これまで「DX」(デジタルトランスフォーメーション)について、一般的な認識として誤解が生じやすい事柄や、実際の現場に立ち会ってきたわたしの経験から、DX推進に欠かせない考え方、組織のあり方などを書いてきました。
今回のコラムをもって、一旦締めさせていただきますが、全6回をとおしてお読みいただければ、DXが企業の窮地を脱するための「魔法の杖」などではなく、余力があるうちに次のステージに向けて講じたい「転ばぬ先の杖」であることはおわかりになるかと思います。そしてDXの導入から実際に機能し、円滑に運用されるまでの道のりも、けして平坦ではないことをご理解いただければ、それぞれの立場でのモチベーションや、組織が同じ方向を向くことがいかに重要か、危機意識とともに感じられることでしょう。
こうした詳細を過去5回のコラムに掲載してきましたが、まだお読みになられていない方や、すでに読まれた方の復習を兼ね、改めて駆け足で紹介したいと思います。
◆執筆者:Fabeee株式会社 代表取締役 CEO 佐々木 淳
◆撮影場所:SPACES新宿
押さえておきたい、DXというパズル完成に必要なピース
まず第1回ではDXが求められる現代の時代背景と、DXを推進するうえで基本となる考え方や心構えを記しました。「自社は本来、何屋か?」というブランドエクイティの解明の重要性に触れ“DX”ではなく”XD”という考え方を解説。変革を断行するための手段としてのデジタル活用について述べています。第2回では市場に寄り添う「マーケットイン」という発想を「プロダクトアウト」との比較をとおして深掘りしています。また形骸化しないためのDXへの向き合い方として、理想的な組織の体制である「ブレイクダウン」について見ていき、外部の我々、伴走支援パートナー企業の視点から、その役割や重要性についても触れました。
「失敗の積み重ねが成功に繋がる」という認識のもと、推進チームに権限の多くを託す”委譲”と、未知なるもの(DX/企業変革)と対峙する上層部リーダーたちの勇気や行動が変革に向けた起点となるといった、リーダーシップ論を軸に据えたのが第3回コラム。組織の縦割りやサイロ化によって、情報のブラックボックスや属人化が深刻であり、DXを推し進めるうえで大きな障害になる理由にも言及しました。また変革とセットで語られることの多い「イノベーション」については”刷新”や”新機軸”といった観点から考察していき、歴史の変遷から自社のアイデンティティを再認識する作業、自社の暗黙知とスタートアップ企業の開発内容の比較が新機軸を創出するといった内容で、第4回コラムをまとめました。
直近の第5回は「変革は失敗の連続」という、理想論とは対岸のアンチテーゼともとれる現実を突きつけ、そこから何を学び、どうアプローチしていくかを「コーゼーション」と「エフェクチュエーション」の比較から意思決定理論を展開しています。どの回のコラムもわかりやすく事例を交えながら、ときに伴走支援する側の我々パートナー企業の想いや苦悩も交えつつ、DXというパズル完成に必要なピースを、包み隠さず紹介してきたつもりです。
事業変革を通じた持続可能な成長戦略
ですが一過性ではない、長期を見据えた堅固な土台を作るための事業変革となると、並大抵ではありません。これだけ具体的にDXに必要なピースを集めても、確実な成長戦略を全ての企業が描ききれない、もしくは実行しきれないのも現実です。未来を予測するのが非常に困難な時代ではなおのこと、想定外の向かい風にも晒されます。
成功と失敗の現場を間近にしてきた私から見ても、それは紙一重であると感じます。
どのような業種・業態の企業でも、永続的な成長を目指し、利益を社会に還元するとともに新たな雇用を創出し、自社の商品やサービスを定着させたいと考えています。しかし一時代を築いた企業でさえ、数年で時代の波の藻屑と消えることは多々あります。なぜ企業間でそのような大きな差が生じるかと問われれば、置かれた現状に対する自信と過信の微妙な差ではないかと思います。つまりそれまでに築いた独自の企業文化や企業メンタリティーといった空気感や内面も関与し、結果を別つように思えてなりません。
それは事業の成長曲線に対する企業の見方にも顕れます。成長曲線には右肩上がりの成長期もあれば、その逆の衰退期もあります。曲線が上にも下にも伸びない状況で、これを安定期と捉えるか、あるいは停滞期と捉えるかが、ひとつのポイントになると考えます。とくに大きな成長期の山を描いた直後ともなれば、自ずと楽観的な方向に流され、どこかに驕りがあっても不思議ではないでしょう。
実際、テレビを主戦場に通信販売のさきがけであったA社は、数々のヒット商品を生み出し、長年に渡って業界をリードした企業でしたが、インターネット通販の台頭などにより衰退の一途を辿りました。インターネットでの販売に活路を見い出そうとしていますが、回復には至っておらず、現在も事業の再建が続けられています。一方でB社は、カメラや白物・情報家電を扱う小売店にはじまり、ラジオショッピングからテレビショッピングへと進出した、今では2,600億円以上の売上を誇る有名企業です。テレビの訴求力の低下や家電不況を、祖業を主軸におきながら、分割手数料の負担や使用中の同品目の下取り、また製品の設置サポートなど徹底した顧客志向を貫いたことで乗り越えてきました。また、通販事業にとどまらず数多くのグループ企業を擁し、クレジットカードや航空事業など様々な事業に経営資源を効率よく分配することで、二代目に経営者が変わっても成長曲線を描き続けています。
両社の差異は戦略的な側面もありますが、成長曲線を描いた先にある、上下しない直線部分を安定期、もしくは停滞期と捉える感度の差が、数値で測れない部分で大きいように思えます。両社は共に時代の変化を見越していたでしょうが、A社が変化の対応に追われたのに対して、B社は過去の成功体験は一旦脇に置き、自らが変化を生み出すため、一定のリスクを承知のうえ、早くから自前のスタジオ開設やCSデジタル放送に専門チャンネルを開局。また近年ではBS放送に新規参入するなど、驕りや油断といったものを常に払拭しながら事業変革を進めている印象です。
おそらく、外部にはわからない「1が利益。9がリスク」という状況で、あえて1を取りにいく茨の道もあったはずですが、経営トップの判断のもと、社員全員が同じ方向を向き、ミッションを遂行する企業メンタリティーが、持続可能な成長の鍵になっているように感じます。
私事となりますが弊社においても直近の約3年間で、クライアントの希望に応える受動的な動きから、求められることの一歩先を価値として提供する能動的な方向へとシフトしてきました。その過程ではリスクや痛みも伴いましたが、大手企業との競合に対抗していくうえでは、避けてはとおれない変化だったように思います。経営の長としては世界中のビジネス動向に目を光らせ、最善の価値を提供できる体制に、その都度、業務も柔軟に変化させてきたつもりです。
経営資源の分配によって、企業としてリスクをどこまで許容できるか
新しいものを創造するためには前述の「1が利益。9がリスク」といった状況は、多くの企業にもあてはまります。だからといって脈々と受け継がれてきた技術力を有するレガシー企業に、その根底を覆してまで創造に躍起になれとは申しません。すでに社会的信用を得ているレガシー企業が保守的な側面があったとしても、それは理解のできる範疇です。
あくまで能動的に変化することを常とする企業が、既成概念に囚われず、創造していくためには、柱となる事業だけに経営資源をオールインしていても、なにも始まらないということです。変化に対するリスクを鑑みながらポートフォリオを組み、失敗のなかから成功へつなげていく――、なにが正解か定かではない、以前に比べて成功確率が極端に低くなってしまった時代にあっては「失敗=悪いこと」ではなく、誰もが若い頃に持ち合わせていた無邪気さや吸収力同様、失敗を糧として次につなげる意識が大切ではないでしょうか。そして、少しでも成功確率を上げられるよう、どのような事業であっても「Who(誰に)/What(何を)/How(どのように)」を突き詰めて考えれば、自ずとリスクを許容できるポートフォリオが見えてくるはずです。
最後となりますが、長い間のご愛読、誠にありがとうございました。またの機会があれば、さらに専門的にDXを深く掘り下げた内容で、皆様とお目にかかりたいと思います。
Fabeee佐々木氏の記事
・日本のDX推進は間違いだらけ?「変革」を無視したDXに未来はない(インタビュー)
・事業変革の必要性―不確実な経済状況下での挑戦―Fabeee佐々木DX連載 第1回
・効果的なDX推進のために必要な考え方―DXの誤解を解消し、成功への道筋を示す―Fabeee佐々木DX連載 第2回
・変革を牽引するキーパーソン達の役割とリーダーシップ―Fabeee佐々木DX連載 第3回
・”革新”に翻弄されないイノベーションとの向き合い方―Fabeee佐々木DX連載 第4回
・変革における失敗と学び:VUCA時代に必要なアプローチとは―Fabeee佐々木DX連載 第5回