広告物が、製品の名前や良さを伝える言語的メッセージ以外にも、様々な非言語的要素から成り立っていることは、よく知られている。
そんななか、広告出演者や、広告物語、広告背景の色調の陰に隠れて、盲点といえるのは、広告に起用された音楽であろう。
広告音楽は、大半の動画広告に付加されているものの、それが広告視聴者に与える効果についての学術的知見は、広告制作企業や広告主企業にあまり知られていない。
今回は、広告音楽を含む「広告の非言語的手掛かり」を研究して、国際学会で受賞したり、海外一流誌に論文を掲載したりしている、明治大学国際日本学部の小野雅琴准教授に、広告音楽の過去・現在・未来について語ってもらった。
インタビュー参考資料:消費者反応に対する非言語的手掛かりとしての広告音楽の効果(小野 雅琴 『マーケティングジャーナル』 43(3) 68-75 2024 年 1 月)
目次
「広告の非言語的手掛かり」の研究に携わるようになったいきさつ
ーーまずは小野先生がどのようにして「広告の非言語的手掛かり」に興味を持たれたのか、その経緯についてお聞かせください。
小野 雅琴氏(以下「小野」) 学者になったのはつい最近のことで、以前は、広告会社で働いていました。新卒当時は、クライアント企業のニーズを取りまとめて、社内外の多様な才能を結集させる業務を担当させていただき、その後、生活者の動向を探って、製品づくりや広告訴求点に活かす、マーケターを担当したり、さらには、その調査・探究に特化した、リサーチャーを担当したりしました。
やがて、企業行動と消費者行動の結びつきを探るときに、一定の法則が見えてきたので、世界最先端の英知を身に着け、その英知を生み出すような仕事をしたい、と思うに至って、在職中に、母校の慶應義塾大学で博士号を取得し、明治大学にご縁を得て、アカデミアの世界へと転向しました。
ーー博士課程では、どのような研究を行っていたのですか?
小野 広告会社勤務だったのに、実は、博士号は、広告論文で取得したわけではありませんでした。フードマーケティングの論文で取得しました。食品のパッケージに付されたラベルが、品質評価に与える影響を分析した論文でした。
けれども、実務経験の還元も期待されて、広告学者としての明大任用だったので、マーケティング研究から、広告研究にシフト中です。
そういう経緯があって、元々、製品そのものではなく、パッケージの情報を手掛かりにする消費者心理を探求していたのを拡張して、広告を見る際にも製品そのものに関する広告メッセージではなく、周辺的な情報が消費者の行動にどのように影響するかに注目しています。
ーー広告音楽も、消費者行動に大きな影響を与える手掛かりの一つだということですね。
小野 はい、そのとおりです。
消費者関与度によって広告音楽が消費者行動に与える影響は異なる
ーーテレビ CM などの動画広告には、昔から、音楽が付きものだと感じますが、研究は進んでいなかったのでしょうか。
小野 おっしゃるとおり、広告に音楽は付き物です。私が参加して実施した分析のついでに、現実に、どれくらいのテレビCMが音楽付きなのか数えてみたら93%ものテレビCMが、音楽付きでした。それだけ、広告には音楽が付きものと言えそうです。
そんな馴染み深い広告音楽ですから、広告音楽に注目した研究は、これまで、広告メッセージに注目した研究に次いで、最も多くの広告研究者を魅了してきました。
けれども、広告音楽の効果を測定することは非常に難しく、初歩的なテーマの分析でさえ、ある学者と別の学者の間で言っていることが180度違うというありさまで、それが、広告音楽研究を長年、停滞させてしまったような気がします。
たとえば、好きな音楽を聴かされながら広告を視聴した消費者は、広告された製品を買いたくなりやすく、嫌いな音楽を聴かされながら広告を視聴した消費者は、広告された製品を買いたくなくなりやすい、という主張があります。直観的には、正しそうですよね?けれど、多くの広告学者が、それを実証することに失敗してしまいました。
ーー広告音楽が好きな場合と嫌いな場合とで、買いたくなる消費者の気持ちに違いを見出すことに失敗した学者が多かった、ということですか?
小野 そうです。けれど、近年一定の解決を見るようになりました。
具体的には、製品を慎重に選ぼうとして、それに関係した広告を視聴する場合と、何気なく自分とは関係なさそうな広告を視聴するような場合に分けた時、高関与製品 (消費者が高く関与する製品)の広告の場合、好きな音楽でも嫌いな音楽でも、効果は変わらないのに対して、低関与製品 (消費者が低く関与する製品)の広告の場合、好きな音楽を起用すると効果的だ、といった感じです。
この一連の研究から引き出せる教訓は、明白です。昨今の行動ターゲティング広告を念頭に置いた場合、広告視聴者一人ひとりの、関心を寄せる製品と、好きな音楽が解っていることを前提として、気になる製品の広告を、好きな音楽に乗せて流す企業努力は有効です。
普段、何気ない時に流される動画広告は、大半の消費者に注目されることなく、文字通り流れ去っていきます。そんな広告のために、いちいち広告音楽に凝る必要はないかもしれません(笑)。
けれど、低関与製品の場合、どの製品が自分にとって良い製品かを選ぶのは消費者にとって面倒なことである一方、この音楽は好き、これは苦手、というのは、瞬時に、感情的に湧きあがるものです。すると、製品選択が面倒な時には、音楽が好きか嫌いか、が製品選択の決め手になることもあります。
これは、消費者が製品評価をするための心理プロセスを、高関与ルートで行わず、低関与ルートで行う、と主張するもので、一部の読者の皆さんはご存じかもしれませんが、「精緻化見込みモデル」として知られています。
消費者が、あの広告の音楽は嫌い、この広告の音楽は好き、といったことを考え始めると、音楽の好き嫌いで製品を決めてしまえという低関与ルートが、頭の中で活性化する代わりに、製品そのものについてのメッセージから品質を評価しようとする高関与ルートが、頭の中で抑制されるため、広告音楽を好きになりさえすれば、製品に難があっても、それを無視して買う、という行動も生じえます。
けれど、それに頼り切って、企業が、よりよい製品を提供しようとする努力を怠り、流行の音楽を起用するだけでよいのか、というと、そういうわけではありません。好きな広告音楽に接すると、製品を買いたくなる、という単純な話ではないからです。
音楽が、消費者に注目され、製品選択の手掛かりとして活用されるようになると、それに連動するようにして、広告の中にある音楽以外の手掛かりも活用しようと消費者の頭は活性化されるからです。
「メッセージ適合性」と「体験連想性」が基本中の基本
ーー広告音楽から効果を引き出すのは大変そうですね。
小野 そうですね。ただし、これだけは押さえておきたい、という話は、より単純です。そもそも、多くの広告は、広告メッセージを発信するために投下されます。そのとき、広告音楽が、広告主が消費者に伝えたいメッセージと適合しておらず、たとえば、「リラックスできます」と伝えたいのに、アップテンポの音楽を流すと、広告は失敗してしまうでしょう。ですから、「適合性」を考えた音楽の選定が重要です。
かといって、広告対象製品のキャラ立ちのことだけを考えて、広告音楽を選定してはいけません。「体験連想」といって、その製品が誕生する前、競合製品を使用している間に、流れているような気がするような音楽というものが存在します。そのような音楽へと広告音楽を寄せていかなくては、消費者は、使用状況を適切に連想できなくなって、違和感を抱いてしまうのです。
たとえば、ビールを居酒屋で飲む時と、家で飲む時とでは、体験連想に適した音楽の種類は、違うはずです。製品の使用状況が連想できるような音楽を適切に選定しなくてはなりません。そのうえで、同じ使用状況を想定した競合ブランドのビールとは違う、新しいブランドイメージを構築するために、競合ブランドとは違ったキャラ立ちした音楽を選定しなくてはならないというわけです。
製品の特徴や広告戦略によって「単調な音楽と複雑な音楽のどちらを選ぶべきか」が変わる
ーー製品カテゴリー全体と自社ブランドの両方を考えて広告音楽を選定すべき、という発想は面白いですね。
小野 そうですね。体験連想をしやすいことで製品カテゴリーの特定化を容易にした上で、メッセージに適合させることで、ブランドをキャラ立ちさせるような広告音楽がベストということです。そのような、消費者にとって、広告刺激を受け取って処理するのが容易であるような情報のことを、最近、「処理流暢性」が高い情報、と言い、注目度が高まっています。
処理流暢性という用語が使われるようになったのは、比較的最近のことですが、それよりずっと前に発見されていた「単純接触効果」という心理現象は、この処理流暢性の高さが原因の一つだと言われています。
単純接触効果とは、何度も同じ広告を見ていたら、そのうち、それが好きになるっていう現象です。最初のうちは、広告情報を受け取って処理して結論を導きだすのが消費者にとって面倒だと感じられるわけですが、そのうち、同じ情報を受け取ると、処理する面倒から解放されるため心が軽くなって、正の感情が生じるようになるというわけです。
これは、広告の反復だけではなく、広告音楽の反復的なリズムにも応用できます。広告の最中に流れる音楽が、凝った音楽だった場合、展開が読みにくいので、消費者にとって処理が面倒です。ですが、反復的なリズムだと、次の瞬間が予測しやすく、消費者はリズムに乗りやすくなり、そうすると、正の感情が生じ、製品評価に好ましい影響を与えるということです。
ーー処理流暢性が高い情報は心が軽くなり、正の感情を生じさせるのと同時に、消費者が製品情報を受け取りやすくするという効果が生まれるのですね。
小野 しかし、ここでもまた、広告音楽の研究は、一筋縄ではいきません。単調な音楽ほどよいケースだけでなく、複雑な音楽ほどよいケースもあるのです。
最近の研究によると、複雑な音楽は、処理流暢性が低い、つまり、処理に時間が掛かるわけですが、すると、その結果として、消費者は、広告対象製品を、自分から遠い存在として評価します。これを、身近ではないというネガティブな表現を使うと、悪い状態のように誤解されてしまいますが、そうではなく、身の回りにない革新的な製品という意味を帯びた製品の場合、それは良い状態と言うことができます。つまり、イノベーションを起こした企業に限っては、自社製品を複雑な音楽に乗せて広告するのが得策だということになります。
関連リンク:感覚マーケティングのチカラ:上智大学 外川准教授が語る消費行動への影響力(人は寒色を基調とした広告に「未来」を、暖色に「懐かしさ」を感じる傾向がある)
定番曲と新曲の広告効果の違い:目的や志向が異なる消費者に訴求するための曲選び
――ここまで広告研究の動向をお話しいただきましたが、小野先生のご自身の研究についても触れていただけますか?
小野 これまで、広告などのマーケティング・コミュニケーションにおけるさまざまな情報が、消費者の製品評価に与える影響をテーマとして研究を行い、その一環として広告音楽に着目したいくつかの論文を発表してきました。そのうち、「定番曲と新曲のどちらを起用するべきか」というテーマを扱ったものがあります。
もちろん、定番曲は、他の広告に起用されて、新しい広告に起用できないといった制約が、現実には存在する可能性もありますが、そうした制約を度外視して、どちらのタイプの音楽のほうが、消費者に刺さるのか、ということを、純粋に分析してみたということです。
ここで、定番曲は、消費者にとって知っている曲、新曲は、まだ知らない曲、としておきます。すると、知らない曲には、今までにないものを味わう楽しみがありますので、そのような新しいものを獲得しに行くのが好きな消費者に好まれるはずですし、そのような性格付けをされたブランドイメージに合致します。
けれども、全ての消費者やブランドが、そのようなパーソナリティの持主というわけではありません。新しいものを獲得しに行くより、今もっているものを確実に守ることを選ぶような消費者、あるいは、そのような堅実さが売りのブランドの場合には、新曲とタイアップするよりも、定番曲とタイアップしたほうがよいというわけです。
今後も、ビジネス実装に直結した有益な知見を提供しうる学術研究を続けるべく、産学連携の共同研究も視野に入れながら、独創的な視点から、広告・マーケティング研究を行っていきたいと考えています。
インタビュ―参考資料:制御焦点理論を援用した広告研究の多様化(小野 雅琴 『マーケティングジャーナル』 41(4) 65-70 2022 年 3 月)
消費者の製品評価に与える広告音楽の効果:制御焦点理論による新曲vs.定番曲の検討(小野 晃典、小野 雅琴 『三田商学研究』 66(3) 117-131 2023 年 8 月)
インタビューのまとめ
・行動ターゲティング広告の場合、消費者にとって関与の高い製品と同時に、音楽の好みを識別して、その音楽を広告に起用するのが効果的である。
・関与の低い製品について広告する時は、好きな音楽を起用しても効果がない場合もあるが、広告情報を処理しようとして消費者の脳が活性化することを通じて効果をもたらす場合もある。
・広告音楽は、好きか嫌いかというより、製品使用状況を連想させる音楽であるかどうかと、新しいブランドキャラクターに関するメッセージのイメージに合致した音楽であるかどうかが大切。
・広告が単純接触効果を引き起こすのと同じように、広告音楽にも単純接触効果がある。消費者に身近に感じてほしい広告主は、単純で、馴染み深い広告音楽を起用したほうがよい。
・高い革新性と新しい価値を強調したい広告には新曲を起用するべきである。一方、定番曲を起用したほうがよい広告は、堅実さと防御力を好むブランドに向いている。
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