大手レコード会社で宣伝畑を歩み、老舗音楽事務所スマイルカンパニーの代表を務めた後、合同会社デフムーンを設立した黒岩利之氏。メディアプロモーション、アーティストプロモーションの専門家が見た音楽業界のマーケティングとは?第3回では、音楽業界におけるリーダーシップについて語ってもらう。
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目次
音楽業界におけるリーダーシップとは
最後に、音楽業界におけるリーダーシップとは何かを考えてみましょう。大きく分けると、やはり“トップダウン型”と“ボトムアップ型”になってくるのではないかと思います。“トップダウン型”のリーダーとして組織を引っ張っていくのに必要なことは、ズバリ、ヒット曲を出してきた実績です。
自身の力で具体的なヒット曲やヒットアーティストを出してきた(あるいはそのプロジェクトに関わってきたか)かが重要なファクターとなります。しかし、そのヒット実績は常にリアルタイムに更新し続けられねばならない。つまり、過去の栄光にしがみついているばかりでは、やがて説得力を失っていきます。常に最新ヒットを先導できるスキル(そこには企画開発力やプロデュース力も入ってきます)を発揮していかなければなりません。
そういうわけで、このような強力なリーダーシップを発揮するカリスマ経営者には、ヒットを出し続けていかなければならない宿命を背負うことになってしまいます。トップが元気で調子が良い時は、組織が活性化し、人材もその背中を見て育っていきます。
しかし、一旦トップの元気がなくなると、組織自体に活力が失われ失速していく傾向にあります。そういう意味では“トップダウン型”のリーダーシップに頼った組織はリスクがはらんでいると言わざるを得ません。一方、“ボトムアップ型”のリーダーシップはどうでしょう?
ヒット実績のあるカリスマ経営者は、自分自身が時代の動向を読み取れるという自負があり、それが推進力になっていきます。それに対し、“ボトムアップ型”は、自分自身の実力に対しては謙虚です。時代の動向は常に若者の感性の中にあり、その中から次の時代を担うヒットの芽が隠れている。その可能性を信じ、そんな若手の力を嗅ぎ分ける能力がある、それが“ボトムアップ型”リーダーの強みです。とにかく可能性のある若手の話を良く聞くこと、そしてそのモチベーションをどう上げていくかに注力します。
よく“自分がいなくなっても回る組織が良い組織”と言われることがありますが、それに徹することで人材が成長し、次代のリーダーを目指せるような環境が整えられていきます。これでヒットが生まれれば、そのヒットに刺激された別のチームからもヒットが生まれる、いわゆる“ヒットの連鎖”が生まれていきます。そうすると、そこで発揮された“ボトムアップ型”のリーダーシップは、理想的な組織作りに直結していくことになります。
しかし、あくまでもそれは“ヒットが出れば”の話です。会社の業績ダウンが著しく、起爆剤となるヒットが必要な時に、悠長に若手の話を聞きながら、モチベーション重視の組織運営をしていくことは、現実的ではありません。それこそ、そのリーダーがいなくても組織は回ってしまうので、リーダーの交替にもつながりやすいとも言えるでしょう。
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A&R吉田敬の軌跡と業界を変革するリーダーシップ
拙著【「桜」の追憶 伝説のA&R吉田敬・伝】に描いた吉田氏のリーダーシップはどうだったのでしょうか?吉田氏は、現場で活躍する若手時代。自分がチーフプロデューサーとしてチームを引っ張っていく中堅社員時代。そして自らがレーベルヘッドとなり、やがては外資系の会社の社長として会社全体を引っ張っていく時代と、状況に応じて発揮したリーダーシップも変質していきました。
若手時代は、自らがヒットを出すプレイヤーとなって頭角を表します。組織の中では一匹狼的な動きになりますが、その動きが数々の成果につながり、自らの動きが組織を変え活性化させていく。“ボトムアップする側”としてネクストリーダーとしての存在感をまとっていきます。
そして、その成果を受けてTプロジェクト(TUBEのプロジェクトと新人開発を担当する部署)のチーフプロデューサーに抜擢されます。そこで初めてリーダーシップを求められるようになります。まだ小さい組織であるので、それぞれのプロジェクトを共同に進める部下というより“バディ”とどう連携していくかがまずは、ポイントとなってきます。
そこでは、“ボトムアップする側”として各部門と連携し、TUBEのミリオンヒットを牽引し、“ボトムアップされる側”として若手制作マンが発掘した新人アーティスト、the brilliant greenをブレイクさせていきます。この部門での集大成は、2回目の連載にて「プロデュース戦略」の項でも触れた平井堅プロジェクトの成功です。大胆な戦略と戦術を巧みに取り入れて、ミリオンヒットを成し遂げます。小さな組織のチーフプロデューサーとしての“リーダーシップ力”が導く“プロデュース力”を発揮することになります。
そして、いよいよレーベルヘッドとして10人規模の組織の長として、さらに組織を大きくしていきます。デフスターレコーズの誕生です。ソニーミュージック内に分社化されてできたレーベル第1号として誕生し、若干38歳でその代表を務めることになります。そこで、いよいよ“トップダウン型”のリーダーシップの片鱗が見え隠れしていきます。
まずは、組織のスタッフの人選をしっかりすることで、自分のリーダーシップを機能しやすいチーム編成を実現していきます。自分を頂点とした小さなピラミッド型組織にそれぞれの部門のチーフをおいて、そのチーフに自分の目指す方向を“トップダウン”していくスタイルを取っていきました。この頃は各チーフからの“ボトムアップ”と吉田氏からの“トップダウン”のハイブリッドが絶妙で、レーベルは未曽有の成功を収めることになります。
しかし、成功を積み重ねれば積み重ねるほど、吉田氏とソニーミュージック本体の上層部との溝が深まっていき、最終的には競合他社であるワーナーミュージックにヘッドハンティングされてしまうという事態を招きます。これは吉田氏とその上のレイヤーであるソニーミュージック経営陣(ヘッドクォーター)との双方向のコミュニケーションが上手く機能していなかったということだったのかもしれません。
少なくとも吉田氏にとっては、その経営陣たちは良いリーダーとは映ってはいなかった。それで、移籍を決断してしまう。そんな中、全く文化も成り立ちも違う外資系のレコード会社“ワーナーミュージック・ジャパン”の代表取締役社長に就任します。伸び悩んでいた組織のカンフル剤としてヒットを作ることを求められていた吉田氏は、ここでギアを“トップダウン型”に一気に変えていきます。非情とも言える采配で組織を活性化させていくのです。
トップダウンを機能させる唯一の説得力は、自らが動き回りヒットを作ることでしかなかった。孤独な戦いですが、コブクロのヒットをきっかけに成果を自ら出し続けていきます。その連鎖の中、やがてその思想を理解する若手たちが、吉田チルドレンとして育っていきました。
自らが率先して作るヒットとともに、組織が活性化し、やがて若手発のヒットを吉田氏がフォローする形も生まれ、“トップダウン型”組織が“ボトムアップ型”とのハイブリッドになっていく。こうして見ていくと、音楽業界における“リーダーシップ力”とは、自分が率いるチームであり、組織の状況を見据えて、どう“トップダウン型”と“ボトムアップ型”を併用していくか、そのバランスが絶妙なときこそ組織が活性化しているときだということができるのだと思います。
このように3回の連載を通して、駆け足で音楽業界に必要な「企画開発」「プロデュース」「リーダーシップ」を考察していきました。そこで導かれた現時点での模範解答は、時代と共に微妙に変化を余儀なくされていくかもしれません。しかし、ここで示させていただいた、核となるものが皆さんにとってのヒントやきっかけ、あるいはモチベーションにつながることを願って筆をおきたいと思います。