシカル消費における価値が社会に浸透するまでには至らないのです。価値は消費者の頭の中で判断されますから。
そこで必要となるのが、マーケターの存在です。それもエシカル消費の本質である経済的価値と人権・環境的な価値の両立という概念を消費者にとっての価値に昇華できるようなプロフェッショナルの存在。そういったマーケターがこの取り組みに加わることで、エシカル消費は一気に進んでいくことになるでしょう。
ーーエシカルの普及と持続可能な社会の形成のためにはマーケターの存在が欠かせないということですね!それでは引き続き、日本でのエシカル分野におけるマーケティングの現状とともに、エシカル就活といったトピックや、HR領域での活用事例などについてもお伺いしていきたいと思います。