これまでのコラムを読まれた方ならお気づきかと思いますが「DX」とは、けして最先端のデジタルテクノロジーを駆使することに限定された言葉ではありません。むしろ変革へ向けた個々の意識であったり、組織の体制作りであったりと、「人」を中心に据えたデジタルとは距離を置いた改革の重要性に紙面の多くを割いてきました。
今回のテーマである「イノベーション」は、「DX」とセットで頻繁に語られ、そのほとんどはデジタルに特化した内容です。最先端のテクノロジーを列挙しつつ、その利便性や活用術を知れば事業効率が図れるなど、DXにおけるイノベーションは”革新”との意味合いだけに定着し使われてきた感があります。ただ、イノベーションには本来”革新”以外に”刷新”や”新機軸”といった意味も備わっています。日本では強く”革新”のイメージが先行しており、DX導入によって真っ先にデジタルが生み出す利便性や新たな価値に関心を強く持っている企業もまだまだ後を絶ちません。これはちょっとしたDXとイノベーションに対するバイアスといえるでしょう。
”刷新”や”新機軸”といった意味も含まれていることを鑑みれば、考え方や進むべき方向性が、抜本的に異なってくるのはお分かりでしょう。そもそもイノベーションを革新として捉えた場合、企業のR&Dや研究機関への投資は必須です。大手やIT系中堅企業ならともかく、それ以外の企業は生成AIやブロックチェーン、宇宙産業などといっても専門外であり、実感のない遠い世界です。
ゆえにより多くの企業に当てはまり、自発的に推し進められるイノベーションとは、ブレイクダウンやボトムアップが可能な組織や人事の”刷新”であり、企業のブランド力、パーパス向上に根差した新ビジネスやマーケット開拓などの”新機軸”というのがわたしの考えです。
◆執筆者:Fabeee株式会社 代表取締役 CEO 佐々木 淳
◆撮影場所:SPACES新宿
歴史の変遷から自社のアイデンティティを再認識
前回、誤ったDX観について記しましたが、イノベーションについても同様です。例えば過去にヒットした商品があり、時間の経過とともに売上が減少。そこで全く新しい商品を革新的なテクノロジーで開発できないか? といったケースなどは、全く見当違いなステップを踏襲していると言わざるを得ません。
ここで先だって注目すべきは、革新的なテクノロジーではなく、自社の歴史の変遷です。設立から今日まで、なにが変容し、なにが受け入れられてきたか―。その紆余曲折のなかに自社のアイデンティティを探り、再認識する工程や分析を通して、新機軸となる新しいビジネスや商品のヒントを見つけ出せると確信しています。
実際、とある有名化粧品メーカーは、漢方を基盤とした生薬処方の医薬品の販売からスタートしましたが、創業から約15年後にそれまでの研究をベースに基礎化粧品を開発。現在に至るまでロングセラーの商品となっています。また精密化学メーカーで写真フィルムのトップシェアを誇る企業は、デジタルカメラの台頭とともに、医薬品など他分野にも進出。写真フィルムでの研究や技術を最大限に応用して、微細な粒子をコントロールし、活性酸素のダメージを抑えるエイジングにフォーカスしたスキンケア製品などを開発しています。
つまり「自分は何屋か?」と改めて問い直すことで、一見、他分野と思えるものまで領域を拡大していくイメージです。ユーザーのニーズや提供する商品やサービスのかたちこそ変われど、過去に自分たちが大切にしてきたアイデンティティと未来の自分たちが大切にすべきアイデンティティは、意外と近しいのではないでしょうか。
もちろん歴史を紐解くうえで、その過程に困難が伴わないわけではありません。数十年と続くような企業の場合、社員も移り変わっていくため、もとより全てを知るひとが少ないですし、データが蓄積されていないケースも遭遇したと耳にしています。かつては経営者の感性で「右だ、左だ」と舵を切ることで成功し続ける企業も存在しましたが、ビジネス環境が複雑化していく今日では、やはり正確なデータの蓄積は不可欠です。
そのうえで、必要となる革新的なテクノロジーやそれに即して円滑に遂行するための業務フローや組織の刷新を検討するのが、本来あるべきイノベーションの全容です。繰り返しになりますが、自社の歴史を顧みず、やみくもに最先端のテクノロジーに頼ることがイノベーションではないのです。
ここまでは基本的な考え方を書いてきましたが、業種によっては業界の構造や仕組みそのもの、あるいは目的それ自体がイノベーションに直結するといった、応用を必要とするケースもあります。
例えば物流業界における2024年問題の解決には、運送ルートの最適化は避けられませんし、保管においては無駄な在庫を抱えないために、生産調整をおこなうシステムの構築が必要となりますが、これらはイノベーションの3要素である革新、刷新、新機軸が同居しているという見方もできます。またエネルギー事業をおこなう企業においては、新しいエネルギーの発見が革新そのものであり、いち早くそこに投資して、国内に持ち込むことが新事業としての新機軸となります。
自社の暗黙知とスタートアップ企業の開発内容の比較が新機軸を創出
暗黙知とは、過去の経験から得られた言葉での説明が難しい知識や技術、勘などがこれにあたります。そして自社の歴史の変遷を熟知することは、すなわち自社にしかない暗黙知を紐解く作業ともいえます。これは企業にとって、紛れもなく大きなストロングポイントです。いうなれば、老舗鰻屋の長年継ぎ足してきた秘伝のタレであり、ぽっと出の鰻屋には真似できない味をもっているわけです。
当然、スタートアップ企業には歴史に育まれた暗黙知などはありません。その代わりに彼らには革新を標榜したサービスモデルや開発技術があります。ですがそれは本当に革新的なサービスモデルや開発技術なのでしょうか?
パートナー企業としてDX推進支援をおこなう我々は、クライアント企業に暗黙知を把握するよう提案するとともに、国内のみならず、海外も含めたスタートアップ企業の開発内容や動向を探索することに余念がありません。なぜなら、クライアント企業の暗黙知があれば、スタートアップ企業で進行中のアイデアを、先行して実現可能にする可能性があるからです。また暗黙知に該当しない場合でも、スタートアップ企業の技術力をプラスすることで自社の発展につながると判断したならば、前回に詳細を述べたM&Aを視野に入れた方向性も探れます。このようにスタートアップ企業の情報提供も新規事業を見据えたDXにおいては、我々の重要な役割です。
現在、多くの企業が利用しているクレジットカードの決済情報と企業の解決システムを連携して会計処理の高速化を実現するサービスを提供しているスタートアップ企業があります。仮に既存のクレジットカード会社が、いち早くアイデアをキャッチして開発が先行していたならば、莫大な利益を生んだことでしょう。ですが実際にそんなことは起こっておらず、現在に至るのは、既存のクレジットカード会社にアイデアがなかった、あるいは情報をキャッチしていたとしても、実現化に向けた暗黙知の活用やM&Aの可能性がなかったのかもしれません。
ただ、自社の内部に目を向けつつ、外部のスタートアップ企業の情報収集も怠らない姿勢は、多方面に可能性を広げ、イノベーションにおける出発点になることはご理解していただけたかと思います。
Fabeee佐々木氏の記事
・日本のDX推進は間違いだらけ?「変革」を無視したDXに未来はない(インタビュー)
・事業変革の必要性―不確実な経済状況下での挑戦―Fabeee佐々木DX連載 第1回
・効果的なDX推進のために必要な考え方―DXの誤解を解消し、成功への道筋を示す―Fabeee佐々木DX連載 第2回
・変革を牽引するキーパーソン達の役割とリーダーシップ―Fabeee佐々木DX連載 第3回