先頃、サッポロホールディングスが、不動産事業に外部資本の導入を検討することを発表しました。不動産の売却を含めた保有形態の多様化を検討し、そこでプールした資金を、ビール事業のM&Aなどに集中させるという構想です。自己資本利益率の中長期的な展望として10%以上を標榜していますが、いずれにしてもカバレッジしてきた不動産収益を見切るというのは、リーダーの強い意志と覚悟を感じます。酒税改定など、ビール事業を後押しする好機と捉えることもできますが、リスクを内包しつつ、かなり大胆な攻めの経営です。
前回のコラム(事業変革の必要性―不確実な経済状況下での挑戦)で再三、変革にあたっては、企業の収益の軸足、根本を再確認する作業と、リスクを許容する覚悟の重要性についてお話しました。まさに本トピックなどは、その好例でしょう。「私達は何者なのか?」という自社の歴史を紐解き、原点回帰から攻勢に転じる―デジタル化に軽々と飛びつく以前に、自社のアイデンティティを沈思黙考する姿勢は、まさに変革への第一歩であるといえます。
◆執筆者:Fabeee株式会社 代表取締役 CEO 佐々木 淳
◆撮影場所:SPACES新宿
目次
市場に寄り添う「マーケットイン」という発想
他方、スタートアップやユニコーンベンチャーと呼ばれる新参の企業は、斬新なビジネスモデルを構築し、新規市場を開拓しており、時代の最先端を牽引する「プロダクトアウト」の精神に溢れています。プロダクトアウトとは、商品開発や生産、販売活動をおこなう企業側の理論を優先し、企業主体の創造性が現在や未来に浸透していくかを市場に問う考え方です。
作り手側の理想と感性を両翼に、新しい世界へ勇躍しようとするプロダクトアウトは、ときに驚きと期待をもって人々に受け入れられ、市況を勢いづけるなど、華のある存在です。ただし、そこには常に過当競争の壁も立ちはだかります。実際、創業から10年を越せる企業は、わずか6.3%。さらに変化に富んだ情報化社会では、10年経ってなお、厳しい競争に晒され続けるのが現実です。もはや思いつきのプロダクトアウトだけでは、次のフェーズには進めません。
そこで重要になってくるのが「マーケットイン」という発想です。これはプロダクトアウトとは真逆とも取れる考え方です。市場が必要とするモノを提供するために、そのニーズを綿密に調査し、その結果に沿った製品を開発する―つまり市場に寄り添いながら、閃きではない、調査の裏付けが組織の行動原理となります。
マーケットインによって市場を把握していく作業は、同時に自社の市場における立ち位置を明確にすることでもあります。そしてそれは、目まぐるしい社会の動向に踊らされず、冷静に自社のブランドについて考える契機ともなるでしょう。
「私達は何者なのか?」という問いに、自信を持って答えられるか否かは、DXにおいても推進、その成功の鍵ともいえます。
関連リンク
・【後編】「マーケットイン」で稼ぐトリニティが「プロダクトアウト」の製品開発を大切にする納得理由
・ユニコーン企業の定義・国内外の代表的な10社を解説!日本で今後増える?
形骸化しないためのDXへの向き合い方
自社の特性を理解したなら、最大限にそのポテンシャルを引き出すために、具体的なDX導入へと進んでいきます。ですがここでも、DXへの向き合い方を考える上で、徹底すべきポイントがあります。それが「ブレイクダウン」という組織構造です。
まず上位組織が会社全体の大きな枠組みで目標を設定。実作業レベルで下部組織まで指示を通達します。そして各部署が目標に向けた必要事項を詳細・細分化へと落とし込み、会社一丸となって向かうべき方向を同じに定めるのが特徴です。
前回のコラムでも「デジタルありきの変革」ではなく「変革ありきのデジタル」とするためには、Xが前にくる「XD」でなくてはならないとお話させていただきましたが、その概念に沿うなら、デジタル化以前に、組織のあり方、編成の見直しを避けて通ることではできません。様々な規模やタイプの会社があるため、一括りには語れませんが、組織の風土や性質、構造とも関係し、また社内の力関係や政治的な部分などが複雑に絡み合うため、組織改革を即実行に移せるケースは稀です。
伴走型の支援によるDX推進を掲げる我々Fabeeeにおいても、それは越えなければならない大きな壁です。組織のあり方について、その一端を担うということは、Fabeeeの存在意義のひとつと自負しており、慎重なヒアリングを通して、改善すべき点は忖度なく提言します。口当たりのいい言葉を並べるのではなく、献身的なバックアップこそが、パートナーとしての責務であり、DX導入に備えた事前調査を抜かりなく遂行することで、企業のブランド力、パーパス向上につながっていくと確信しています。では仮に組織の問題を袖に置き、時流に乗り遅れないため、あるいは万能とばかりに思い込んでDX導入に先走った場合はどうなるでしょうか。
例えば、社内でHR系のSaaSや金融系の管理会計システム、マーケティングオートメーションツールなどを使った場合、一見、専門分野に特化した各ITサービスの組み合わせで、DXが推進されているかのような錯覚を覚えます。事実、各部署の課題解決だけにフォーカスすれば、見誤った選択ではないでしょう。
ですがここに大きな落とし穴があります。それがシステム間の連携、データの統合が難しい点です。会社全体を俯瞰で見たとき、パズル全体にそぐわない、不整合なピースの如く、システムが浮いた存在になってしまいます。さらに各部署は、せっかく導入した高額なシステムをどう使うか、それのみに追われ、本来はシステム導入によって円滑に進むはずの仕事が、いつの間にか「システムに奉仕するために人々が汗をかく」といった、本末転倒な事態に見舞われます。
手段のはずのデジタルが、導入自体が目的化してしまうケースは、補助金を申請する際にも見受けられます。元来、補助金は初期投資的な側面を担うためのものですが、計画性のない安易な申請は、補助金の確保自体がゴールとなり、実際のシステム運用の段階になって、かかるコストに窮状し、事業継続のための資金すらもおぼつかなくなる状況を生みます。また過去に事例の少ない、独自性の強い大規模な攻め主体のDXは、申請が通りづらく、事例の多い小規模な守りのDXは通過しやすい現実もあり、補助金をDXのどの部分に投入するかは、事前の慎重な検討が必要です。
関連リンク
・パーパスとは何か?企業経営における意味とパーパス・ブランディングの取り組み方
・マーケティングDXとは?成功のためのポイントと6つの事例を紹介
・IT導入補助金とは!流れやスケジュール・補助対象・申請方法を解説!
イメージの解像度を上げるコンサルティングの役割
これまで我々は多種多様な業態や規模の企業を支援してきましたが、基本的には前述したとおり、情報共有が円滑な組織構造、手段と目的の明確化を踏まえて、DX推進に携わってきました。もちろんそれ以外にも、現場から上がってきた事案を承認する「ボトムアップ」の融通性や、失敗のなかから人材育成につなげる組織文化など、DXの可能性を広げる理想形は、その先にも続いています。
ですが誤解を恐れずにいえば、外部のコンサルティングが介入し、最終的なランディングを示す提言においては、各コンサル会社間で、大きな差異はないとも感じています。それではどこに着眼し、パートナー企業を選ぶべきでしょうか? 目指す頂上は同じでも、登り方や登るためのモチベーション、そのイメージを鮮明に、解像度を少しずつ上げていくコミュニケーション力で、DXによる目標達成の確率を上げる、それこそが真に問われるコンサルティングの資質ではないかと考えます。
実際に抽象論ばかりが先行し、クライアント企業がネクストアクションを定義しきれない状態になってしまいDX推進が失敗に終わってしまうケースも少なくありません。その一方で数値目標など、具体的にクリアすべき課題を列挙し、現実を突きつけて急な変革を迫ることは、確かに正論かもしれませんが、クライアント企業からしてみるとすぐには受け入れがたいことでしょう。
クライアント企業の求めるものは、自社にはないノウハウと客観的な視点からの助言ですが、抽象論から具体論、具体論から抽象論へと変化をつけながら、身近で達成可能な目標を細かく設け、課題を明確にしつつ、組織の意識や意欲を高めるのも大きな役割です。なぜなら変革を起こすには、小さな成功体験を積み重ねることが強いキーファクターとなるからです。そのためコンサル側は絶えず取材を続け、コミュニケーションの質と量で、企業の深層に迫ることが最も大切なことであると考えています。
Fabeee佐々木氏の記事
・日本のDX推進は間違いだらけ?「変革」を無視したDXに未来はない(インタビュー)
・事業変革の必要性―不確実な経済状況下での挑戦―Fabeee佐々木DX連載 第1回