最新著書『伝え方』が話題となっている編集家の松永光弘氏を招き、相手に届く伝え方のポイントやブランディングのヒントなどを語っていただく本記事。前編に引き続き、後編では企業にとってのブランドの意味や、メッセージの効果的な伝え方・作り方、松永氏が関わった企業のブランディング成功事例などを紹介します。インタビュアーは、本サイトで「マーケターのためのパーソナルブランディングシリーズ」を連載中の吉村康氏に務めていただきました。
編集家/松永 光弘氏
インタビュアー:吉村 康氏
プロフィール
編集家 松永光弘(まつなが・みつひろ)
1971年、大阪生まれ。「編集を世の中に生かす」をテーマに、出版だけでなく、企業のブランディングや発信、サービス開発、教育事業、地域創生など、さまざまなシーンで「人、モノ、コトの編集」に取り組んでいる。これまで20年あまりにわたって、コミュニケーションやクリエイティブに関する書籍を企画・編集。クリエイティブディレクターの水野学氏や杉山恒太郎氏、伊藤直樹氏、放送作家の小山薫堂氏、コピーライターの眞木準氏、谷山雅計氏など、日本を代表するクリエイターたちの思想やものの考え方を世に伝えてきた。ロボットベンチャーをはじめとした企業のアドバイザーもつとめており、顧問編集者の先駆的存在としても知られる。また、社会人向けスクールの運営にたずさわるほか、自身でも大企業や自治体、大学などで編集やコミュニケーションに関する講演を多数実施し、好評を博している。自著に『「アタマのやわらかさ」の原理。クリエイティブな人たちは実は編集している』(インプレス刊)、編著に『ささるアイディア。なぜ彼らは「新しい答え」を思いつけるのか』(誠文堂新光社刊)がある。
前編
【前編】「ブランディング=ブランドの伝え方」を考える-「伝える」の第一歩は、状況を自分なりに解釈すること
「自社の製品の魅力をうまく伝えられない」「相手の心に刺さるメッセージの伝え方がわからない」など、マーケティングやブランディングに取り組むうえで、「伝え方」に関する悩みを抱えている人…
企業にとってブランドとは、社会に誇るべき個性を伝えること
吉村 私は以前勤めていたコンサルティング会社で自社のブランディングに携わってきたのですが、松永さんもおっしゃる通り、自分たちの会社の魅力を発信するというのが実は一番難しく、ブランドパーパスなどを深掘りする作業に大変苦心しました。おそらく同じように悩んでおられる企業は少なくないと思います。松永さんは現在、企業のブランディングに関するコンサルティングもしているとのことですが、具体的にどのような支援をしているのでしょうか?
松永 僕の立ち位置はあくまでもブランディングの支援なので、典型的なコンサルティングではないかもしれないのですが、ただこの支援するというポジションがすごく大事だとは思っています。例えば、企業が自社のブランディングに取り組む際に、外部のクリエイターや広告会社などに相談して、ブランドメッセージを策定したり、ロゴマークを制作したりしますよね? 依頼を受けたクリエイターは、自分たちなりにその企業を解釈してアウトプットを提案してきます。でも、それを提案された企業は、良し悪しを見きわめられなくて、単に好き嫌いで選んでしまったり、判断がつかなかったりするケースが少なくないんです。経営者も一般のビジネスパーソンも表現物を扱うことには慣れていませんから仕方がないのですが、そういうときに、僕のような人間が間に入って、本当にその表現物が企業の意思を背負えるものなのかを分析しつつ、クリエイターの意図を企業に解説したり、逆に企業の思惑をクリエイターに説明したりして“翻訳”すると、意思決定しやすくなるし、アウトプットのクオリティも担保されやすくなるんです。
吉村 ブランディングの最初の段階から関わることもあるのですか?
松永 そうですね。もっと言えば、会社を設立する前から関わることもあります。僕はスタートアップ企業を支援することも多いのですが、社名やロゴを決めるところはもちろん、やろうとしている事業を、どんな意義や価値があるものとして世の中に投げかけていくのか、企業のビジョンをどんなものにするのか、といったところのアドバイスさせていただくこともあります。
吉村 ブランディングを決めるためには、できるだけ早い段階から関わったほうがよいのでしょうね。
松永 そういえるかもしれません。ブランディングを考えるうえで思った以上に大事なのは、外部のどのパートナーと組むかだったりもしますから。たとえば、広告会社と組むと、ブランディングの施策として「広告を出そう」という話になりがちですし、デザイナーと組むと「デザイン勝負」ということになりがちです。やっぱり誰しも得意なところで勝負しようとしますから。もちろんそれはそれで強みを生かせるので意味はあると思うのですが、でも中には発注元の企業にとってふさわしくないケースもあります。そういうときに両者の真ん中に立って見られる人がいればバランスを取りやすいし、最初から関わっていれば、外部の目線で誰と組むのがいいのかという部分の話もできます。いってみれば「良心的なコウモリ」ですね(笑)。
吉村 なるほど。企業の側に顧問やアドバイザーという立場で入って、ブランドを作っていく過程でさまざまなアドバイスをしていくと。それ以外の役割は?
松永 もう一つの役割としては、ブランドの方向性がある程度形になったあとで、それを維持していくところに関わることもあります。多いのは広報やメディア関係の発信への助言ですね。ビジョンやデザインが整備されるとブランディングに片が付いたかのように思われることもあるのですが、よく言われるようにブランドって企業の“人格”じゃないですか。人間の人柄が日々の言動に表れるのと同じで、企業の場合も日々の発信が“人格”のイメージを形づくります。意外と忘れられがちなのですが、実はかなり大事なところだと思うんですよ。でも、大きな企業ならともかく、スタートアップなどは、知見のある担当者がいなかったりもして、そこの伝え方がうまくできないことも少なくありません。たとえば、社長がメディアからインタビューを受けたとして、要領を得た話し方が出来なかったり、メディアの側がうまく意図を汲んだまとめができなかったりして、望ましい原稿にならないことってよくあると思うんです。普通はそれを広報サイドなどで修正するわけですが、たいていはそれなりに長文の原稿ですし、どう直していいのかがわからないというのが実際のところ。でも、そこは僕の元々の専門ですから(笑)。ブランドイメージをきちんと維持できるように軌道修正していきます。
吉村 広報的な部分にも関わることがあるということですね。それでは、松永さんは企業にとってブランドとはどうあるべきだとお考えですか?
松永 大切なのは、社会に誇るべき個性をきちんと表現するということだと思います。「企業はありたい姿に向かうべきだ」と言う人もいるのですが、いくら「こうありたい」と思っても、ふさわしくないものにはなれないんじゃないかと思うんです。そういう意味でも、自分たちのリソースなども含めて、きちんと見極めたうえで、社会に誇れる個性を発揮していくことが重要だと思いますね。
吉村 「ブランディング=ブランドを伝えること」と捉えてよいのでしょうか?
松永 そういってもいいとぼくは思います。もしくはいまお話ししたように、「社会に誇るべき個性を伝えること」でしょうかね。
なぜ「伝えたいことを伝えてはいけない」のか
吉村 ここで『伝え方』のエッセンスについても少し触れさせていただきたいのですが、相手にきちんと伝えるために、伝え手は何をしたらよいのでしょうか?
松永 伝わるように伝えるために必要なポイントは、2つあると考えています。1つは、本のサブタイトルにもなっている「伝えたいことを伝えてはいけない」です。
僕は仕事柄、いろんな企業や個人の発信をみていますが、うまく伝わらないときはたいていみんな「ひとりよがりな物言い」をしているんです。そうなる最大の原因は、実はコミュニケーションの構造への誤解にあります。何かを話したり、書いたりするとなると、どうしても「直接相手に投げかけている」というイメージを持つ人が多いんですよね(図解1)。でも、実際のコミュニケーションはそうはなっていません。伝える側はいつもかならず、自分が伝えようとする事柄をまず何らかの形で表現しています。書き言葉で文章にしたり、声に出してお話をしたり……といったことですが、そうやって表現したものを、相手が読みに来てくれたり、耳を傾けてくれたりしてはじめてコミュニケーションが成り立ちます(図解2)。
こう話すと、いや、そんなことはない、自分は目の前の相手に直接話して伝えている、と反論する人もいるのですが、その「直接」は本当の意味での直接じゃありません。いったん音声として言葉で表現して、相手がそれに耳を傾けているというのが実際のところ。相手に直接伝えるというのは、SFに出てくるテレパシーのようなことですから(笑)。
では、直接伝えるのが無理となると何が問題なのかというと、相手はこちらから投げかけた表現物を読まなかったり、途中で話を聞くのをやめたりできるんです。伝えたいことを伝えても、受けとめてもらえない可能性がある。じゃあ、そういう条件下で、どうすれば、読んだり、耳を傾けたりしてもらえるのか。そのために必要なのが、相手が「伝えられたい」と思っていることを伝えてあげることなんです。『怒りの葡萄』で知られる文豪ジョン・スタインベックが「自分に関する物語でなければ、人は耳を傾けたりしない」という言葉を残しているのですが、伝えられた事柄が“自分ごと”であれば耳を傾けたくなりますよね。そうなるように、自分が「伝えたいこと」を相手が「伝えられたい」ことに変換して書いたり、話したりしてあげる。そうすれば相手に届きやすくなります。これが1つ。
【図解1】一般的にイメージされる「伝える」コミュニケーション
【図解2】実際の「伝える」コミュニケーション
伝わるように伝えるために必要なもう1つのポイントは、「はっきりわかっているから、はっきり伝えることができる」です。これもいろいろな企業や個人の発信などを見ていると感じることなのですが、文章にせよ、お話にせよ、企業のビジョンにせよ、わかりづらかったり、伝わりづらかったりする場合は、表現の技術がどうという以前に、発信者自身がメッセージを明確に自覚出来ていないことが多いんですよ。当たり前のことですが、自分の頭の中ではっきりとわかっていないことが、相手にはっきりと伝わるはずがありません。だから、伝わるように伝えたいなら、あらかじめひと言で言えるレベルにまで、メッセージをきちんと整理しておく必要があります。
「伝えたいことを伝えてはいけない」と「はっきりわかっているから、はっきり伝えることができる」。シンプルなポイントですが、この2つを押さえておけば、相手に伝わる確率は格段に高くなるはずです。これはブランディングにもあてはまることだと思います。
メッセージは「よさ」+「わけ」で構成する
吉村 まず前提として、「伝えたいこと」ではなく「伝えられたいこと」を伝えるのが重要であると。さらにブランドのストーリーやメッセージもしっかり作り上げる必要があるわけですね。明確なメッセージがあってこそ初めて伝えることができる。これはマーケターにとっても大きなヒントになると思います。
一方で、ブランドメッセージを策定する際に注意すべきことなどがあったらお聞かせください。特にスタートアップなどでは、会社のビジョン自体がまだ確立されていないといった話もよく耳にしますので、どのように作って、どのように伝えていけばよいのでしょうか?
松永 僕はメッセージには、「よさ」と「わけ」の両方が盛りこまれていることが大事だと考えています。「よさ」というのはメリットや価値。「わけ」というのは理由や道理。この2つがきちんと踏まえられていると、受け手は魅力や説得力を感じやすくなるんです。たとえば、『伝え方』という僕の本を誰かにすすめるとして、「これを読むと、伝えるときに迷わなくなるよ」というと、「よさ」はわかりますが、どこか捉えどころがない。そこで「わけ」の部分を足して、「これを読むと、伝え方のメカニズムや原理・原則がわかるから、伝えるときに迷わなくなるよ」というと説得力が出てきます。人って価値と理由の両方がないと、自分に関係のあることだと気づきにくいんですよ。
でも、会社のビジョンやブランドメッセージを発信するときに、「よさ」だけ、「わけ」だけが語られているケースって意外と多いんですよね。もちろん、状況によってはわざわざ書かなくても省略できるケースもあるし、両方を踏まえた短いコピーに昇華させることもできるのですが、そもそものところで両方が意識されていないことが少なくありません。そうなると、ブランディングをしていても、なんとなく腑に落ちなかったり、イメージがボヤッとしてしまったりしてしまいます。
吉村 「私たちの会社はこんなにすごいんだ」だけで終わらせず、すごい理由も説明する必要があるんですね。
松永 そうですね。とくに理由すなわち「わけ」は解決に直結する部分ですから。そこがはっきりしないと、生活者や顧客が自分に関係のある会社や事業だと気づきづらいんです。でも、「わけ」だけわかっても、自分の未来がどうなるかを感じづらい。だから、「よさ」と「わけ」の両方が必要なんです。
企業の意欲的な取り組みを、いかに世の中に伝えるか
吉村 これまで支援してきた企業の中で、具体的な成功事例などがあればご紹介いただけないでしょうか。
松永 ずっと顧問編集者として関わっているのですが、大阪大学発のスタートアップ企業に「Thinker」というロボティクスファームがあります。この会社の場合は、立ち上げの準備の段階から相談に乗らせていただきました。もともと大阪大学で研究されていた「近接覚センサー」という先進的な技術を事業化しようという取り組みなのですが、独自のセンシング方法と、やはり独自のAI活用法のおかげで、この「近接覚センサー」を用いればロボットハンド自身がそのつど状況を判断しながら、かなり柔軟に作業に対応できるようになるんです。おかげで透明な素材でできたものやバラ積みされた部品のように、従来のロボットハンドでは掴みづらかったモノを扱うことができるだけでなく、AIのティーチングコストを大幅に下げることもできます。まさにロボットハンドの世界に革新を起こそうとするプロダクトを扱っているんです。
ブランディングという意味では、この「近接覚センサー」を扱う企業としての「社会に誇れる個性」がどこにあるのかという話になるわけですが、このときは社長ほか経営陣の議論に僕もまじりつつ、案を出しあいながらコアとなるメッセージを探っていきました。で、導きだされたのが、「その場その場で自分で判断する思考力をロボットに持たせることで、人との協働を可能にする」というひと言です。
言うまでもなく、「その場その場で自分で判断する思考力をロボットに持たせる」が「わけ」で、「人との協働を可能にする」が「よさ」。企業のビジョンは、この言葉をもとに、もう少し専門ジャンルを意識して表現を変えて、「ロボットの“真の生体化”を推し進め、協働ロボットに革新を起こす」としました。
吉村 「Thinker」という社名の由来は?
松永 「Thinker」という社名にはいろんな意味や思いが込められているのですが、主なもののひとつは、先ほどのメッセージにあった「自分で判断する思考力」です。ロボット自体が「考える」ということ。それに、ロボットの「進化」や、考えを深めていくという意味の「深化」、さらに、メンバーたちが思索する、考え抜くという意味なども込められています。
ちなみに、ロゴマークも先ほどのメッセージをベースにつくられています。モチーフはプロダクト(近接覚センサー)で、判断する思考力という人格を感じるものになっています。懇意にしている著名なクリエイターさんにつくっていただいたのですが、この企業のいちばん大事なところをしっかりと押さえて表現した素晴らしい仕事だと思います。
まずは自分自身で感じて、それをきちんと翻訳して受け手に伝えよう
吉村 ここまでブランディングにおける『伝え方』について伺ってきましたが、最後に自社のオウンドメディアの運営や、コンテンツマーケティングに関わっているマーケターの方々に向けて、メッセージをいただけないでしょうか。
松永 これは僕自身の自戒も込めてなのですが、何かを発信するときには、まず自分自身に実感がある、自分自身が信じているということが大事だと思っています。よく言われることではあるのですが、やっぱり嘘はバレるので。何か伝えたい事柄があるのだとしても、ちゃんと自分自身がまずそれを信じているかどうか。本当に自分自身がいいと思っているのか。そこは大事にしたいですよね。本来、共感ってそうやって生まれるものだと思うんです。「共に感じる」ですから。「これ、私はすごく好きなのですが、いいと思いませんか?」「あ、いいですね」というコミュニケーションを経て生まれるのが本当の共感のはず。ときどき「相手の共感のポイントを探れ」というような言葉を見かけることがありますが、相手が感じているだけだとマッサージですよね。そうならないように、ちゃんと自分自身が信じているもの、いいと思っているものを伝える。本当にわかりあえる関係性は、そこから生まれるのではないかと思います。
吉村 これを読んでいるマーケターの中に、自分たちのサービスやソリューションを売りたいがために、受け手のことを考えず一方的に伝えようとしている方がいるのなら、松永さんのお話を参考にして思考を変えていただければと思います。詳細はこちらの本に書かれていますので、ぜひ一度お読みになってみてください。本日は誠にありがとうございました。
松永 こちらこそありがとうございました。