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エシカル消費の進化とマーケティングの未来:HRテックの成功事例やコンセプトの重要性を専門家が解説

2024.8.6
読了まで約 7

これまで三菱電機や本田技研などの一流企業でマーケティング実務に従事し、現在では明治大学 商学部の専任講師として「エシカル消費」に関する多数の研究に取り組んでいる加藤拓巳(かとう たくみ)氏のインタビュー第二弾。

前回は、エシカル消費の概念と流行の背景、グリーンウォッシュ問題といった課題のほか、ブランドコンセプトの成功事例の仕組みなどを解説してもらった。

後編となる今回は、HRテックなどで成功を収めた取り組みの背後にあるマーケターの役割や、マーケティングにおけるブランドコンセプトの重要性について語ってもらう。

成功企業におけるマーケターの役割とは、そして日本企業が世界との戦いで生き残るヒントとは何なのか、一緒に確認していこう。

関連記事:消費者の建前と本音に見る「エシカル消費」の実態:明治大学 加藤拓巳氏が語るブランドマネジメントの重要性とマーケターの役割

小学生からご年配の方々まで含めた一般の消費者に伝わる価値に仕上げるのがマーケターの使命

――前編では「専門家と消費者をつなぐマーケターの存在がエシカル消費浸透の鍵」というお話をしていただきました。加藤先生のようにブランド戦略やエシカルなどの研究に取り組まれている専門家は現時点で日本にどれくらいいらっしゃるのでしょうか?

加藤 専門家として活動している人はまだ少ないのが現状です。その大きな理由として、日本ではビジネスと研究の間に深い溝が存在します。

たとえば、アメリカでイノベーションの起点となってきたスタンフォード大学は、大学収入の約25%を共同研究から得ているそうです。環境を見ても、イギリスのケンブリッジ大学では、キャンパスのすぐ近くにMicrosoftやApple等の研究所があり、研究とビジネスが密接に結びついています。一方の日本では、ビジネスと研究機関の関係は疎遠でありました。特にマーケティングの分野では、企業の機密性が高いために、現場に外部の研究者が入り込みにくい状況です。その結果、販売(POS)データや商品利用データなどの事後的なデータに関する対象が中心となる傾向があります。

――なるほど。欧米ではビジネスとアカデミーの世界は密接につながっているけれども、日本は分断されているという大きな違いがあるのですね。

加藤 また、エシカル消費の価値観が一般消費者にいまいち浸透しない一因として、専門家が一般の人には分かりにくい話をしているという、伝え方の問題も大きいのではないかと私は思っています。

私自身のポリシーとして、人々に商品・サービス・技術を伝える際、小学生からご年配の方々まで含めた一般の消費者に伝わらないならば、まだそこには十分な価値がない、と考えています。専門用語や過度な英語を避けるだけでなく、それが消費者・従業員にとって、どんな価値があるのかをコンセプトとして明確化することがプロジェクトの第一歩です。

エシカル消費については、一般の人々には理解しにくい用語や伝達方法が非常に多く、消費者にその価値が届いていないという現状があります。

――だからこそ加藤先生のように一般の方々に向けて価値を企画・設計・具現化できるマーケティングの専門家が必要とされているのですね。

加藤 いくら客観的に優れた技術でも、それが「人の役に立つ」と認識されないならば、そこに投資は集まりません。したがって、優れた技術を殺さないためにも、マーケターの力が必要です。

ブランドマネジメントとは、派手な広告やイベントをすることではありません。よりわかりやすく図にしたものが以下になります(図1)。コンセプトは、商品・サービスの存在意義であり、消費者・従業員のどんな実用的・心理的な問題を解決してくれるのかを定義したものです。これは永遠に到達することがないものです。技術的制約・社会的制約がある中で、何一つ問題がない完璧な状態は基本的に起こり得ません。現在地から、そのコンセプトに向けて、一歩一歩近づいていく、この地道な道のりこそがブランドマネジメントです。

ただし、裏付けとなる技術・活動の実態がないにもかかわらず、小手先で表面上の見栄えを良くするだけでは、真のマーケティングではないと考えています。もしそれが消費者に受け入れられても、一瞬の流行りで終わり、すぐに模倣されて競争力はなくなります。やはり、技術などの中身があってこそ、強いブランドになります。

画像:ブランドマネジメントの図解(加藤拓巳氏 提供)

図1 ブランドマネジメントの図解(加藤拓巳氏 提供)

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コンセプトの置き換えで「歓迎されるHRテック」へ変貌したPCログ収集システムの成功事例

――加藤先生は、企業や自治体とも共同プロジェクトを行っていますね。その中でとくに興味深い事例はありますか?

加藤 直近の事例を紹介させていただくと、NECとの共同研究で、人工知能技術のコンセプト開発を行いました。同社コーポレート事業開発部門の小泉昌紀シニアプロフェッショナルも、技術を活かすためにコンセプトの重要性を認識されており、同じ目的意識で活動いたしました。

NECが持つ多種多様な技術の中で、今回はパーソナルコンピューターのログ解析技術でした。従業員の怠惰検知やメンタルヘルス不調の検知などの用途が一般的でしたが、それでは従業員からの支持が得にくいのです。そうではなく、従業員が抱える問題を捉え、それを解決するサービスコンセプトを構築する必要があります。

私たちが着目した問題は、”あれ俺詐欺”です。大規模な組織ですと、誰がどの程度そのプロジェクトに貢献したのかが曖昧になりがちです。その結果、部下に任せきりなのに、成功の立役者とみなされている人。内容を理解してすらいないのに、口のうまさで成果をとっていく人。この状態が横行してしまうと、従業員が不満を抱き、人材流出のリスクが高く、企業にとって大きな損失です。

そこで、「プロジェクトの真の立役者を検知する」というコンセプトを策定しました。自分の成果を適切に評価してもらえるとわかれば、従業員は安心して仕事に集中できます。これにより、当該技術に対する従業員の導入意向が顕著に高まることを実証しました。つまり、技術を押し売りするのではなく、技術と従業員の抱える問題を結びつけて、価値を設計します。

――いかにコンセプトが大切なのかがよく分かるエピソードですね。

参考リンク
・Kato, T., Kurachi, T., Fujita, K., Yajima, M., Hayami, K., Koizumi, M. (2024). Verification of the concept of utilising personal computer log management technology to improve employee motivation. Communications in Computer and Information Science, 2102, 69-78. Springer. https://doi.org/10.1007/978-3-031-64359-0_6
https://www.meiji.ac.jp/shogaku/topics/2023/mkmht0000016nki9.html

関連リンク:「HRテック」導入の目的・検討時の課題とは?人事224名の声をご紹介!【調査レポート】

コンセプトを策定したら、検証あるのみ

――コンセプトを策定したら、次はどのようなアクションを打てば良いですか?詳しくお話を聞かせていただけますか。

参考リンク:https://www.cross-m.co.jp/news/release/20240717_pr1/

加藤 コンセプト策定したあとは、コンセプトテストあるのみです。しかし、これまで科学的知見に基づくコンセプトテストサービスが十分に存在していませんでした。そこで、クロス・マーケティング社の亀井晋執行役員率いるカスタマーソリューション本部と共同研究・開発を行いました。

コンセプトテストは、企業において機密性が高いため、望ましい設計の知見についてはほとんど共有されてきませんでした。その結果、各部門や担当者でテスト設計がバラバラとなり、テスト品質がブレたり、各テストの比較が難しい状況があります。

ポイントは、以下の4つです。

1. 何を見せるか?:コンセプトテストでは、企業ブランドを提示することで、市場シェアの推定精度が高まる。どれだけ優れた商品コンセプトでも、「誰(どの企業)が言っているか?」がわからなければ、消費者は適切な判断が難しい。開発初期段階にて、コンセプトそのものを検証することが目的の場合は、コンセプトだけの提示で問題ない。しかし、開発が進むにつれて、市場シェアを推定することが目的なら、企業ブランドをコンセプトに付与して検証すべきである。

画像:コンセプトテストでは、企業ブランドを提示し市場シェアの推定精度が高める

参考リンク
・Kato, T., Kamei, S., Ootsubo, T., & Ichiki, Y. (2023). More information is not better: examining appropriate information for estimating sales performance in concept testing. Journal of Business Analytics, 1-15, Taylor & Francis. https://doi.org/10.1080/2573234X.2023.2167670
・Kato, T., Kamei, S., Ootsubo, T., & Ichiki, Y. (2023). Effective factors for estimating market share in concept testing. Procedia Computer Science, 217, 198-204, Elsevier. https://doi.org/10.1016/j.procs.2022.12.215

2. 誰に見せるか?:コンセプトテストでは、回答者は限定的な情報から商品・サービスの価値を想像する必要がある。よって、一定の想像力が回答者にないと、判断が難しい。その結果、後期採用者と比較すると、早期採用者の方が回答精度が高い傾向にある。

画像:コンセプトテストでは、回答者は限定的な情報から商品・サービスの価値を想像する必要がある。その結果、後期採用者と比較すると、早期採用者の方が回答精度が高い傾向にある

参考元
Kato, T., Zhu, Y., Nagata, Y., Kubo, J., Matsue, T., Tanaka., Y., Umeyama, T., Kamei, S. (2024). Early adopters vs. late adopters: Estimating accuracy of concept testing by selecting respondents based on diffusion of innovations. Smart Innovation, Systems and Technologies, Springer.

3. どう見せるか?:消費者は「限定」に魅力を感じる傾向がある。その特性をコンセプトテストに生かすと、強制的にコンセプトを視聴してもらうよりも、制限時間内(限定)で視聴した方が回答精度が向上する。

画像:消費者は「限定」に魅力を感じる傾向がある。その特性をコンセプトテストに生かすことで回答精度が向上する

参考リンク
Kato, T., Ohno, T., Takizawa, R., Ichiki, Y., Zhu, Y., Umeyama, T., Kamei, S. (2024). Verification of time setting to improve share estimation accuracy in concept testing. Proceedings of the 2024 American Marketing Association Winter Academic Conference, 1-12. https://www.ama.org/wp-content/uploads/2024/02/2024-AMA-Winter-Proceedings_Feb-9-2024.pdf

4. どう見せるか?:調査環境ではお金を払って購入する必要がないため、実際の行動と乖離が生じる懸念がある。そこで、ECを模したデザイン画面を導入することで、リアリティを感じやすくなり、現実の購入行動に即した回答になる。その結果、通常の画面デザインに比べて、ECサイトを模した画面デザインの方が市場シェアの推定精度が高まる。その効果は、メーカーブランドECサイトよりも、第三者ECサイトの方が高くなる。

画像:ECを模したデザイン画面を導入することで、リアリティを感じやすくなり、現実の購入行動に即した回答になる

参考元
加藤拓巳, 朱昱, 永田祐介, 久保純之祐, 松江萌弥, 田中裕太, 梅山貴彦, 亀井晋. (2024). EC画面デザインによる商品コンセプトテストの品質向上−耐久消費財を対象とした市場販売シェア推定精度の検証−. 経営情報学会誌.

これらの知見に基づいて、コンセプトテストの精度を高めるサービスを設計しました。コンセプトは、感覚的な意思決定に依存しがちですので、このような検証による意思決定の根拠は極めて重要です。

物理的なプロトタイプの開発にリソースがまだ投入されていない段階で、顧客の需要を推定することで、無駄な投資を避けることができます。特に、商品開発に多額の資金が必要な耐久消費財では、とりわけコンセプトテストは重要な役割を果たします。よって、コンセプトテストは、企業の商品競争力に貢献すると言えます。

日本の技術力を活かして世界と戦うために――マーケティングの重要性を再認識すべし

――これまでおっしゃられたように、ブランドのコンセプト設計を的確に行うことがマーケターの役割なのですね。そんなマーケターが不足し、そしてマーケティングの重要性を意識していない企業がいまだに多いことが、日本のビジネスの課題かもしれませんね。

加藤 そのとおりですね。日本企業は依然として世界トップレベルの技術を持っている分野が多くあることは間違いありません。しかし、価値向上につながるコンセプトを策定できるマーケターが圧倒的に不足しているのが現状です。

「ビッグデータで何かやれ」「クラウドで何かやれ」「DXで何かやれ」「AIで何かやれ」といったようにキーワードと予算が提示され、マーケター不在でプロジェクトが進行していくケースが散見されます。

そこで、消費者にとっての価値を考えられるマーケターがいれば、その技術が生かされます。技術は人のためにありますから。

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プロフィール

加藤 拓巳

加藤 拓巳(かとう たくみ)

明治大学 商学部 専任講師 / 博士(経営学)

慶應義塾大学 理工学部 管理工学科、筑波大学ビジネス科学研究科修士課程、同博士課程修了。三菱電機株式会社、本田技研工業株式会社(Honda) チーフ・アナリスト、埼玉大学 経済経営系大学院 専任講師を経て2022年より現職。SN Business & Economics (Springer), Humanities & Social Sciences (Nature)の編集委員、経営情報学会の理事を務める。日本マーケティング学会 ジャーナル奨励賞(2020)・ベストオーラルペーパー賞(2020, 2021, 2023)、日本感性工学会 優秀発表賞 (2023)、経営情報学会 優秀萌芽研究賞 (2022)、日本デザイン学会 グッドプレゼンテーション賞(2022)、人工知能学会 研究会優秀賞(2019)、IIAI Honorable Mention Award (2021)、KES IDT Best Paper Award (2021)等を受賞。

明治大学 加藤拓巳 | Takumi Kato Meiji University

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

執筆者

市川 昭彦(いちかわ あきひこ)

1990年代から2000年代初頭にシステムエンジニアとして経験を積み、2001年よりIT・テクニカル系ライターとして活動開始。主にIT系媒体での製品紹介や業界動向記事の執筆・編集を担当。
近年は、MarkeTRUNKにおけるマーケティング領域のキーパーソンインタビューのほか、企業HPや採用ページなどのWEBサイト制作、新卒およびキャリア採用媒体での採用記事執筆、スタートアップ企業のトップやテックリード人材のインタビュー、企業における知財活用事例執筆などを実施。大手企業を中心としたCSRやIR報告書などのステークホルダー向け情報開示資料の制作、会社案内パンフレット、営業ツール制作なども手掛ける。

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

編集者

『MarkeTRUNK』編集部(マーケトランクへんしゅうぶ)

マーケターが知りたい情報や、今、読むべき記事を発信。Webマーケティングの基礎知識から、知っておきたいトレンドニュース、実践に役立つSEO最新事例など詳しく紹介します。 さらに人事・採用分野で注目を集める「採用マーケティング」に関する情報もお届けします。 独自の視点で、読んだ後から使えるマーケティング全般の情報を発信します。

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