MarkeTRUNK編集部より:デジタルマーケティング支援企業「アルテナ株式会社」が手がけた各業界でのマーケティング成功事例を大公開。代表取締役の古田氏が、自社のノウハウを伝授します。初回は、顧客データに基づいたペルソナ設計をして顧客獲得単価を60%も削減した工務店の事例を解説!マーケティング戦略に悩んでいる企業担当の方はぜひ参考にしてください。
毎月、数百万円の広告費を投じても、一向に問い合わせが増えません。増えない問い合わせに焦り、さらに広告費を追加する。しかしいくら追加しても、十分な問い合わせには結びつかない——。多くの企業が抱える悩みは、意外にもシンプルな原因から生まれているのかもしれません。
「30代の家族に向けて、居心地のいい家づくりを提案したい」
工務店の経営者や営業担当者なら、一度は口にしたことがあるのではないでしょうか。新築需要の中心である30代のファミリー層をペルソナに据えることは、ある意味で王道です。だからこそ、多くの工務店が、同じ路線で集客施策を実施しています。ただ、その「当たり前」が、実は大きな落とし穴になっているかもしれません。
目次
「30代の家族向け」という甘いペルソナ設計の罠
「30代の家族向けの住宅を」
そう意気込んでWeb広告を始めた工務店A。愛知県で30年以上の実績を持つ工務店Aの佐藤部長(仮名)は、いつもそう口にしています。木材を扱う技術力には定評があり、顧客対応も丁寧、施工実績も十分。それなのに、なぜか集客が上手くいきません。それどころか、広告費は月を追うごとに膨らみ、問い合わせは一向に増えない、そんな状況が続いていました。
「最初は予算を50万円に設定していたんです。でも成果が出ないので、『もっと露出を増やして認知をとれば』と考えて、どんどん予算を増やしていきました」
広告費は最終的に月100万円まで膨らみました。それでも状況は好転しませんでした。むしろ、効率は悪化の一途を辿っていました。
・月間広告費:100万円
・問い合わせ件数:月平均10件
・成約率:5%(年間で120件の問い合わせに対してわずか5~6件)
・顧客獲得単価:200万円(年間広告費1,200万円÷成約6件)
数字で見ると、その深刻さは一目瞭然です。私たちは、この状況に危機感を覚えた佐藤部長から相談を受け、マーケティングの方法を一緒に考えることになりました。
「このまま広告費を増やし続けても、根本的な解決にはならない気がして」
その言葉を受け、過去のお客さまたちの分析からスタートすることにしました。
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漠然とした「若い家族」が、具体的な「人物像」に変わる
「そもそも、なぜ成約に至らないのか。『30代の家族向け』という設定は、ペルソナ設定とは言えない。もっと私たちの強みが活きる、具体的なお客さま像があるはずだ」
その仮説を検証するため、過去5年分の成約データを詳しく分析してみることになりました。
「まず、基本的な属性データの集計から始めました。年齢や世帯年収といった基本情報はもちろん、お客さまカルテに記録されている『家づくりのきっかけ』『重視するポイント』『趣味・関心事』といった項目まで、すべてを洗い出していったんです」
具体的な分析ポイントは以下の通り。
1. 商談記録から見える傾向
・初回接客時の関心事は何か
・どんな間取りの提案に反応が良かったか
・成約までの決め手は何だったか
2. 完成見学会や展示場への来場時の反応
・どんな説明に興味を示したか
・具体的な質問の内容
・メモを取るポイント
3. 引き渡し後訪問での会話
・実際の暮らしぶり
・特に満足している部分
・友人に紹介したくなるポイント
この分析を通じて、ある特徴が見えてきました。
「これまで私たちのペルソナは『30代の家族向け』という漠然としたイメージしかなく、ペルソナとは言えないものでした。その結果、広告で発信するメッセージもぼんやりしたものになっていました。ぼんやりしたペルソナしか描けてないが故に、『若い家族向け』『手の届く価格で』『暮らしやすい家』…どれも具体性に欠けたメッセージになっていたんです。でも実際に契約に至ったお客さまを分析してみると、もっと明確な特徴を持つ方々が見えてきました」
データから見えてきたのは、次のような特徴を持つ方々でした。
・共働きで、夫婦合わせて世帯年収800万円以上
・子どもは0〜2歳
・名古屋の中心地まで電車で40分以内の立地を希望
・休日は自宅で過ごすことが多い
・間取りやインテリアへの関心が強い
・夫婦ともに趣味の時間を大切にし、趣味を楽しめる空間づくりにこだわる
「漠然と『30代の家族』と捉えていた層の中に、より具体的な姿が見えてきました」と佐藤部長は説明します。「たとえば、通勤時間を重視する理由は、家族との時間を大切にしたいから。間取りやインテリアに関心が強いのは、家で過ごす時間を充実させたいから。そういった、お客さまの価値観や生活スタイルまで見えてきたんです」
こうした発見を受けて、広告の見直しを行うことになりました。「30代の家族向け」という漠然としたメッセージから、「私たちの趣味を、暮らしに混ぜ込む家」「家族の時間と私の時間。両方を大切にする家」といった、より具体的なメッセージへと変更していきました。
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「具体的な人物像」が変えた広告のメッセージ
「これまでの広告では、こんなメッセージばかりを出していました」と佐藤部長は、当時の広告文案を見せてくれました。
・若い家族の夢を叶える家づくり
・ライフスタイルに合わせた間取り
・高性能でデザイン性の高い住まい
・理想の住まいを、手の届く価格で
・家族の成長に寄り添う家づくり
「どれも、他社と変わらない、誰に向けているのか分からないメッセージでした」と佐藤部長は首を振ります。「『ライフスタイルに合わせた』と言っても、どんなライフスタイルなのか。『夢を叶える』と言っても、どんな夢なのか。『家族の成長』と言っても、どんな成長なのか。今思えば、私たち自身がお客さまのことをよく理解できていなかったんです」
実際、当時の問い合わせの多くは「予算と間取りの相談」「とりあえず話を聞かせてほしいだけのお問い合わせ」といった、どの工務店にでもありそうな内容ばかりでした。工務店Aならではの強みを活かせる商談には、なかなか発展しませんでした。
しかし、具体的な人物像が見えてきたことで、広告のメッセージも変わりました。
「書斎からアトリエまで。趣味を育てる家」
「毎日の暮らしに、趣味という贅沢を」
「家族の時間と私の時間。両方を大切にする家」
新しいメッセージは、まずリスティング広告のコピーから変更を始めました。これまでの『注文住宅なら工務店A』『デザイン性の高い注文住宅』といった、ありきたりな広告文から、『書斎のある間取り事例』『防音性能で音楽を楽しむ家』など、趣味やこだわりに特化した広告へと切り替えていきました。
同時に、広告の配信対象も見直しを行いました。これまでは愛知県全域に幅広く配信していたものを、名古屋駅から40分圏内の特定のエリアに絞り込んで配信。さらに、インテリアや趣味に関連するWebサイトを閲覧しているユーザーに向けて、優先的に広告を表示するよう設定を変更しました。
メッセージを変えただけでなく、『いつ』『誰に』『どこで』『どのように』見てもらうかまで、すべての見直しを行いました。その結果、広告予算は変えていないのに、お問い合わせの質が大きく変わり始めます。
変更は広告以外も行いました。ホームページでも「コの字型キッチンで家族の様子を見守りながら趣味の料理を楽しむ」「書斎からウッドデッキに出られる間取りで、読書とガーデニングを両立」といった、具体的な暮らし方のイメージを提案するように変更。SNSでも、実際の施工事例を通じて、趣味を楽しむ暮らしのイメージを発信していきました。
「過去データの分析で見えてきた、私たちに最もフィットするお客さまは、家族との時間も大切にしながら、趣味や自分の時間も大切にしたいと考えている方々でした」と佐藤部長は説明します。「そのお客さま像が見えてきたことで、私たちが本当に提供したい価値も明確になりました。『家族との時間』と『自分の時間』。この2つの価値を、間取りと設備の工夫で両立させる。それこそが、私たちの強みだったんです」
変更後、問い合わせの内容は大きく変化していきました。
「問い合わせの内容が、ガラリと変わりました」と佐藤部長は、実際の問い合わせ内容を見せてくれました。
変更前の典型的な問い合わせ:
・「価格の目安を教えてください」
・「とりあえず資料だけいただけますか」
・「建売との違いは何ですか」
・「標準仕様を教えてください」
変更後の問い合わせ例:
・「夫の趣味が写真で、私は料理が好きなのですが、それぞれの空間づくりの事例を見せていただけますか」
・「お客さま事例で拝見した書斎のある間取りが素敵でした。実際の使い心地や、防音性能についても詳しくお聞きしたいです」
・「在宅ワークと子育てを両立できる間取りについて、相談させていただきたいです」
・「ホームページで見た趣味部屋の事例が参考になりました。私たちの場合だと、どんなプランになるか相談できますか」
「以前は価格や仕様など、どの工務店にでもある質問ばかりでした。でも今は、私たちの得意分野に関する具体的な相談が増えました。お客さまとの会話も、より具体的な暮らし方のイメージを共有できるようになっています」
数字の上でも、変化は顕著に表れました。
変更前:
・月間広告費:100万円
・問い合わせ件数:月平均10件
・成約率:5%(年間120件の問い合わせに対して6件の成約)
・顧客獲得単価:200万円
変更後(2年後):
・月間広告費:100万円(予算は据え置き)
・問い合わせ件数:月平均17件(1.7倍に増加)
・成約率:8%(年間換算で204件の問い合わせに対して16件の成約)
・顧客獲得単価:80万円(60%削減)
「問い合わせの数自体は緩やかな増加でしたが、より具体的な相談が増えたことで成約率が上がり、結果として顧客獲得単価を大きく下げることができました」と佐藤部長は説明します。
「大切なのは、ただメッセージを具体的にすることではありません。お客さまの暮らし方や価値観をしっかり理解し、その方々に向けて、私たちの強みをどう生かせるのかを考えること。それがメッセージを考える上での本質なんです」
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「具体的なペルソナ」は、手元のデータの見直しから
「お客さま像が具体的に見えない」
そう悩んでいる方は多いのではないでしょうか。しかし、その答えは意外にも身近なところにある気がします。今回の場合は、すでに取引のあるお客さまのデータこそが、まさにそれでした。
過去数年の顧客データを見直してみましょう。基本的な属性はもちろん、「なぜ自社を選んでくれたのか」「どんな価値観を持っているのか」といった点に注目しましょう。案外、私たちが気づいていない共通点が見えてくるはずです。
次に、その共通点を深掘りしていきます。
たとえば「こだわりを持つ方が多い」という発見があれば、「どんなこだわりか」「なぜそこにこだわるのか」「どんな提案を求めているのか」と、具体的に考えていきます。顧客の価値観が具体的に見えてくると、自然とメッセージも変わってくるはずです。
大切なのは、顧客のことを「知った気になっている」状態から、「本当に理解している」状態に変えること。具体的な顧客像を探すヒントは、実は、身近なところにあるかもしれません。