毎年6月にフランス・カンヌで開催される世界最大級の広告・コミュニケーションの祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」。
毎年15,000人以上のクリエイターや広告関係者が集い、数万点にもおよぶ出展作品の中から優秀作品を表彰するアワードが開催される。さらにGoogleやApple、FacebookをはじめとしたGAFA企業や世界の名だたる企業なども参加し、CxOクラスやマーケター、世界的なアーティストらによるトークセッションなども行われる、名実ともに世界最高峰と呼ぶに相応しい広告・コミュニケーションの祭典である。
そんなカンヌライオンズに10年以上前から参加しているのが今回インタビューする本田哲也氏だ。世界有数の広告業界メディア『PR WeeK』の「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にも選出されたPRストラテジストとして知られている。本田氏はこれまでカンヌライオンズの公式スピーカーのほか、PR部門の審査員、若手クリエイター向けの「ヤング・クリエイティブ・アカデミー」における講師など、さまざまな役割を務めてきた。そして2018年にはセッションモデレーターとして、LDHメンバーによる会場最大規模のトークセッションを成功させた実績もある。
今回は、カンヌライオンズをよく知る本田氏に、カンヌライオンズ創立の経緯や歴史、マーケティングにおける同イベントの意義など、「カンヌライオンズとは?」という基本的な解説とともに、カンヌライオンズ2024で見えた世界のクリエイティビティの潮流と、日本のマーケティング課題についても語ってもらった。
目次
映画祭の街カンヌで開催される、世界最大級の広告・コミュニケーションの祭典
――「世界最大規模の広告祭」として知られるカンヌライオンズ(正式名称:カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル)。これまで本田さんは、アワード審査員やトークセッション登壇などで深く関わられています。まずは「カンヌライオンズとは何なのか」を教えていただけますでしょうか。
本田 カンヌライオンズとは、毎年6月にフランスのリゾート地であるカンヌで数日間開催される世界最大級のクリエイティビティの祭典です。
ご存じの通り、カンヌといえば一般的には「カンヌ国際映画祭」の開催地としてよく知られています。カンヌライオンズはその映画祭の間に流れる広告フィルムを表彰するアワードとして1954年に設立されました。
スタート当初は数部門だけでしたが、回を重ねるごとに、フィルム部門、プレス部門、アウトドア部門、サイバー(インターネット)部門、そして私の専門領域でもあるPR部門など、時代の変化とともに次々と新たな部門が追加され、2024年の今年は30部門へと細分化が進みました。
そして以前は「カンヌライオンズ インターナショナル アドバタイジング フェスティバル」という名称で開催されており、日本国内のメディアでは「カンヌ国際広告祭」と呼ばれていましたが、2011年からは「カンヌライオンズ インターナショナル クリエイティビティ フェスティバル」となり、単なる広告のお祭りではなく「クリエイティビティ」の面が強調されるようになりました。
来場者数においても、例年約15,000人以上を集め、世界トップクラスの広告・コミュニケーション・クリエイティブのアワードとして年々影響力を強めています。
――広告祭からクリエイティビティのお祭りへと変化を遂げているのですね。本田さんはカンヌライオンズにどういった経緯で深く関わっていくようになっていったのですか?
本田 現地には2010年代から足を運び、会場では世界各国のマーケターやクリエイターたちと意見交換を行っていました。より深く関わるようになったのは2015年に公式スピーカーとして登壇してからですね。
カンヌライオンズはクリエイティブ作品を競い合うコンペティションだけでなく、世界中の広告・コミュニケーション業界の専門家によるトークセッションも例年大きな人気を博しています。私は2015年に「OPENING THE KIMONO ON KILLER JAPANESE CRETIVITY」(日本のクリエイティビティの秘密)という題目で講演を行いました。
当時から欧米で日本のコンテンツや文化に強い関心を持っている人が増えていた一方で、こうした場所で日本の情報を発信する機会がほとんどなかったため、聴講者からは「日本のクリエイティブな話を聞くことができて良かった!」とおおむね高評価を得ることができました。
翌年の2016年には、広告業界、PR業界、クリエイティブ業界のプロフェッショナルが若いクリエイターへ指南を行う「ヤング・クリエイティブ・アカデミー」というコーナーで講師を務めたほか、2017年にはアワードにおけるPR部門の審査員の一人に選ばれ、世界トップレベルのPRパーソンたちとともにエントリー作品の審査を行いました。
そして2018年には、セッションモデレーターとしてLDH(元EXILE HIROが率いるエンターテイメント企業)のセッション実現を支えるなど、多角的な役割を担ってきました。
――これまで公式スピーカー、講師、審査員、セッションモデレーターなど、さまざまな形でカンヌライオンズに関わってきたのですね。
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LDHのカンヌライオンズ登壇秘話:日本のコンテンツが求められていた理由とは?
――EXILEをはじめとしたアーティストを擁するLDHがカンヌライオンズのトークセッションに登壇するきっかけは、一体どういったものだったのでしょうか?
本田 LDHの代表であるHIROさんに「世界戦略の一環として、もっと世界でのプレゼンスを高めていきたい」という相談を受けていたことが2018年のセッション実現の発端となります。
LDHの皆さんとは定期的に、海外におけるLDHの知名度向上について話し合い、私がよく知るカンヌライオンズでのセッション登壇はどうだろうかという話になりました。日本を代表するアーティスト集団の取り組みや世界戦略をカンヌでアピールすれば、世界的な知名度向上につなげられるだろうと考えて提案したのです。
とはいえカンヌはコネが通用する世界ではなく、審査員などは毎年入れ替わりますし、トークセッションの枠もプロポーザル方式(提案制)で決定されます。どんなにお金を積んでも買えるものではないのです。いかに運営側に”刺さる”企画書を作成できるかという「真っ向勝負」でしか勝ち取れません。
――これまで公式スピーカーや審査員、講師としてカンヌライオンズと深い関わりをお持ちの本田さんでも、枠を得るのはそう簡単なことではないのですね。
本田 そうですね。AppleやFacebook、AmazonといったGAFAMクラスの企業や、テンセント、ファーウェイといった世界的に知名度の高いグローバル企業なども登壇する場ですから、プレゼンは一筋縄ではいきません。
ただ、LDH所属アーティストのライブパフォーマンスやプロデュース力、音楽やダンスだけにとどまらない多角的なビジネス戦略、そこから生まれる莫大な経済的効果、そしてHIROさんという先見の明をもって世界戦略を描くリーダーの存在といった、LDHならではの強力な武器はたくさんあります。
それらを踏まえて「LDHならばこういったセッションやプレゼンテーションが行えますよ」といったストレートな企画書を作成し、エントリーを行いました。その結果、すぐに運営側から「これは面白い!」という反応があり、とんとん拍子で招待される運びとなったのです。
――LDHによるトークセッションの提案が採用されたポイントは何だったとお考えですか?
本田 いくつか考えられますが、欧米諸国では日本のコンテンツや文化に強い関心を持っている人が多い一方で、日本側から情報発信が十分に行われていないため、情報ニーズが十分に満たされていない、という大きな背景が考えられます。
加えて、LDHアーティストが生み出す「経済的な効果」が決め手の一つになった可能性もあります。
EXILEをはじめとしたLDH所属アーティストの年間ライブ動員数は、世界で圧倒的な人気を誇るイギリスのロックバンド、コールドプレイと同規模でした。だからこそ「コールドプレイ級の人気を誇る、日本の知られざるエンターテイメント集団がやってくる」という一種ミステリアスなインパクトに対してカンヌライオンズの運営が興味を示してくれたのではないかと考えています。
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予想以上の大反響!3000人規模のステージで魅せたLDHの底力
――そしていよいよトークセッションに臨むことになるわけですね。
本田 何度も打ち合わせをした結果、パネルとしてはm-floのVERBALさん、LDH EUROPEでCEOを務める世界的DJのAfrojack(アフロジャック)、Beats ElectronicsのPresidentであるLuke Wood氏と私の4人が登壇し、私がモデレータという立場で全体を取り仕切ることになりました。そしてセッションのトリでLDHトップのHIROさんに登場いただきました。
HIROさんは言うまでもなくLDHのトップであり、今回のセッションの核となる人物です。VERBALさんは英語ネイティブであり、海外の活動や国際的なステージの活躍実績も豊富ということで、LDHの顔としてセッションをリードしてもらうことにしました。
AforoJackはオランダ出身の世界的なDJであり、LDH EuropeのCEOという顔も持っているほか、セレブリティとしてもヨーロッパで抜群の知名度を誇ります。
Luke WoodはAppleの子会社でアメリカのオーディオ機器ブランドBeats ElectronicsのグローバルCEOを務める人物です。日本におけるビーツの広告にLDHのアーティストを起用するなど、以前からLDHとコネクションがあったのと、カンヌライオンズではAppleやGoogleのような事業会社のキーパーソンの登壇を好む傾向があるため、重要メンバーとして参加してもらいました。
――そのメンバーで「LDHの世界戦略」をテーマとしたトークセッションを行ったのですね。当時はどんな手応えを感じましたか?
本田 「思った以上に成功した」というのが正直な感想です。
カンヌライオンズのトークセッション枠に登壇できただけでも大きな成果なのですが、我々が想像する以上に主催者側の前評判が高く、当初あてがわれた400人規模のステージから、映画祭のメインステージとして使用される3000人収容の大規模シアターへと会場を変更してくれました。
さらにこれだけにとどまらず、LDHのセッションがAppleやFacebook、Amazonと並んで「今年のトップ5セッション」に選出されるという大きなサプライズまでありました。
――トップ5に選ばれたのは快挙ですね!当時ヨーロッパではまだあまり知名度のなかったLDHに、なぜこれほどの注目が集まったのでしょうか?
本田 先ほども述べたように、日本のコンテンツや文化へ興味関心を持つ人が多い一方で、日本企業や団体から積極的な情報発信が行われてこなかったことが大きいと考えられます。
こうした背景を踏まえて「知られざる日本のエンターテイメント集団が登壇する」という謎を匂わせる企画構成にすることで、現地の人々の興味を強く掻き立てて話題になったのだと思います。
セッションではLDH所属のLEDパフォーマンスチーム サムライズ(SAMURIZE from EXILE TRIBE)にも協力してもらい、終盤にダンスパフォーマンスを披露しました。全身LEDのコスチュームを装着したダンサーたちが繰り広げる光とダンスが融合した独創的なパフォーマンスは、会場を興奮の渦に包み込み、鳴り止まないスタンディングオベーションで称えられるなど、私たちも予想していなかった大盛況の中で幕を閉じました。
さらに、これがカンヌライオンズの素晴らしいところで、欧米メディアからの取材のオファーや、限られた一部のセッションのみを取り上げるネット中継への選出、ステージを観てくれていた世界的エンターテイメント企業の関係者がパフォーマンスに感銘し、後にLDHに連絡をくださるなど、いくつもの反響と新たなつながりが生まれていきました。
2024年のトレンドは、シリアスからユーモア、AIからヒューマニティへと変化
――これまでカンヌライオンズと深く関わってきた本田さんから見て、今年(2024年)のカンヌライオンズはどういう傾向だったのでしょうか?
本田 今年は欧米の作品が圧倒的に強かった印象です。日本をはじめ、中国、韓国、タイ、インドなど、アジア発のクリエイティブ作品のノミネートやトークセッションの開催も一定数あったのですが、やはり欧米の作品が高い評価を受ける傾向が強く、実際に私の心に残った作品も全て欧米のものでした。
ちなみに日本の受賞者数はエントリーのあった30部門中でゴールド1つ、シルバー2つ、ブロンズ8つとなり、これまでの日本企業の受賞実績からすると、ちょっと寂しい印象でしたね。
ただし今年は日本だけでなくアジア全体が低調傾向にありました。そんな中でシンガポールからはエントリー数が約2倍に増え、シンガポール発の作品がグラス部門でグランプリを受賞するなど、躍進が目立ちました。
――日本をはじめとしたアジアの勢力が今年は弱かったということですね。全体的な作品の傾向はいかがでしたか?
本田 大きく分けて2つの傾向を強く感じました。
まず1つ目が「ユーモア」です。
近年はSDGsやサステナブルなどの地球規模の課題がテーマになった真面目な作品が評価される傾向が強く、多くの人がシリアスなものに対して食傷気味になっている空気感がありました。その揺り戻しなのか、今年は思い切りユーモラス方向に振り切った作品が高い評価を受ける傾向が見られたのです。コロナ禍を乗り切り、悲観から楽観へと世相が変化したことも背景にあるかもしれませんね。
2つ目が「AIからヒューマニティー」という原点回帰です。
昨年はAIをテーマとした作品が非常に多く、生成AIを駆使して社会問題を提起したオーストラリアの法律事務所の作品や(※1)、AIの弱点を巧みに突いてブランドの歴史をアピールしたハインツの作品(※2)、そして機械学習を用いてアスリートのバーチャル試合動画を生成したナイキの作品(※3)など、多彩なAI関連作品がエントリーし、AIの存在感が際立った年となりました。
※1:Cannes Lions 2023 Maurice Blackburn「Exhibit A-I」
※2:Heinz A.I. Ketchup
※3:CANNES LIONS 2023 GRAND PRIX DIGITAL CRAFT – NEVER DONE EVOLVING FEAT SERENA
今年はその反動か、盛んに「ヒューマニティ」という言葉が会場やセッションで飛び交い、エントリー作品でも「AIにはできない、人間だからこそできること」「人間らしさ」といったテーマの作品が多いと感じました。
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本田哲也が選ぶ、2024年のカンヌライオンズでもっとも印象的だった作品3選
――今年のエントリー作品の中で、特に本田さんの印象に残った作品は?
本田 今年のカンヌライオンズには26,753点もの作品がエントリーされました。そうした膨大なエントリー作品の中から表彰を受けるのはわずか3%で、さらに一つの作品が複数の部門でグランプリを獲る、いわゆるマルチ受賞にいたっては全体の0.1%に過ぎません。よってグランプリを獲得するような作品は紛うことなき世界最高峰の作品だと言えます。
そんな中で、特に印象に残ったのは以下の3作品です。
往年のヒット曲で空耳アワー!?聴力検査への抵抗感を払拭
Specsavers – The Misheard Version (case study)
本田 1つ目は、イギリスのメガネ小売りチェーンであるSpecsaversの「The Misheard Version」というキャンペーンに用いられたCM作品です。
Specsaversはメガネの小売りチェーンとして知られており、視力検査だけでなく聴覚検査サービスも提供しています。しかしメガネチェーンとしてのイメージが強すぎるため、聴覚検査の受診者が少ないという課題がありました。そこで聴覚検査サービスの認知度と受診者数を向上させるためのキャンペーンの一環として、この作品が制作されました。
80年代のダンスポップシーンを代表するボーカリスト リック・アストリーの代表曲で、50〜60歳代の人にとっては非常に有名な「Never Gonna Give You Up」という曲を巧みに用いて、難聴の注意喚起をするというCMです。
「Never Gonna Give You Up」はリックの歌い方や声質などに起因した聞き間違い――いわゆる空耳が多いことでも有名で、あえてリック・アストリーに間違った歌詞で「Never Gonna Give You Up」をレコーディングしてもらったのです。CMで歌を耳にした人が「あれ? 違った歌詞に聴こえる。もしかして自分は難聴なのかも…」という危機感を抱かせることを狙いました。
CMの効果はSpecsaversが想像した以上に反響があり、イギリス中で「あのCMの曲、聴いた?」「(間違った歌詞を引用しながら)リック・アストリーは喜んで歌っているね笑」などの反応がSNSを中心に広まりました。さらにSpecsaversの聴力検査の予約は、当初の目標を1220%も上回り、非常に大きな効果を生み出すことに成功したそうです。
この作品はカンヌライオンズ2024で「PR部門」のグランプリを獲得しました。
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スーパーボウルの視聴者を翻弄した、寿限無級の長〜いプロモコード
DoorDash – DoorDash All The Ads (case study)
本田 2つ目はアメリカのフードデリバリーチェーンであるDOORDASH(ドアダッシュ)の「DOORDASH-ALL-THE-ADS」というCMです。
フードデリバリーで知られるDOORDASHは、新たにスタートした料理以外のあらゆるものを配達するサービス「Your Door to More」の認知を向上させたいという思いがあり、全米が注目するスーパーボウルのCM枠を確保しました。
スーパーボールは延べ1億8000万人の視聴者が注目するアメリカ最大のスポーツイベントです。知名度の高い大企業がこぞって参加し、CM合戦を繰り広げる状況が予想されるため、視聴者に大きなインパクトを与えるには、正攻法ではなく一捻りした斬新なアイデアが必要です。
そこでDOORDASHはスーパーボウル開催の3ヶ月前から「自動車や旅行、衣類、雑貨などの豪華景品が当たる!」という旨のティーザー広告を流しまくり「試合当日のCMで流れるプロモーションコードを入力しよう」と訴求して、人々の期待をどんどん高めていきました。
いざスーパーボウル当日となり、CMでプロモーションコードが発表されるのですが、そこで流れたのは1813文字という「寿限無」を彷彿とさせる奇天烈な長文です。これをすべてプロモーションサイトに入力すればもれなく景品があたるのですから、多くの人は試合そっちのけでメモに集中します。しかし、なんせ1813文字もある上に、CMの中でブロック分けされたコードがランダムに流れるので、すべてを正しくメモすることなど不可能です。
アメリカ人はユーモアが大好きですから「やられた!」と苦笑しながらSNSなどでこの世紀のジョークを拡散し、全米中の話題になりました。カンヌライオンズでも革新的な施策を表彰する部門である「チタニウム賞」のグランプリを獲得しました。
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VFX技術を使った動画で視聴者をダマし、女子サッカーのイメージアップに成功
Orange – WoMen’s Football (case study)
本田 そして3つ目は、フランスの通信事業者であるOrangeによる「WOMEN’S FOOTBALL」というCM作品です。
Orange社は長年にわたってフランスサッカーをスポンサードしてきた会社です。その活動の中で、男子サッカーに比べて女子サッカーの人気が乏しい現実を目の当たりにしてきました。女子サッカーの不人気の理由として「男子サッカーと比べてレベルが低い。面白くない」という先入観が根底にあると考え、そのイメージを払拭するために本作品を制作しました。
内容は、女子サッカーフランス代表チームの試合映像をVFX(isual Effects)技術で加工し、女子選手の姿形の上に男子選手を重ねた映像をCMとして流すというものです。前半は一流どころの男子サッカー選手たちが繰り広げる、いたって普通の試合風景なのですが、後半に「実はこの試合、男子ではなく女子選手の試合でした!」とVFXの種明かしを行うのです。
加工後の選手の顔と身体は架空の選手ではなく、キリアン・エムバペやアントワーヌ・グリーズマン、ウスマン・デンベレといった実在する世界トップクラスの男子サッカー選手のものです。フランスの女子サッカー代表は男子と遜色ないレベルの技術やスピード感を持っており、誰もが「やっぱり男子サッカーのフランス代表は凄い!」と騙されます。
CM後半でVFXによる加工の模様が解説されると「フランス代表の女子サッカーってこんなにレベルが高いの!?」「思った以上にスペクタクルだった!」と視聴者たちは驚愕するのです。
CMの最後には「If you love football you love “Wo”men’s football」(サッカーが好きなら、女子サッカーも大好きなはずです)」というメッセージとともに終わるという、フランスらしいウィットとエスプリの効いた作風です。
この作品は「エンタテインメント・ライオンズ・フォー・スポーツ部門」でグランプリを獲得しました。
――確かに3作品とも、思い切りユーモアに振り切った作品ですね。
本田 他にもグランプリ受賞作品は多数ありますが、個人的にはこの3作品が特に強く印象に残りました。これらの作品は、今年のカンヌライオンズで特に顕著だった「ユーモア」と「ヒューマニティ」という2つの傾向を色濃く表していると感じましたね。
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カンヌライオンズから得た日本企業の教訓:勇気とユーモアの重要性、クライアントも積極的に参加を!
――今年のカンヌライオンズに参加してみて、本田さんが今の日本企業のマーケティングに足りないものや課題は何だと思いましたか?
本田 先にも述べたように、今年はユーモアに全振りした思い切りのいい作品が多かった印象で、日本人はこういったユーモアを表現するのが苦手だなと感じました。
正確に言えば「最終決定権のあるクライアント側に勇気が足りない」ということなのですが、広告代理店などの制作サイドは面白いことをやりたい気持ちが強いし、提案段階ではかなりぶっ飛んだ企画も作るけれども、土壌や気質なのか、クライアントが及び腰になってしまい、結局はトーンを抑えた無難なものが出来上がってしまいがちです。
日本には「とんち」とそれをベースにした「落語」という、西洋のジョークやウイットと共通する、古くからのユーモア文化が根付く国ですから、先の3作品と同じような面白がり方ができるはずです。しかし最後の最後で保守的な気質が首をもたげて邪魔をしてしまう。そんな部分にもどかしさを感じますね。
――悪い部分で生真面目さが出てしまっていると。
本田 そうですね。今回のカンヌライオンズを通じて感じた世界的な傾向から言うと、日本が学ぶべきポイントは「勇気を持って、思い切るときは思い切ること」かもしれません。
――そういった意味では、クリエイターだけでなく、クライアントもカンヌライオンズのような場に積極的に参加し、世界で高い評価を受けている作品に一つでも多く触れることが大切ですね。
本田 カンヌライオンズの日本事務局は日経新聞社が担っており、日経新聞自ら「広告に関わる人間だけでなく、クライアントである国内メーカーや事業会社こそがもっとカンヌライオンズに参加し、作品に触れることが大切だ」と述べていまして、まったくその通りだと思います。
世界最高峰の場で世界の潮流を直接キャッチすることは、今後のマーケティング戦略を考えていく上で極めて大切な学びを与えてくれるでしょう。クリエイターに限らず、クリエイティビティに関わる多くの方々に参加してほしいと思いますね。
若いマーケターたちが切り拓く日本の未来に期待
――これまでのお話の中で「日本に興味を持っている人は多いのに、日本からの情報発信が追いついていない」といった課題が見えてきました。たとえば海外戦略に強みを持つ韓国などと比べると日本はどうなのでしょうか?
本田 今年のカンヌライオンズではアジア勢の低調傾向が見られましたが、やはり外向きの指向が強い韓国の発信力には見習うべきものがあります。英語教育などの地盤の違いもあって、英語で話すことが必須となるカンヌでは日本が劣勢になってしまうのはある程度やむを得ません。英語による発信力という点も、日本のマーケターにとって課題の一つです。
とはいえ、私が日本代表を選出する審査委員長を務めている「ヤングライオンズコンペティション」(コミュニケーション業界における若手の登竜門)などで出会った日本の若手を見ると、ネイティブレベルで英語プレゼンができる人もずいぶん増えてきました。
今後、世代交代などを機に日本の若手マーケターが躍進し、カンヌの情勢が変わってくる可能性もあるかもしれません。
――これからの時代を担う若きマーケターが日本の未来を担っているということですね。本日はありがとうございました!
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