埼玉県新座市にある社員数23人のスマートフォン関連のアクセサリーメーカー、トリニティ。前編では少品種大量生産の大手競合とは正面から争わず、販売店ごとの超多品種生産を行うことで、結果的に大きなマーケットシェアを取ったマーケティング戦略の真髄を探った。
徹底した「マーケットイン」戦略を採用し、各販売店が望む商品を追求し、売り場ごと提案。この戦略をさらに掘り下げてみると、そこには小規模メーカーならではのこだわりの戦略が潜んでいる。
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オンライン販売依存のリスク
トリニティは異なる流通ごとに特化した製品を作り、オンライン販売ではなく、販売店における対面販売に特化することでシェアを伸ばした。
近年、多くの小規模メーカーがアマゾンをはじめとするオンライン販売に特化することで、少ない経営資源で市場に食い込むケースが増えている。ところがトリニティのオンライン販売比率は、売上全体の2〜3%にすぎない。
「オンライン販売に依存した戦略は、プラットフォームの方針、あるいはライバルの価格戦略など他社要因によって結果が左右されやすく、自分たちではコントロールできない領域が大きい。トリニティの商品は品質が高く価格も安くない。ただ、一緒に売られている廉価品との違いを訴求しにくく、どうしても安い方向に引きずられていく。体力勝負になりがちでリスクが大きいチャンネルだと考えています」
オンラインでは、赤字覚悟で割引販売やクーポンの配布をしてランキングを上げたり、購入者に特典を提供するメッセージを商品に同梱して口コミ投稿を促したりするなど、サイト上での評判を上げるために販促費をかけないと売り上げを伸ばすことはできない。しかも実物のパッケージデザインや細かな素材、操作感、機能性の違いはオンラインの販売サイトからは伝わらない。
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小規模メーカーの強みは「小回り」ができること
「頻繁な商品の入れ替えがなく同じ型番を継続的に販売したり、期間は短くとも同じ仕様のものが大量に売れたりするものは、オンライン販売の方が有利。しかし、そうした商品分野には大手メーカーが必死で食らいついてくる。大量に売れると予想されている商品にいち早く取り組んだところが勝つので体力勝負。そうした商品ジャンルは、我々の規模では太刀打ちできません」
現在の主力商品である保護フィルムの例にあるように、実店舗で商品を販売する量販店と細かな販売戦略を練ることで、棚に並べた時の商品の見やすさなどまで含め、きめ細かな調整で消費者の目を惹くことができる。
販売店では商談の段階で、取り扱う商品の種類だけではなく、実際の”棚割り”までを決める。棚割りが決まれば、取扱店舗数に応じて必要な商品数が決まり、棚割りや各店舗の販売戦略、売り出し方に合わせて店頭のPOPやパッケージでの訴求方法を調整することすら可能だ。
売り場ごとに調整した量販店向けのアクセサリーは、同じジャンルの他店舗で扱う製品と”全く同じ”という製品はひとつもないという。販売店にとってもライバルとの直接競合がなく、売りやすくなる。
このように小規模メーカーならではの、自ら汗をかいて売り場そのものを変えていくことこそが、大手ライバルには真似のできないトリニティの得意技だ。
モチベーションの原点は「欲しいものを作る」
販売現場に合わせたマーケットイン型のモノづくりだけがトリニティの強みかと言えば、実はそうではない。現場のニーズに応えることは大切だが、それだけで商品開発を行う担当者や営業担当者のモチベーションを維持することは難しい。
そもそも、主力商品であるスマートフォン向け保護強化ガラスは、実にシンプルなプロダクトだ。そんなシンプルな商品で他社との違いを訴求するには、商品との出会いから使い始めまでの体験を最適化しないと「思った商品とは違う」というクレームになる。
そうしたクレームはブランドへの既存になるだけではなく、パートナーである流通との関係も悪化させる。しかし細かな工夫で”失敗しない”工夫を重ねた結果、トリニティの商品は扱いやすい。一部の店舗では、どんな商品を選ぶか迷っている顧客に「保護フィルムを貼りましょうか?」と声がけし、トリニティの商品を選ぶ。なぜならトリニティは店員が綺麗に貼り付けるための店舗専用器具を提供し、誰もがプロの仕事を行えるようにサポートしているからだ。
このような工夫ができるのも、その原点として「あったらいいな」という思いがあるから。今はマーケットイン型の開発となっている保護強化ガラスも、これまでにない新しいジャンルだった。出発点は、プロダクトアウト型のモノづくりにある。新しいジャンルに常に挑戦しているからこそ、社員のモチベーションは保たれるのだ。
星川自身、ライフスタイルの質を高める独自の工夫を施したブランドとして「NuAns(ニュアンス)」を立ち上げ、その中では手触りの素材感を重視し、デザイン性にこだわった製品の開発を行うなど主力製品とは異なるブランドへの展開に挑戦してきた。
「毎日、スマートフォンは充電するものですよね。そこで枕元に充電台を置きたい。寝る前に読書をするので、そこでBGMも流したいからスピーカー機能や照明機能も欲しい。さらに枕元に置くなら、時計アプリと連動してアラームがスピーカーから鳴り、同時に照明が明るくなって起床体験を改善したい。そんなふうに考えて2015年にはNuAnsブランドのスタンドライト「CONE(コーン)」を発売しました」
世の中にないなら自分たちで作る。この考え方、モノづくりの醍醐味をしてもらうため、半年に一度「販売されていないけど欲しい製品」を社内公募している。
アイデアを出した社員は、新商品のプロダクトオーナーとなって商品開発の最後まで担当し、市場に届けるまでやり切る。これこそがトリニティの活気の源だ。
NuAnsではスマートフォン本体の自社開発にも挑戦したことがある。同じ2015年にWindows. 10 Mobileを採用したスマートフォン「NuAns NEO」を発売。さらにSIMフリースマートフォンとして初めておサイフケータイに対応したAndroid搭載モデル「NuAns NEO Reloaded」を2017年に投入した。当時、十数人規模だったトリニティが大メーカーと並んでスマートフォン本体を手がけることは異例だった。
事業規模の拡大には「興味がない」
ここまで大胆に新しいジャンルに挑戦してはいるものの、事業規模の拡大には「まったく興味がない」と言い切る。なぜなのだろうか。
「事業を拡大させることを目的にしようとは思わない。赤字になるような投資をしてまで開拓するジャンルはないと考えているし、資金調達の必要がないので株式上場の予定もありません」
トリニティの自己資本比率は82%と高く、借金をせずに自己資本だけで事業を回せる体制にある。前編でも触れたように、2023年4月期実績で約40億円の売り上げに対し、税引前当期利益3.3億円を計上。過去数期にわたって、ほぼ同じ規模の収益をキープしている。
そんな星川が10年ほど前に筆者に話していたことがある。
それは「会社の売上が半分になっても、10年は倒産せずに給料を払い続けることができる会社でありたい」という言葉だ。郊外の小さな会社に身を置くことは社員にとってもリスクだ。だからこそ財務が健全であることを社員にアピールする必要があった。
自己資金だけで回る会社なので、外部からの干渉もなく、自分達が純粋にやりたい事業にチャレンジできる。この地域ならば新しい自社ビルを建てることも可能だろうが、創業時に借りた製麺所の倉庫を改装。オフィスとして使い続ける中で、思いもよらず土地と建物を購入することになった。「個人的に都内への憧れがない。新座市が自分の育った場所であり、ここに住み続けて貢献したいという気持ちが強いです」。
現在も社員の意見を取り入れながら新しいプロダクトを仕込み中。2024年以降、順次投入する予定だ。(敬称略)