キングジムを代表する商品の1つに、テキスト入力専用のデジタルメモ「ポメラ」がある。この商品はマーケット調査やユーザーアンケートで生まれたわけではなく、1人の社員の情熱によって生まれたものだ。45万フォロワーを数える公式X(旧ツイッター)アカウントの「中の人」も、たった1人の社員によって始まった。1人の情熱をとことん信じて、ヒットを生み出してきたキングジムの軌跡。その流儀を宮本社長に聞いた。
ファーストペンギンになろう
ーー会社には発明家のDNAが流れているのですね。
宮本 「キングファイル」は、1954年に創業者・宮本英太郎が発明した、これまでにないまったく新しいファイルでした。創業の原点へと遡ると、英太郎が昭和初期に発明した「人名簿」と「印鑑簿」に行き着きます。
要するに、私の祖父はいろいろなアイデアを商品化する「町の発明家」だったのです。ドクター中松さんのような方だったのではないかと思います。
海中に向かって最初に飛び込んでいく「ファーストペンギン」にはリスクがたくさんある。ひょっとして天敵がいるかもしれないので命を失うリスクもある。だから躊躇して、なかなか誰も飛び込まない。けれどもファーストペンギンはたくさんの獲物がいることを信じて飛び込んでいく。失敗を恐れることなく、新しいアイデアをどんどん製品化していくように現場にハッパをかけています。
ーーM&Aで商品ジャンルを広げています。調理家電、造花、手袋など多彩です。
宮本 なんでもやっていきたいですが、とくに強化したのが雑貨です。キングジムは細かいところに配慮が行き届いている商品、ちょっとしたアイデアで便利に感じてもらえる商品を作るのが得意です。
アイデアの光る製品を、キングジムの品質に落とし込めれば売れると考えています。高い品質を出すため、香港に2012年に子会社を設立して品質管理を徹底して行うようにしました。こうしたノウハウはポメラのときに培ったものです。
価格的にはあんまり高くない小物雑貨であれば、全部我々の扱うべき範囲に入るというふうに思っているので、いい会社があればどんどんグループに入れていきたいですね。
ーー家具メーカーもM&Aしました。
宮本 2014年に”ぼん家具”というネット専売の組み立て家具メーカーをグループ会社化しました。組み立て家具といえば、イケアやニトリといったお店を思い浮かべるでしょうが、ぼん家具はネット専門で店舗が存在しません。ノックダウン生産で作りきり、売り切り。ユーザーが自分で組み立てるため、商品梱包全体の容積も小さくできます。一般的な格安家具と比べてもあっと驚くような低価格が実現できます。
かつては家族がみんな一緒に住み、同じ家を代々受け継いでいたので、家具は一生物だと言われていましたが、今は家族の在り方も変わりました。引っ越しや子供の独立など、さまざまなイベントのたびにちょうどいい生活空間も変化していきます。家具は受け継ぐものではなく、その時々に応じて最適な物を使えるように、低価格で多様な製品を選べるほうがいい。そんな未来を考えています。
ポメラは売れないと思っていた
ーー15年前に「ポメラ」に参入したことも、まさにファーストペンギンですね。これはヒットすることを確信して参入したのでしょうか。
宮本 「綿密なマーケットリサーチによってヒットを確信していた」と言いたいところですが、そうではありません。1人の社員が「どうしてもこれを作りたい、自分が欲しい」という強い思いから企画・提案し、開発した商品なんです。テプラと同じように当時の幹部たちは「ポメラは売れないだろうな」と思っていました。
どんどんパソコンの性能が向上し、ノート型パソコンだけで仕事が完結するようになっていった頃に生まれたポメラは、インターネットへのアクセス機能もない。ただ文字を入力するだけで他には何もできません。開発会議に出席していた幹部は、全員がダメ出しをしていたのですが、社外取締役だった慶應義塾大学の印南一路先生だけが「こんな素晴らしい製品はみたことがない。絶対にやるべきだ」と絶賛したのです。
大学の先生ですから、さまざまな論文やメールの返信などで文字を打ち込む機会が多い。アイディアをテキストファイルとして気軽に残したいこともよくある。さらに海外出張を始め移動時間も長いため、小型軽量でさっと起動して文字だけが入力できるポメラが魅力的に感じたのだと思います。
それから15年、お客さんからの声をもとに改善を重ねており着実に機能アップしています。固定ファンがたくさんついており、キングジムを代表する商品の1つに育ちました。
SNSの公式アカウントは大切な財産
ーーオフィス事務用品の営業現場を通じて市場をよく知るからこそ、こうした偶然のヒットもあるのでしょう。ところでキングジムの公式ツイッター(現X)アカウントは、SNSマーケティングの成功例として挙げられることが多いですよね。
宮本 うれしいですね。ツイッターのアカウントは、45万を超えるフォロワーを獲得しています。当時個人的にツイッターを使ってみて面白いと思ったので、2010年に1人の広報部員を呼んでアカウント開設を指示したのが始まりです。他業務の隙間にやるのではなく、本気で取り組むように、とも言いました。
本人はこんな呟きを書くことが業務?と戸惑っていたようですが、最初からいろいろなことをお願いしましたね。宣伝がましい投稿ばかりでは読まれないから日常の呟きを書くようにしてほしい、というのが第一のポイント。おはようございますとか、お腹が減ったとか、何が食べたいとかで構わないから、1日に5つは最低でも書き込むようにもお願いしました。
批判や炎上があっても別に構わないよ、とも伝えました。人間なのだから感情の行き違いもあれば誤解も生まれます。でもそんなことを恐れる必要はない。炎上したって話題になるからいいじゃないですか。
相手が見たい、読みたいと思ってくれる内容でなければ、そもそもフォローしてもらえない。たまにキングジムのことも書くけれど、企業目線ではない日常をつぶやくことでフォロワーが共感できるコミュニティを作って欲しいと思っていましたが、見事にやってくれました。今も同じ担当者が頑張ってくれています。
ーー共感をしてくれるフォロワーが45万人もいる。これは大きな財産ですね。
宮本 SNSは、めちゃめちゃ費用対効果の高い施策ですよ。だってタダなんですから使わない手はありません。テレビCMなど大きな広告予算に頼らなくとも、SNSで良い商品であることを伝えられれば、圧倒的に良い結果を得られます。
キングジムの中の人が発信しているアカウントに矢印を向けている人が45万人もいるんです。全員が読むわけではないとしても、この人たちにタダでメッセージを伝えられる。使わない手はありません。