近年プロダクトやサービスの成長に欠かせない手法として、注目を集めているグロースハック。
とはいえ、「グロースハックってなに?」「どうやって始めたらいいの?」と思っている方も多いのではないでしょうか。
インターネットサービスでは、プロダクト開発と売り方の境目が薄くなりました。ニーズが多様化しており、変化も激しい時代では、何がヒットするかはわかりません。そのため、プロダクトの作り方のみならず、売り方にもPDCAサイクルを導入し、成功の確度を高めようという動きが増えてきました。
ここでは「グロースハック」の基本的な考え方、事例について紹介します。
目次
グロースハックとは?
グロースハック(Growth Hack)とは、ユーザーから得たデータを分析し、改善を繰り返しながら製品やサービスを成長させていくマーケティング手法を指します。
具体的には、サービスや製品を利用するユーザーの動向データを元に、成長の阻害要因を分析し、テストや改善施策のPDCAサイクルを迅速に回していくことで、継続的な顧客獲得や売上拡大を図り、最終的には企業の成長(Growth)を目指す手法です。
大量の広告費やマーケティング費用をかけずに、効果を出せる方法としても注目されています。
グロースハックの変遷
グロースハックは、成長を意味するGrowthと、「コンピューター技術に精通した人」という意味のHackerを合わせた造語です。これは、Dropbox社の設立直後のマーケティングを支えた起業家・ショーン・エリス氏によって、2010年に提唱された言葉です。
グロースハックは、主にインターネットサービスの分野で用いられますが、本来はどんな商品でもグロースハックで成長させることが可能です。また、グロースハックの対象となるのはサービスやプロダクトだけでなく、ブランド価値の向上や採用活動の成功、ファン獲得のための施策にも用いられます。
完成した製品やサービスの販促活動を行う一般的なマーケティングの手法に対し、グロースハックはサービスそのものの開発や改善も手掛けること大きく異なる点です。
WEBサービスやアプリの市場が飽和する中、サービスリリース後のマーケティングだけでなく、開発や設計からマーケティングまでを包括的に行うグロースハックが注目されました。
グロースハックはサービスの開発から携わるため、マーケターとしてだけでなく、プロデューサーやエンジニアなどの複数の資質を備えた人物やチームが担当するケースが多くあります。そして、グロースハックの考え方として特徴的なのが、市場やユーザーのニーズに合わせて、サービスそのものを変えていくという思想です。
ニーズが変わればサービス自体を変える可能性もあるため、サービスの方向性の転換も視野に入れた、ユーザー動向の詳細な調査・分析が必要となります。そのため、グロースハックではデータが重要視される傾向があるということです。
具体的なグロースハックの施策と、グロースハッカーに求められる役割
実際のグロースハックの施策はどのような流れで行われるのでしょうか。グロースハックは、市場やユーザーの動向を絶えず分析しながら、サービスの改善やマーケティング戦略・施策の立案を行います。
主な流れとしては以下のようになります。
① サービスを設計・開発する
② ユーザーや市場を分析し、成長・改善するための仮説とKPIを立てる
③ 改善施策を実行する(場合によってはサービスの設計そのものを見直す)
④ 再度分析を行い、改善を繰り返していく
グロースハッカーは、この一連の業務を包括的に行いながら、PDCAを繰り返すことでサービスを成長させます。そのためグロースハッカーには、ユーザーの真のニーズを分析し、マーケティング戦略とプロダクト開発の両面において課題を突き止める能力が求められます。
改善できるあらゆる課題の解決施策を立案し、重要なものからスピーディーに実施することで、事業を急成長させていくスペシャリストこそが、グロースハッカーです。
AARRRを使って成長度合いを確かめる
グロースハックを行うために有効なフレームワークがAARRRです。AARRRは、プロダクトやサービスを利用するユーザーの状況を段階的にとらえて、事業の成長をモニタリングしていく方法です。ユーザーの次の5つのステップの頭文字をとってAARRRと呼ばれ、「アー」と読みます。
1. Acquisition(=ユーザー獲得)
2. Activation(=ユーザー活性化)
3. Retention(=ユーザーの継続利用)
4. Referral(=外部への紹介)
5. Revenue(=収益)
AARRRは、ユーザー獲得や収益化だけに注目するのではなく、顧客のさまざまなフェーズを意識して、その段階ごとに解決すべき課題がないか検証しながら施策を展開し、プロダクトを成長させるという目的に基づいているのです。
それぞれの段階で獲得数などの目標値を定め、プロダクトの成長の度合いを測ります。
たとえば、
1. Acquisition(=ユーザー獲得)
⇒サイト訪問数やユーザー登録数が、状況を判断する指標に。
2. Activation(=ユーザー活性化)や3. Retention(=ユーザーの継続利用)
⇒継続利用したユーザーの数や、有料会員数が指標に。
また2と3では、ユーザーがサービスのどんな機能を使っているか、再訪問はどれくらいかなどを見ることで、ユーザーの質や満足度を測ります。
4. Referral(=外部への紹介)のステップでは、紹介ユーザー数やメディア掲載数によって、紹介元であるユーザーの満足度をモニタリングできます。
4つのステップごとの指標から見えた課題を改善していくことで、最終的に5. Revenue(=収益)の売上や収益につなげ、事業として成長させていくことを目指します。
サービス自体に「自ら成長する仕組み」を取り入れたグロースハック
グロースハックでは、従来のマーケティング手法だけではなく、ユーザーが使用することで存在や売上が広がっていく仕組みを採用しています。
従来のWebマーケティングの現場では、GoogleやYahoo!などの検索サイトやポータルサイトに広告を出稿したり、SEOやアクセス分析などでアクセスを集めていました。
一方、グロースハックでは、ユーザーのレビューによって、サービスが拡散するような仕組みを取り入れています。例えば、FacebookやInstagramでは、人物が写っている写真を投稿するとタグ付けできる機能があります。タグを付けることで、普段Facebookを開かない人にも通知が届き、使用を促します。
また、Dropboxでは、友人・知人に紹介することで容量を増やせます。広告を打つことなく、ユーザー自身の行動でサービスを拡散することが可能なのです。
グロースハックは、ローコスト・ハイリターン?
グロースハックでは、可能な限りお金を使わずに成長する全体の設計図を構築するスキルが必要です。
まず、UXデザインの観点では、プロダクトを作成してローンチする前に、グロースハッカーによってペルソナ(想定するユーザーの具体的な人物像)を作り、カスタマージャーニーマップ(ユーザーがどんな行動を起こすかを時系列で把握した分析図)を構築し、常に改善していきます。
また、グロースハッカーは、UXデザインに関して仮説を立て、それを実証します。例えば、申込ボタンの色や大きさに関して、赤色にしたらコンバージョン率(成約率)が1.5倍に増えるという仮説を立て、検証します。
検証には、Google アナリティクスやGoogle オプティマイズなどの無料分析ツールを使います。そして、グロースハッカーには技術的な知識も要求されます。何が技術的に実現可能なのか、どういう改良・改善が低コストで高いリターンを得られるのかを見積もり、エンジニアに指示を与えていきます。
ローコストというのは、「広告費をかけない」ことではありません。
UBERでは以前、友人にサービスを紹介すると、紹介者と友人に4000円の利用特典をプレゼントしたことがありました。この大胆なキャンペーンの背景には、「顧客一人あたりが生涯に使う価値(=LTV)」のほうが「顧客一人あたりを獲得する単価(=CPA)」を上回るというデータがあるからです。一般的に、グロースハックの成功をはかる目安の一つに「CPA☓3≦LTV」というものが存在します。
つまり、この基準に近づいていれば、「割り引いた費用」というのは大きな問題ではなくなります。「ローコスト」=「広告費をかけない」ということは一つの要素に過ぎず、グロースハックにおいては長期的に見た「費用対効果」も重要視されるのです。
また、プロダクトを作る前に、メールアドレスの登録者だけにベータ版を公開したり、先行してサインアップ(利用者登録)をするティザーサイトを作るというのも、「長期的な戦略」の一つと言えるでしょう。
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コロナ禍を経て、Webサイトやeコマースを含むオンラインで顧客と接するマーケットが大きく広がっています。 過去のマーケティングはテレビや雑誌、新聞といったマスメディアを通じたものが…
関連記事:カスタマージャーニーマップとは!マップの正しい作り方を解説!
グロースハックでは分析がより重要
グロースハックでは、従来のWebマーケティング以上に分析に大きな時間をかけていきます。
例えば、従来のWebマーケティングでは、流入はURLを直接打ち込んで訪問したか、あるいは検索なのか、検索キーワードは何だったのか、それぞれのページビューはどれくらいなのか、などを分析の対象としていました。グロースハックではそれに加えて、「コホート分析」や「ファネル分析」など、全体像を把握した分析を行っていきます。
「コホート分析」とは、ユーザーを一定の条件や属性によってグループに分け、時間の経過にともなってグループごとにどんな行動の変化があるのかを分析する手法です。
例えば、季節ごとにキャンペーンを実施しているホームページでは、サイトの定着率を春夏秋冬と季節ごとに追いかけていきます。サイトへの定着率を1ヵ月後、2ヵ月後、3ヵ月後……と追いかけていくと、「夏のキャンペーンでは初回は購買額が高いけれど、3ヵ月間で見ると冬のほうがたくさん買ってくれる。その理由は……」と深く分析していくことができるのです。
一方、「ファネル分析」は、顧客獲得から収益までの流れの中で、どこに問題があるかを分析する手法です。ファネルとは「じょうご」の意味で、ユーザーがホームページを訪問してからコンバージョンに至るまでにどこで離脱してしまうのか(他のサイトに飛んで行ったり、ブラウザを消したりしてしまうのか)、そのホームページの問題点を可視化することが可能なのです。
グロースハックで成長したサービスの具体例
サービス開始当初はユーザーが定着しないという課題があったTwitter。
データ分析の結果、定着率の高いユーザーは、登録当日に複数人をフォローしているという事実を見出しました。
そこで、ユーザーが新規登録したユーザーにフォローを勧める「おすすめユーザー」機能を追加。初日にフォローを行うユーザーが増え、定着率が上がりました。
Dropbox
Dropboxの会員数を大幅に増やしたのが、グロースハックの手法です。
そのひとつが、インセンティブ付きの紹介の仕組みです。友達にDropboxを紹介すると無料で追加容量を獲得できるという特典を設けて、新規ユーザーを増やしました。
DropboxのCEOによればこの施策でユーザー獲得数を60%増やすことにつながったという、有名なグロースハックの一例です。
クックパッド
クックパッドも、グロースハックで成長したサービスのひとつです。
無料お試し客の有料化と、継続利用の促進においてグロースハックを行いました。
誕生月の無料クーポンや、9月9日を「クックの日」として全員に2カ月間無料クーポンを配布するなどの施策により、一日の登録数を倍に。また、ユーザーにとって使いやすいUIやコピーの効果を絶えず検証し、細かい改修を繰り返しながら、継続利用を促しています。
アメリカ大統領選
2012年のアメリカ大統領選の共和党ミット・ロムニー陣営に、グロースハッカーが招かれました。当時24歳ながらグロースハッカーとしての実績を持っていたアーロン・ジーンは、「好感度の高いWEBサイトを作ってほしい」という依頼を受けて、数時間サイクルでのABテストなどを用いた仮説と検証を繰り返し、サイトを改善。その結果、1億8000万ドルの政治献金を集めることができたとされています。
関連記事:ABテストとは? 4つの種類とやり方、仕組みをわかりやすく解説
Airbnb
今では多くの人が知っているAirbnbもグロースハックの成功例です。
Airbnbは、空き部屋を誰かに貸したい人と、宿泊する部屋を必要としている人とのマッチングサービスで、世界中で利用されています。近年では「民泊」という言葉はすっかりおなじみですが、サービス開始当初はなかなか利用者が増えずに苦戦していました。
Airbnbは数々のグロースハックのもと爆発的な成長を遂げたのですが、中でも有名なものは、Craigslist(クレイグスリスト)というコミュニティサイトと連携させる手法です。すでに多くのユーザーを抱えるCraigslistは、ローカルの物件情報が集まっているWebサイトのため、Airbnbの宿泊先リストをCraigslistにも自動的に反映する仕組みを構築しました。
この施策は成功し大きなPR効果を生むようになったのです。
エンジニアによる技術力がプロモーションを成功に導き、エンジニアの人件費以外に広告などのコストをかけずにユーザー数を増加させたところがポイントでしょう。余計なコストをかけないグロースハックらしい戦略事例です。
Spotify
スウェーデンの企業である、スポティファイ・テクノロジーが運営する音楽ストリーミングサービスです。4000万曲を超える音楽を月額料金制で提供しているものの、機能制限がある無料プランもあわせて提供することで利用者を伸ばしています。日本法人を設立し、近年ではテレビCMが放送されるほど馴染み深いサービスになりつつあります。
Spotifyのグロースハックとして注目したいところは、Facebookとの連携でしょう。Spotifyの利用登録をする際、Facebookのアカウントを持っていれば登録がスムーズになるだけではなく、Facebookのタイムライン上でユーザーが聴いている曲がわかるようになるなど、Facebookでつながっている人に対してSpotifyが認知される仕組みをつくったのです。
また、Facebookの友達がSpotifyに登録した際にSpotifyに表示するよう設定されました。単なるAPIの統合ではなく、音楽という芸術文化が根づいており、SNSによる情報拡散がスタンダードになった背景のもと、ユーザー心理をしっかりと捉えているからこそ、グロースハックが成り立ったと考えます。
Hotmail
1990年代の古い事例ですが、無料メールサービスで有名なHotmailは、グロースハックで多くのユーザーを獲得しています。
その施策は、利用者のメール署名欄下のフッター部分を通じて無料でメールアカウントを開設するようにメール受信者に働きかける、というシンプルなものです。インターネットの普及がまだあまりなかった時代に、スタートから間もなかったサービスが、1200万人ものユーザーを獲得する実績を作り上げました。
広告費を費やすことなく、自社サービス内での工夫が強力な広告として機能しました。サービスを飛躍的に成長させた、インパクトのある事例です。
まとめ
さまざまなプロダクトがリリースされ、ユーザーが求めるレベルも向上しているインターネットサービスの領域では、商品開発とマーケティングを分けて戦略を立てるだけでは他との差別化はできません。開発から改修、そして売り方まで、プロダクトの全段階を包括的に見通して、データ検証と絶え間ない改善を行っていくことが、市場で勝つためのポイントと言えます。ユーザーのニーズを見逃さないようにデータに常に目を光らせ、PDCAを繰り返し回していくというグロースハックの手法が、企業の成長にはさらに重視されていくでしょう。SEOやコンテンツマーケティングに力を入れているけれど、思っているよりも収益が伸びていかない、という方は、ぜひ「グロースハック」の視点を取り入れてみてはいかがでしょうか。