これまでコラムでも何度も”変革”という言葉を使い、DXにおける意識や組織、システムのあり方などについて、実際の現場で支援する立場から、わたしの考え、思うところを述べてきました。そもそも変革とは物事の根本から新しく変えることであり、一朝一夕には成しえない大掛かりなプロジェクトです。ゆえに誤解を恐れずにいえば「変革は失敗の連続」と言えるでしょう。
それこそ多種多様な業種・業態の企業とパートナーを組み、DXを推進してきたわたしが失敗を肯定するかのような言い草は、言い訳に聞こえるかもしれません。そこでまずは、我々自身がその存在意義を問いつつ、危機感と使命感をもって、VUCA(先行きが不透明で将来の予測が困難な状態)時代の一助となるよう、取り組まなければなりません。そして多くの企業がDX推進に向けたビジョンやミッション、プランニングを打ち出し、日々変革への階段を登っているのも目の当たりにしてきました。
なかにはDXという言葉だけが独り歩きしている企業があることも否めません。自社への危機感に乏しく、現況に胡坐をかいているとおぼしき企業とも対峙してきました。それは誰もが知る、大手企業であったこともあります。
とある有名企業を例にお話を進めましょう。この企業は、これまで右肩上がりに売上を上げてきたのですが、少し前から利益率が鈍化しはじめました。売上は伸びているにも関わらず、なぜこうした状況に陥ってしまったのかー。ひとつはテレビCMなどの宣伝広告費をはじめとした販管費を莫大に投じたためです。ですが問題の根本はそこではありません。着目すべきは商品を購入している購買のLTV(顧客生涯価値)の失速です。それまで売上を支えてきた顧客がライフステージの変化や競合の台頭などによって商品購買から遠のき、結果としてこれまで売上を支えてきた基盤が弱体化しつつあるためです。それでもなお「いやいや、うちは大丈夫。これまで何十年も利益を出してきた実績があるし、赤字に転じたとしても十分に凌げるだけの資産を有している」といった、ある種の”神話”に憑りつかれた状態の大手企業もまだまだ存在します。これは決して手厳しい言い方ではありません。
事実、VUCAと呼ばれる先行きが不透明な時代においては、保有する莫大な資産ですら、その運用を間違えれば、風の前の塵と同じです。そして失敗を恐れ、問題を直視しない姿勢や、過去の実績から生み出された現実に即さない安堵感は、破綻の道を辿る序章といえるでしょう。
◆執筆者:Fabeee株式会社 代表取締役 CEO 佐々木 淳
◆撮影場所:SPACES新宿
目次
コーゼーションとエフェクチュエーション
もちろん、結果が予測できる先行きも多分にあります。熟達している経営者であれば、その精度が高いのは確かです。実現可能な目標ラインを設定し、逆算的にそのための手段や行動を講じる「コーゼーション」と呼ばれるアプローチを用いながら、過去の自社の経験も踏まえて投資を行っていきます。一見すると、このアプローチなら失敗を最小限に抑えつつ、変革が遂げられるかに思われます。
しかし果たしてそうでしょうか? まず予測できる範疇という時点で、既成概念を越えて物事の根本から新しく変える”変革”といわれるまでの新規性を感じません。なによりVUCAの時代においては、安心を買うのではなく、失敗やリスクを許容し、それ自体をプラクティスの機会として、偶発的な負の出来事さえチャンスに変えるという考え方のほうが、変革へのアプローチという点では、前向きであるように思えます。その結果、偶然の出会いがあったり、突如課題にぶつかったりと、当初想定になかった要素が起点となり、DX推進の主体さえも想像していなかった発展に結びつくケースが、コーゼーションのアプローチよりも多いというのが実感です。
これは「エフェクチュエーション」と呼ばれるアプローチで、まず自社の特性や資質等を洗い出し、やるべき手段に焦点を当てます。そのうえで予測不可能な要因も、逆にテコとして活用するような柔軟さを持つ概念です。とりわけアントレプレナーシップを掲げ、変革を本気で目指す企業には欠かせないアプローチではないでしょうか。
またエフェクチュエーションは、5つの原則から構成されます。各原則の概要は上図をご覧いただければと思いますが、そのなかでもわたしがとくに重要視しているのが原則の2と3に当たる「許容可能な損失の原則」と「クレイジーキルトの原則」です。前者は文字どおり、損失が生じても致命的にはならないコストを予め設定する考えです。変革するには避けられない失敗も存在し、それをどこまで許容できるかを知っておくことで、講じる選択肢も広がります。そして失敗を教訓として次に活かすためにも、事業の続行が不可能となる大打撃だけは回避しなければなりません。
クレイジーキルトの原則は、ネットワークを考えるときのポイントです。クレイジーキルトとは、パズルのように不定形の布を組み合わせて作成したアート作品のことですが、ビジネスにおいては顧客や競合他社、協力会社、従業員など、コミットする意思を持つ全ての人とのつながりや関係性を保持しつつ、パートナーシップを作り上げていくことをキルトになぞらえています。わたしもこの原則は、実体験をとおして常に強く意識してきており、DX推進においては”生命線”という認識で捉えています。
伴走に不可欠なパートナーシップの構築
DX推進を支える側となる我々が、大手ベンダーでも有名コンサルでもないにも関わらず一定の評価をいただいているのは、やはりクレイジーキルトの原則に従い、ネットワーク基盤を広げ、パートナーシップを堅固にしてきた結果であると思っています。BtoB、BtoCを問わず、クライアント企業が何かを実現したいとなった場合、即座にその顧客となり得る人たちにインタビューを行い、精度の高い情報をもとに的確なニーズを示せるのも信頼できる独自のネットワークがあるからです。
時にはクライアント企業の組織内部にまで調査を敢行し、火中の栗を拾うことや、敢えて悪役に徹することでしか得られない情報もあります。それらを厭わずに地道に続けることで、検証すべきポイントが明確になり、課題の特定とその解決策の早期発見につながります。つまり中間指標となるKPIを示し、KGIを見定めるスピードが早まるということです。
つまるところ「問い」の数と質こそが最も重要である、と私は考えています。どういう問いを相手との会話で立てていくか、またどういう問いを投げかければ、社会や人々の課題解決に近づくことができるのだろうか、というイメージを常に大切にしながら会話をするように心がけています。最初に「問い」の重要性を感じたのは、新卒で入った会社で飛び込み営業をしているときです。最初はまともに会話すらしてもらえなかった相手に問いを投げかけ続けることで、その人に内包されていた不安や悩みが徐々に開放されていき、最終的に年端もいかない若造に大きな信用を寄せていただいた時のことはいまでも鮮明に覚えています。
その経験もあり、今も変わらずネットワーク基盤の強化には特に注力をしているのですが、その過程で新たな繋がりができたり、バイアスのかからない分析情報を提供することで、伴走型のパートナーシップが構築されていくものと確信しています。
エフェクチュエーションの逸話にきらめくアイスホテル
唐突ですが、みなさんはスウェーデンのアイスホテルをご存じでしょうか。その名のとおり、氷雪でできた客室やロビーに、精巧で美しく氷を彫刻したバーやチャペルまで備え、世界中から観光客が訪れる人気スポットです。しかし、アイスホテルが現在の成功を収めるまでには、大きな障害がいくつも立ちはだかっていました。それらをことごとくプラスに変えていったアプローチは、まさしくエフェクチュエーションそのもので、多くの逸話に彩られています。
なかでも、同ホテルの創業者が、極寒の冬にはほとんど観光客が訪れず、雪氷も負の要素でしかなかった場所での事業展開に悩んでいたときに、日本のさっぽろ雪まつりを訪れ、そこでの出会いを機に、後のアイスホテルのコンセプトや現在の輝かしい成功につながるネットワークを作り出したのは非常に勇気を与えられるエピソードです。また氷像の展示会当日に高い気温と雨で、作品群が溶けていくのですが、そんな不運でさえも「かたちを変え続ける氷の宿」のヒントとして、独自性に磨きをかけます。
不利と思われる状況下や不運な失敗も、固定の概念に縛られなければ、それらは変革への熱をあげ、大きな足掛かりともなり得ることを、コラムの最後にお伝えしたかった次第です。
Fabeee佐々木氏の記事
・日本のDX推進は間違いだらけ?「変革」を無視したDXに未来はない(インタビュー)
・事業変革の必要性―不確実な経済状況下での挑戦―Fabeee佐々木DX連載 第1回
・効果的なDX推進のために必要な考え方―DXの誤解を解消し、成功への道筋を示す―Fabeee佐々木DX連載 第2回
・変革を牽引するキーパーソン達の役割とリーダーシップ―Fabeee佐々木DX連載 第3回
・”革新”に翻弄されないイノベーションとの向き合い方―Fabeee佐々木DX連載 第4回