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【特別インタビュー】日本におけるBtoBマーケティングの成功とABM(アカウント ベースド マーケティング)前編

2018.12.18
読了まで約 5

ABM(アカウントベースドマーケティング)をご存じだろうか? 
ABMとはアメリカ発祥のマーケティング手法の一つ。企業の一製品(点)のみから売り上げを上げる従来の方法ではなく、どれだけ複数ラインナップの製品を購入してもらえるか、面と面で考えて売り上げへとつなげていく手法だ。
アメリカでは1990年代から始まり、現在BtoB企業においてはポピュラーな手法になりつつある。
そんなABMの基礎やマーケティングの根本について、日本で初めてABMに関する専門書を執筆したシンフォニーマーケティング株式会社の代表取締役、庭山一郎氏にうかがった。

関連記事:生成AI出現以降のB2Bマーケティング手法はどう変わる?B2Bマーケの第一人者が解説

ABM(アカウントベースドマーケティング)とは

日本はもともと、マーケティングが盛んな国ではなかった。
なぜ日本でマーケティングが発達しなかったか。その理由は、需要と供給のバランスを見たとき、圧倒的に需要のほうが多かったからだ。そのため、顧客に選んでもらうのに、知恵を使い倒す必要性がなかった。これが、日本が高度経済成長できた要因でもあり、マーケティングがダメになってしまった背景でもある。

しかし、リーマン・ショックをきっかけに状況は変わった。
現在は、日本も経済成長が行き詰まり、マーケティングがないと戦えない土俵に行かざるを得ない。
しかし今までマーケティングに投資してこなかったため、社内外にマーケティングのナレッジやブレーンがいない。
せいぜい広告代理店やPRエージェンシーに頼むぐらいのことしかできないのである。

マーケティングの必要性が認識される中、現在注目を浴びているのがデマンドジェネレーションの進化系であるABM(アカウントベースドマーケティング)である。

ABMとはいったい何か。庭山氏は以下のように語る。

「ABMの最大の目的は、ターゲットアカウントからの売り上げを最大化すること。例えば、1つの製品を買ってもらったら、さらに別の製品も同じ企業に買ってもらう。1つの製品を購入してもらえたのに、なぜほかの製品は買ってもらえないのか? 1つの製品という“点”ではなく、複数の製品という“面”で抑えること。そういった複数の製品ラインナップを販売することで売り上げを上げるマーケティング手法です」

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そもそもビジネスのチャンスは常にオープンではない

では、なぜ今の時代にABMなのだろうか。

というのも、ビジネスのチャンスというのはそもそも常にオープンなわけではない。
例えばオフィス移転というのは「手狭だなぁ。今期は利益も出そうだし、新しいオフィスに移転しようか」と経営者が考えた瞬間、ニーズがオープンする。

周囲に話を聞いて、相談して、内見をして、良さそうな物件を見つけた瞬間にクローズする。
そして、次のニーズがオープンするのは数年後。まさにビジネスチャンスというのは一瞬の話なのだ。
そのときにリーチできなければ、どんなに顧客にピッタリ合った物件を持っていようが、意味がない。
ビジネスチャンスがオープンになった瞬間を感知できなければリーチできないのである。その瞬間を逃さずに利益を最大化するために求められているのがABMである。

 

アメリカでは現在、ABMがメインストリーム

特にABMは、今アメリカのBtoBマーケティングでは主流のマーケティング法である。

ABMをグーグルの検索で見てみると、アメリカでも1993年以降、急上昇している。
実際にはアカウントベースドマーケティングという言葉が生まれて、アメリカの一部の人が使い始めたのが2000年代の初頭。
ITSMAというボストンのアドバイザリーファームが最初にその名前を付けて、コンセンサスをとったそうだ。

庭山氏自身が、ABMという言葉を初めて聞いたのは、2008~2009年ごろ。
当時は新たなバズワードぐらいの認識でしかなかったが、2013年ごろからアメリカでは一気に過熱したという。
そしてそのころ、日本で初めてのABMに関する専門書『究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)』(日経BP社)を執筆した。本書に関して、庭山氏はこう語る。

「私は2013年ごろからABMの可能性を感じて研究をしていましたが、本を書く気はなかったんです。
だって売れないと思ったから。誰も買わないでしょ? ABMの本なんて。売れない本を書くのも嫌だし。
たまたま、日経BP社の人に『書いてくれ』と言われて。
『さすがになんぼなんでも早すぎるから、誰も買ってくれないので、もうちょっと違うものにしましょう』と提案しましたが、『ABMを書いてほしいんです』と言われて、書くことになりました。ところが私が書いた本の中で一番売れたんです。編集者の目って確かだと思いました」

 

ABMができる企業、できない企業

デマンドジェネレーションを始めた多くの企業が直面する壁がある。
それは作った案件を営業が売ってくれないということだ。これは日本だけでなく、アメリカやヨーロッパでも起きている問題である。
この問題を最も解決する方法の一つが、ABMといわれている。

上述の通り、ABMとはターゲット企業1社あたりの売り上げを最大化するために、自社にあるさまざまな商材を幅広く販売すること。
日本では多くの製品を購入してくれる人を“お得意様”と呼ぶが、ABMでは意味合いが少し異なる。
日本のお得意様は売上金額の高い企業のことを指す。対して、ABMでは、たとえ1つの製品を100個購入してくれたとしてもお得意様とは言わない。複数の製品を購入してくれる。ここがキーなのだ。

仮に老舗和菓子店がBtoB企業だったとしよう。
残念ながら、老舗和菓子店にはABMはできない。なぜなら、その老舗和菓子店には商品が1つしかないからだ。
対して、例えばほかの和菓子や洋菓子、レストランなど複数の商品やサービスを提供している企業であれば、ABMを展開できる。

ABMに取り組むにはある程度“面となる”複数商材がなければならない。
そして購入側も複数の意志決定者がいるなど“面となる”企業でなければならない。

よって基本的には中堅規模以上の企業がABMでの取引をすることが多い。

 

ABMで成功するにはどうすればいいのか?

では、ABMで成功するには何が必要なのか。庭山氏はABMに限らず、マーケティングにおいては「Right Person(人), Right Information(情報), Right Timing(機会)が原則だ」と語る。

「私は36年マーケティング業務を行っていますが、“正しい人間に、正しい情報を、正しいタイミングで伝えること“が何より大事だということは、全く変わっていません。これはこれからも変わらないと思います。
ただ、この『誰が正しい人なのですか?』
『この人にとって正しい情報は何なんですか?』
『この人にとって最も心地よいタイミングはいつなのですか?』を探り出す手段や技術、ツールはものすごい勢いで進化しています。
しかし、Right Person, Right Information, Right Timingという普遍的な原則はおそらく変わらないでしょう。
この両方を見ながらマーケティングを学ぶ必要があります」

 

AI時代のマーケティング

ツールの変化という観点において、最も読者が懸念しているのがAIの台頭であろう。
AIとマーケティングに関して、庭山氏はこう述べる。

「マーケティングには、チェスや囲碁、将棋とは比較にならないぐらいの変数があります。
例えば、あるランディングページ(LP)に来た人が、10秒で離脱したとしましょう。AIでしたら、この人はこのサイトの内容に興味がないと判断すると思います。
でも、そこにあった写真が大嫌いだったのかもしれない、サイトのレイアウトがあまりにも見辛くて離脱したのかもしれない。本来は、閲覧した人間の感性や、LPのデザインなど相対的にスコアリングする必要がありますが、これがコンピューターにはまだできません。10秒で離脱した意味を解き明かさないと、その行動は理解できない。それは今のコンピューター技術では不可能です。これが、優秀なマーケターのスキルがまだAIに追いつかれることはないと思う理由です。」

庭山氏は続ける。

「テクノロジーの進化というのは面白いですが、ツールはあくまでも道具です。
例えば大工の場合、どんなによい大工道具を使っても、大工自身の腕や設計が悪ければ家は建ちません。
設計も大工の腕も大したことないのに、コンプレッサーばっかり良くても意味がないのです。
『いやぁ、これは高速で釘が打てるんですよ』と言われても、図面や基礎などがきちんとしていなければ家は建ちません。
これと同じようなことが、今の日本のマーケティング業界では起きています。
どんなに良いツールを持っていても全く活かせていないのであれば、それは宝の持ち腐れです。
マーケティングオートメーション(MA)という言葉から、自動でマーケティングができると誤解されることも多いのです。
MAツールを導入しても、マーケティングの基本設計やそれを実行する組織がなければマーケティングはできません。
それなのに経営者は『いや、組織を作るんだったらツールなんて買わなかったよ』と言う。
漫才みたいだけど、そういう事態が日本ではあまりにも頻繁に起きているのです」

では、なぜ日本の経営者はMAツールを導入しようとするのか。

営業担当が『簡単にできる』と言ってツール販売することも一因です。当たり前ですが、“難しい”なんて言ったら誰も買ってくれない。だからそう言って、売り込む。しかし庭山氏は「この“簡単”という言葉は、半分当たっていて、半分間違っています。簡単なのはMAツールの操作であり、マーケティングそのものは決して簡単なことではないのです。」と話す。

ここまでは前編として主にABMについて庭山氏に語っていただいた。

後編では、ABMだけでなく、そもそもマーケティングとは何かといった本質論を話してもらう。

【プロフィール】

庭山 一郎
シンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役

1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティング株式会社を設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティングサービスを提供している。

年間で100回以上に及ぶセミナー講師や、ノヤン先生として執筆している『マーケティングキャンパス』等、多数のマーケティングメディアの連載をとおして、実践に基づいたマーケティング手法やノウハウを、企業内で奮闘するマーケターに向けて発信している。

日本人材ビジネス協議会(副理事長)
DMA(Direct Marketing Association:米国ダイレクトマーケティング協会:本部 ニューヨーク)会員
IDN(InterDirect Network:インターダイレクトネットワーク:本部 ルーマニア)理事
中央大学大学院ビジネススクール客員教授

プロフィール

庭山 一郎

庭山 一郎(にわやま いちろう)

シンフォニーマーケティング株式会社 代表取締役
中央大学大学院ビジネススクール客員教授

1990年にシンフォニーマーケティング株式会社を設立。1997年よりB2Bにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティングサービスを提供している。海外のB2Bマーケティングエージェンシーやツールベンダーとの交流も深く、長年にわたって世界最先端のマーケティングを日本に紹介。ライフワークとして、ブナの植林活動など「森の再生」に取り組む。著書に『BtoBマーケティング偏差値UP』『究極のBtoBマーケティング ABM(アカウントベースドマーケティング)』(ともに日経BP)『ノヤン先生のマーケティング学』(翔泳社)などがある。

※プロフィールに記載された所属、肩書き等の情報は、取材・執筆・公開時点のものです

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